千人殺しの殺された日/さよなら幻想闘祭



【肆】



 敵を殺し、味方を殺す、勝利に次ぐ勝利の量産。

 サウザンドキルとしての活動が絶好調だった、そんなある日……信じられない有名人が、目の前にいきなり現れた。


「はじめまして。お噂はかねがね、千様さん……いいえ、新城千尋さん。こちらの自己紹介は、いりませんよね?」


【英雄】一ノ瀬古都子。

 彼女は、なぜか竜の仮面をかぶっていない俺の正体を知っていて。

 そして、こんな話を持ちかけられた。


「ぜひ今度、私のパーティと対戦してくれませんか。ご心配なく——そちらのパーティメンバーは、あなたがこれまでどんな立場でも関わった中で、最強の方々に呼びかけましたから」


 サウザンドキルは、闘祭の誘いを断らない。

 二つ返事で了承し、前夜は中々寝付けないほど興奮した。

 呼びかけていたというメンバーも、それまで戦った中で特に歯応えのあった、好感を抱いていた三人で、俺はこの対戦、何がなんでも彼らを勝たせたい、と強く感じた。


 そして、実戦。

 生涯でもっとも白熱した、自分自身が最高に研ぎ澄まされた時間。教会での工房。


 戦っている最中も、戦い終わってからも、身体から昂揚の熱が抜けなくて。俺は、本当に本当に楽しくて。誘ってくれた彼女に、感謝しかなくて。

 だから、意気揚々と、その場に臨んだのだ。

 それまでやったことのなかった——仲間も相手も交えての、対戦後の感想戦に。



「楽しくなかった。今までで一番、最悪の試合だった」



 一瞬、彼が何を言っているのか、わからなかった。

 同じパーティで戦った戦士の男子……二刀使いの鯱人……ヴォルケンノタスさんが、後悔するように吐き出した。


「こんなの、オレがやりたかったファンフェスじゃない。サウザンドキルと組めて、【英雄】と戦えるっていうから、本当に、ワクワクしてたのに……」


 円卓に座る、右隣の女子も、おずおずと手を挙げた。


「……あたしも。正直、来なきゃよかった。一秒でも早く忘れたい。もう、ヤダ」


 わからない。わからない。

 何が何だか、わからない。

 どうしてそんなことを言うのか。何で二人とも、顔を余所に向けるのか。


「つまんないこと言うんだね、アナタたち」


 そんな中で、不満を隠そうともしない声があった。

 抗議で立つ兎耳。今回、同じパーティで戦ったアリーシャ・レネレーゼが、二人の仲間を退屈そうに見る。


「今回アリーシャたち、スゴいことしたよ? あの【英雄】に勝てちゃったんだよ? サウザンドキルの機転で!」

「何が、勝ちだよ。機転だよ」


 アリーシャの言葉を遮り、鯱人が机を叩いた。


「事前に何の相談も無く! 全部のステータスを奪われて! 搾りカスの分霊を囮にまで使われたような勝ちで、何をどう喜ぶんだよ! オレたち、何もしてないんだぞ!」


 だって、仕方がなかった。

 一ノ瀬古都子に対抗するには、それが一番合理的で。

 想定外の要素が混じりづらい、三つ巴ではないパーティ戦では、そんな勝算しか見出せなかった。


 ——一ノ瀬のスキルが、対多数に特化している、以上に。

 今回集められた、他の三人は……ただ一緒に闘っても、勝てない味方だったから。


「はぁ? 止めてよ、その信者ムーブ。見てると、イラつくより哀れだから。オエッ」


 女子が吐き捨てた台詞に、アリーシャが立ち上がる。


「聞き違いかな? いま、ちくちく言葉が聴こえたけど?」

「気づかねえフリしてんじゃねえって言ってんだけど。サウザンドキルが踏み台にしたのはあたしらだけじゃない、アンタもだ。……アンタはそんだけ信じてんのに! 一緒に戦う仲間扱いされなかったんだぞ! キレろよ、悔しがれよ、アリーシャ・レネレーゼ!」


 俺は、何も言えなかった。

 何が間違っているのか、どうして皆を悲しませてしまっているのかまるでわからず。

 無言のまま、目を開けながら何も見ずに考え続けていたら、いつの間にか円卓の席にはどちらのパーティメンバーもいなくなっており、残っているのは、俺と。対面の一ノ瀬と——


「才能なのだ」


 そして。

 いつ、そこに座ったのか。破天荒に机の上に胡坐をかいている和装の巨漢……写真だけは見たことのある、文字通りにファンフェスの神……スサノオ神がいた。


「誰の内に、どのような資質が眠っておるのか。それは本人にも、時には神にさえわからない。闘祭は遊戯であると同時に、神が人の持つ才を見極める儀式でもある」


 ファンフェスの売りは、そこで培ったものが他に、その後の人生にも繋がることだ。

 戦士として力を発揮していた者が、本当に、異世界の戦士となるべくスカウトされる。


 そのままでは魔法が使えない体質の人間だとしても、魔道士として目を見張る活躍を見せたものが、異世界で魔法の指南役に招かれる。

 能芸士はより顕著に、多種多様な分野で実力を開花させた者たちが、それを求めて手を引かれる。


 これも、世暦の流れの一つ。持て余していた素質が別の分野で生きる、というのは以前でも珍しくなかったろうが、世界が開けて繋がった現代は“役に立ちかた”も“それを欲する場所”のバリエーションも、それ以前では考えられないくらいに広がった。


