4章/待ちに待った祭りの日
神は煽りて幕が開く
[Ⅰ]
春。
芽吹きと始まりの季節が、名残となり始めて、しばしのころ。
近づく夏の薫る五月、晴天の日。
ある地方都市のデパートが、世間の耳目を集めていた。
理由は、前日に行われたSNSによる発表……神認証マークもついた、スサノオ神公式アカウントの呟きにある。
【聞け諸君! 明日午前十時、大注目の奉納試合をスサノオチャンネルで生配信ぞ! この一戦、高天原に喧嘩を売っても見逃すな!】
情報は伏せられていたものの、そも、このマッチングが成立した瞬間に居合わせた者たちが存在する。
人の口に戸は立てられず、現地であるISEKAI大樹店に……リアルで試合を観戦する喜びは世歴にも健在である……朝九時の開店と同時、形成されていた行列が八階アミューズメントフロア・ファンフェスエリアへなだれ込んだ。
そこには既に、三つの戸が立っている。店舗側の了承を得た今回の参加者が、事前にそれぞれ特設異空間を控室とし、ブリーフィングや最後の調整を行っているのだ。
「がはははは! 来やがったのお、闘い祭りにいかれた同類ども! 朝も早よからご苦労さまです!」
三つの戸の中心にいたむくつけき巨漢が手を叩けば、厄払いの鐘でも突いたような音・風圧が走り抜けた。
古めかしくも厳かなる神代の和装を纏い、幻想闘祭の総取締にして神々いちのファン、スサノオ神が、マイクもいらぬ大声で喋り倒す。
「対戦開始までちと時間ありしのゆえ、ちょっかいでも出しとくかね! ほいちょっ、と!」
先程合わせた手を、掲げて広げる。
すると中空に巨大な窓が開き、ギャラリーの歓声が迸る。
繋がり映し出されれたのは、戸の向こうの控室。そこには、今回最大注目のパーティ・壱個——【英雄】一ノ瀬古都子たち四人の姿があった。
『……んにゃ? ねぇコトコー、窓開いてるぞ窓ー! わあー、めっちゃ人来てるー! えへへへへ、やぁっほーーーーっ!』
無邪気な笑顔で手を振るのは、純粋無垢なボーイッシュさが性別問わずに魅了する、壱個のムードメーカー——
元気と純朴を兼ね備える短パン装束の眩しさに、幾人が眩暈を起こしたようによろめく。
『今日のアソビも、全力でがんばります! オレも楽しむからさ、一緒に楽しもうなー!』
『——“戦は遊戯の如く、遊戯は戦の如く。争いは、争いであると思わぬうちに勝利できるが好ましい”——異世界ウィルキアの戦術家、パリヴィルの著より抜粋。何度言ってもおすすめの本一冊読んでくれないくせに、言うことばかりいつも正しいわね、龍緒は。切ないわ』
悩ましげな溜息を吐きながら愛用の手帳を閉じたのは、壱個の知恵袋——
日暮れの
『そうね。私の口が語ることがあるとするなら——“わがあるじは無敵だ。少なくともわたしは、あれの敵にだけは、けしてけしてなりたくないのだ”、だわ』
『あはは。我らのリーダーに対する信頼は同じだが、僕はちょっと違うな、ハル。敵になるのが怖いからじゃなく、あの剣が拓いてゆく道の先を、その背中越しに見ていたいのさ』
凛々しい口調で語りつつ気安く親しく肩を組むのは、壱個のバランサー——
豪奢なタキシードを纏う彼女は、映像の向こうの集団を十全に意識した流し目と微笑で一波乱を巻き起こす。
『共に戦う仲間であるが、僕としてはその前にさ、身近な観客である気分だよ。実に酷だぜ、あれほどの素晴らしいプレイヤーに見惚れずいろなんてことは。なあハニー、今回こそは僕、デッサンに専念しちゃダメかい?』
『勝つと分かっている勝負なんてありませんよ、愛』
騒ぎが、ほんの少しだけ、止んだ。
穏やかで優しい声に、誰もが息を飲んだ——というよりは、ぴんと正さねばならないという感嘆に包まれたからこその、間であった。
パーティの中心点。
清廉なる黒の少女が、柔らかな強さで、声明を述べる。
『勝つべき、勝ちたい、必ず勝とうと決意している、そういう勝負があるだけです。期待を背負い、私は全力を尽くしますし――愛に、龍緒に、葉流時。仲間が支えてくれるからこそ、希望を現実にできてきたのだ、と思っています、はい。……意気込みは、こんな感じで。あまり急に繋がないでくださいね、スサノオ神。びっくりしちゃいますから』
少女たちが、それぞれ応える。
四方はぺこりと頭を下げ、三稜は手をぶんぶん振り、二階堂はキスを投げ、一ノ瀬は微笑む。それで、映像の窓が閉じる。
——引いていた感情の波が、倍となって戻った。まだ何も始まっていないのに、会場の興奮は既にクライマックスを迎えたようで、涙を流す手合いまでいる。
(相変わらずイイ人気だねえ、我が巫女。君には、一番か二番目に必要なものだ)
スサノオ神は胸中で独り言ちる。誰よりも英雄の才に恵まれた寵児は、進むべき道を間違いなく歩んでいる——
『いやあ、さすがの貫禄、【英雄】パーティ! 突然のフリにも動じずキレあるファンサ、ときめきますキュンときますあれだけで樹液が十杯いけますね!』
口上が響いたのはイベント用スピーカーからだが、言葉そのものの発信源は、今しがた閉じた映像の窓があった中空だ。
フロアの宙、小ささと反比例する賑やかさが、きらめく羽根を口と同じく忙しく動かしながら舞っている。
『唯一無二なるスタイルで世界を魅了、破竹の常勝、今日も今日とて沸かすか実況! 本日、プレイヤーの活躍に負けぬMCを心掛けますは、神樹生まれのファンフェス育ち、ニッシュ・ミッシュ・ロッシュでございますどうぞよろしくーっ!』
【名勝負製造機】【ファンフェス実況のために産まれた妖精】【実況妖精三姉妹でいちばんうるさいの】——そんな数々の異名を取るフリーのMCフェアリーが、特注の神樹マイクを握りしめ横八の字を描き飛ぶ。会場の観客たち、そして現場の熱気を中継されている映像の向こうの視聴者たちも、惜しみない歓迎を送った。
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