獰猛シャチと普通の少女



『今年の大祭優勝候補としても名高い彼女たち、そのリーダーである一ノ瀬さん見出したのは、他ならぬスサノオ神でございますね。プロデューサーとしての活動も行い、各地を巡りマッチメイクを行うのも常のこと! ズバリお尋ねしますが、今回のお相手、壱個の相手として不足はないのでしょうか?』


 肩へ止まり忌憚なく問うニッシュに、スサノオ神がニカッと笑う。


「どいつが勝ってもおかしくない、と思うとるぜ」


 神が再び、手を打ち合わせて開く――再び窓が宙に開く。

 先程はブリーフィングルーム。

 果たして今度映し出されたのは、バカンスであった。


 三人の両生型人類が仰向けに広大な水面を漂い、一人の人間の少女がくじらのビニールボートに揺られている。その表情は、ぼけっと、なんとなく自棄ヤケ気味に。

 その抜けきった表情が“あ”という感じに変わる。どこか垢抜きれずに野暮ったい、水陸両用レオタード……水着風の魔道士装備をした人間の少女が、大慌てで叫んだ。


『ひゃああああっ!? インタビュー、インタビュー来てるよヴォルくーん!』

『あ˝?』


 水面をぱちゃぱちゃ叩いて呼ばれ、毛の生えぬ艶々とした肌を日に晒している大柄な鯱人が、上空に目をやり呟く。


『これ、意気込みとか言うやつ! ほら早く、エースとして一言!』

『そうか。お前やっとけ、あわい

『はひ!?』

『勝負の前に、もうちっと集中してえんだよ。今日はマジに負けらんねえからな』


 ヴォルケンノタスはそう言い放つなり、海中へ潜ってしまった。

 淡と呼ばれた少女の、助けを乞う目線が次に向いたのは、もう一人の鯱人——ヴォルケンノタスより一回り小さく、青肌に黒模様の彼と比べ、桜色の模様が美しい女性体なことだった。


『ヒショさん、その』

青島あおしま様、失礼致します。知っての通り、わたくしたちの狩りは、息を揃えることが肝要ですので。あの方がより潜るのであれば、深度を合わせないといけません』


 にべもなく言い、軽くお辞儀をして沈んだ。

 ヒッショリノ・クィユラレロカ——ヴォルケンノタスとのコンビネーションを得意とする、ブルーバイトの“双鰭”である鯱人は、己の職務を正しく忠実に全うする。


 ……乞うた先を二度失い、少女は最後にゆっくりそちらを見る。

 二人の鯱人とは別世界出身・別種族の両生男子は、何かを言われる前に先手で手を打った。

 申し訳ない、というふうに手を合わせた。


『俺も行くっす。ほら、やっぱ、多い側が安定なんで。がんばれアオちゃん、君ならできる。グッドラック』


 親指を立てて海中へ消えるその姿に『やっぱそうだよねテモンは!』と少女が叫ぶ。

 ……多数派に付く、潮目には逆らわない。それこそが彼、小判鮫の魚人、テモン・ムルモのポリシーである。


 こうして、ただひとりが残された。

 両生種族のパーティで、唯一地球生まれな人間の少女は、映像繋がる窓を見上げ、それからやさぐれたような、ヤケになったような、どうとでもなれという吹っ切れた表情で言った。


「どうもー。何の間違いか、まだブルーバイトのリーダーやらされてます、青島淡あおしまあわいですーハイー。ご覧の通りウチのメンバーと来たらいっつもフリーダムで、ヴォルくんに至ってはいきなり奉納試合組んでくるわで腰抜かしたんですが、まあね、いまさら言ってもどうもならないし、いつも通りやらしてもらいます、アハハハ」

 

 彼女が挨拶を終えた瞬間、遠くの水面からザバッと三人が顔を出す。


『ほれ、やればできるんじゃねえか、リーダー』『目出度き、目出度き。感涙ものです、リーダー』『これ放送してんだよね。帰ったら動画切り抜こ。最高、リーダー』

『うわあああああああもういっつもいっつもあなたたちはああああああ!』


 くじらのボートに積まれていた杖をオールに、青島が猛然と三人に向かい、両生種族三人はわざと水面に背びれを出して泳ぎながら楽しそうに逃げていく。

 ……そこまでであったなら、実にのどかで愉快な一幕だった。


 見るべきは、その後。

 三人が去った地点の水中から、遅れて浮かんできたものがある。


 鯨と見紛うサイズの、大怪魚だ。

 控室は設定により、ダンジョンにうろつくそれのような、模擬戦用情報体を再現できるのだが——大怪魚はパーティ全員で挑むのが前提の上級ハイレベルエネミーであり、それが、深々とした切り傷を無数に刻まれて撃破されている。


 映像はドタバタ劇の尾を引いたまま閉じて、会場に広がるざわつきは、壱個のインタビューを終えた時とは違うタイプの盛り上がりに包まれている。相変わらずの型破りへの快さと……彼らがこれから見せるであろう光景への期待だ。


『ヴォルケンノタスさんを中核エースに据えた前衛二枚に後衛二枚、まさに王道的構成のパーティ、ブルーバイト! さてはて今回の試合は“前の鯱”と“後の竜”、どちらが獲物を捉えるのか! これまで壱個とは幾度も名勝負を繰り広げた手の内を知る者同士、果たして勝利の神はいずれに微笑むのでしょう! いかがです、スサノオ神!?』

「なっははは、そんなもん知らん知らん! 二パーティが向かい合うならまだしも、みんな大好き神器戦ぞ!? 大判狂わせ・魔物の跋扈・想定外が何よりつきもの三つ巴、しかも皆さんご存じなき、どえらい未知数が混ざっちょるゆえ!」


 その発言に、同意の頷きがいくつも返る。

 今回の奉納試合が行われるきっかけとなりながら、四人中二人が情報の出てこない、謎めいたパーティ。好敵手のマッチングもさることながら、その正体についても、当日まで大きな話題となっていたのだ。


『私どもが知り得ている二人……片方はお馴染み【月跳兎げっとうと】アリーシャ・レネレーゼ! ファンフェスの大スポンサー令嬢であり名スカウトマン兼名プレイヤーとして各地を跳び回っていた彼女を正規メンバーに迎えたという報は、業界を震撼させました! しかぁも、それだけではありませんッ! そこにはなんと、知る人ぞ知る凄腕鍛冶屋、超世界工房平賀のゲンヌダーロ氏もプレイヤーとして所属しているなど驚天動地の奇々怪界! 誰もが気になる彼らの模様、見てみると致しましょう! バーストレンジよ、お前ら一体、何者だーーーーっ!?』


 実況妖精からの#期待と煽り(トス 傍点、ルビ)に応え、スサノオ神が三度手を打つ。

 果たして。開かれた窓、映しだされた光景は——


『——え?』


 妖精が唖然としたのは、何も映し出されなかったから。

 なのに、真っ黒塗りの画面で音だけが聞こえてくる。


 会話や生活音、ではない。

 BGMだ。

 弾み躍る愉快なマーチに、会場が戸惑い始めて十秒ほど——唐突に、黒が除かれた。


 つまり。

 窓を押さえていた板が外され、画面に映った少年……礼服を着たパーティリーダー、新城千尋が告げたのだった。



『超世界工房平賀、ショップチャンネルーーーー!』


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