「人々も神々も、大いに盛り上がった。古都子も、これがなければ見つからなかった」


 一ノ瀬古都子は、その代表例だ。

 彼女にとって、幻想闘祭とは鍛錬。

 成人後——十分に培った技術を手に地球を発ち、#本物で本来の勇者(傍点)として、未だ

 に揺れる数多の異世界を救うと預言で運命づけられた【英雄】の彼女は、身も蓋もなく言ってしまえば、ファンフェスによって将来の職を見つけ、前途を約束された一人である。


「有用の発掘。その逆も、困ったことにまた然り。幻想闘祭さえやらなければ、目覚めないで済んだはずの有害性もまた、時折暴かれてしまうのだなあ」

「……え?」

「報告と評判だけでは朧げだったが、我が巫女のお膳立てのおかげで、直に見られて確信した。確かにこれは……汝の闘いは、危険だ」


 神の瞳に浮かぶのは、憐憫。

 されど、それによって、判断の鈍らぬ厳かさ。


「サウザンドキル。汝が開花させかけしは、破滅をもたらす独善の才なり。何人を踏みつけても構わず、他者の幸福を吸い取り、己のみを充たす——【魔王】と呼ばれる理へ繋がる素質だ。それが今回の祭儀の検分にて明らかになったこと、スサノオ神が断じようぞ」


 言われていることが、うまく頭に、入らない。

 なのに。どこか、『ああ、やっぱりな』と、妙に納得している自分がいた。 


「汝には二つ、禁じさせてもらう。一つは、異世界渡航。どんな折に、何と反応して、その才能が爆発的に成長してしまうかわからない。余所様の世界に、分かっていながら【魔王】の因子を撒いた、なんてことになったら、外交問題だ」


 スサノオ神の指先が、俺の身体に触れる……違う、沈む。

 俺の肉体よりもっと深く、存在の根幹を司る、魂の設計図が書き換えられる。


「もう一つは幻想闘祭。汝の悪成長を促進させると分かった以上、続けさせるわけにはいかん。これは、闘い祭りを取り仕切る協会の理事としての権限だ。今後一切の」

「ガス抜きは必要ですよ、スサノオ神」


 横合いから挟まれた、暖かく優しい声。

 正しい勇者、一ノ瀬古都子の、進言。


「すべてがすべて——培った全部を禁じる、というのは、いささか酷かと。そもそもが幻想闘祭は、スサノオ神や神々が考え、許可したもの。それによくない反応を示したからと、何もかもを奪う……それでは彼が、あまりに可哀想すぎる。どうかここに、温情を」

「……よかろう。では、一年。一年の禁止の後、解禁する。それまでに過ちを自覚し、戒めの心を養っておくがよい。ただし、条件を設ける。他者と組まねばならぬ集団戦、及び大祭等の公式戦への参加、罷りならぬ。そうでもしなければ、汝は再び、倒すべき相手ではなく、どれだけ近しき仲間すらも、己が快楽の糧としようぞ」


 俺の身体に沈み込んでいた神の指先が、更に二・三度うごめいて、引き抜かれる。

 痛みなどはなかった。

 ずっと、頭がぼんやりしている。


「汝の前途を一つ閉じたが、その対価もまた、授けた。危急の願望在りし時、祝詞を唱え俺に願え。人の身にて曲がらぬ道理、須佐之男命が、神の名の元に斬り曲げよう」


 用を済ませたからか、巨漢は霞と薄れていく。

 ありがたき降臨が終わり、消える直前、最後にスサノオ神は言う。


「少年よ、許せとは申すまい。その足が行く道に、これまでと異なる幸あれ」


 神は幻のように失せた。

 残るは二人。

 未来、本物になる英雄は、未来、本物にならずに済んだ魔王の種に、笑って告げた。


「大丈夫です、心配しないで。楽しい生き方なんて、他にいくらでもありますから」


 励ましの言葉に偽りは無く、どこか羨むような響きをもって。

 多忙な彼女も立ち上がって去り、俺は一人、何処にも行けず座り込む。


 ただ、頭の中で反芻する。

 聞いていないつもりで耳の奥に染みついていた、俺だけが仲間と思っていた相手の言葉。



『無理なんだよ。お前もしかして、自分が何か、特別なものだとでも思ってるのか?』

『あなたは、誰の気持ちも考えてない。ただ、自分がもてはやされたいだけなんだわ』



 ——ああ、そうか、と。

 他人事みたいに、結論が口から抜け出した。


「俺、その中にいちゃ、いけないんだな」


 こうして、中学二年の春。

 新城千尋は、皆の祭りの輪から外れた。

 約束された期限が過ぎ、限定的な解禁がなされても、再びのめり込もうという気分にはなれなかった。


 エンブレムはポケットの奥。捨てられず忘れきれもしない、心残りの曖昧な位置。

 俺がどんなに離れようと、幻想闘祭は大人気競技。外を歩けば出くわして、ネットを見てれば目に入る。その度に胸は、痛みともつかないむず痒さに苛まれる。

 そうだ。俺は、きっと——

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