成立、奉納神器戦/4人目の仲間



 エンブレムの上貼りは、奉納試合の挑戦仕草。

 そこには“もう一枚まで”の猶予がある。


 何故ならば、幻想闘祭の、とりわけ秋の大祭で用いられる由緒正しき最大手メジャー形式は——【鏡】【剣】【玉】の3パーティ入り混じってのバトルロイヤル。

【神器戦】こそが、観戦でも一番人気を誇っている(幻想闘祭運営委員会調べ)。


「御二方、まとめてお相手いたします。ええ、勿論、共に組んでの集中砲火も大歓迎。逆境は、英雄の常ですので」

「ざけんな。そういう台詞は、テメエのプレイスタイル変えてから吐け」

「ふふふ。ああそうそう、奉納試合なら要求もしておかないと。では、ブルーバイトには、喫茶おーしゃんびゅうのドリンクチケット六枚綴りを四セット。バーストレンジには……うん、はい、決めました。新城さんを除いたメンバー人事権でいかがでしょう? 私が伝手を辿って、適した場所へ送り届けること約束します」

「——ちょっと待った。一ノ瀬、なんだよその要求。それに、そもそも——」

「ええ。一度組まれた奉納試合は、もし対戦条件が満たせない場合、不成立——とはならず、不戦敗になりますね。どんな事情があろうとも」


 その通り。

 奉納試合は神を見物に招き、神前にて舞を比ぶ、厳かなる正式神事。宣言の成立した段階で、『やっぱやめた』は通じない。そこにどんな不運、不足、理不尽があろうと——言い訳できない運命のうち。


「——俺たちは、まだ四人揃ってない」

「奉納試合は、成立から決行まで最短七日の猶予があります。その間に募集されてみては?」


 それができたら、苦労はしない。。

 周囲の空気を肌で感じる。負ければ失うものがある勝負に、相手はどちらも有名な強豪パーティで、対してこちらはたった今組む無名の急造パーティ……こんな状況で、誰が『自分がパーティ組みます』なんて名乗り出る。周囲に集まったプレイヤーも、場を流し見る俺の視線から気まずそうに目を逸らす。


「……はは」


 そうだ。そんなこと、自分が一番よく知っている。

 誰だって、明らかに負けが見えているゲームなどやりたくない。

 加えて、さっきセンパイも話した。新城千尋が、どんなことをしてきたかも。


 ……倒した敵より、共に闘った仲間の心をこそ折るプレイヤー。

 一体誰が、そんな奴と遊びたい?

 あとの祭りのそんな事実が、俺を、祭りの輪から弾く。


 二年前から。

 この瞬間も。


「現在とは常に、過去の反映。もしも貴方が窮するというのなら、それは、貴方の行いが招いた自業自得の帰結で——」

「そう。さすがわかっておりますなぁ、英雄殿」


 輪の中より出てきた言葉、足音は、断固として。

 鉄に振り下ろされる鎚めいて、大きく、清く、響き渡った。


「物事の差引。成したことによる成果できあがり。そこには奇跡も不可思議もない。何もかもはただ【そうしたからそうなる】のであって、しからばこれもまた、それまでの行いから弾き出された歴然の道理といえましょう」

 

 その人物は肩をすくめ、取り立てて力まず、何でもないように言い放つ。

 ドワーフ族の特徴として、この場の誰よりも背は低くも。

 誇り高きダークエルフの一員として、対等以上の態度をもって。


「彼らのパーティ、儂が加入いたします。超世界工房平賀工房長、ゲンヌダーロ・平賀——闘祭歴は0年0ヶ月0日0時間。実戦どころかルールもよく知りません。よろしくどうぞ。……鯱の頭領殿」

 

 突然に話しかけられたセンパイが、やや遅れて「なんだ?」と反応する。


「奉納試合の勝利要求。ブルーバイトに対して、弊パーティからは【新城千尋への謝罪、及び活動の肯定】を求めます。そしてこちらは提案なのですが、そちらから我々には、【超世界工房平賀の優待作業契約権】を要求しませんか?」

「……ハァ?」

「あなた方がより上を目指す為の手伝いを、十二分に提供できます。優待作業であるからには、依頼の順番は優遇、作業費もロハをお約束しましょう」

「フン。提案は率直で無駄が無ェ、そういうのは好みだ。しかし、商談としては手落ちだな。契約するにも、オレはアンタが何をできるかの実感を知らん。噂だけなら聞いてたがな。ウチの学校には、技術と愛想が反比例する腕っこきがいるってよ」

「そいつは重畳。話が早い」


 おやっさんはここで、その手に持っていたもの……二つの大きなアタッシュケースを、自分を見下ろす鯱人に掲げてみせた。


「この中にありますのは、新城殿にネリズエン殿、両名の願い。御二人が、幻想闘祭にて本当にやりたかったことを実現する為の、装備です」


「えぇっ!」と、状況を忘れ、頼んでいたものがついに届いた喜びに表情を輝かせるミナ。一方、こちらは「えぇっ!?」と驚く。


 当然だ。端から一員として対戦に参加するつもりなどなかった俺は、装備など頼んでいない。意気揚々と【魔導神】フォロワーなことを語っていたミナと違い、【闘祭で本当にしたかった戦い方】なんていうのも……。

 ……そういうものがあること自体、打ち明けた覚えがない。


「新城殿」


 だというのに。

 おやっさんが、俺だけに見えるように開いたアタッシュケースの中身は……寸分違わぬ、どんぴしゃり。


 俺が、もし。【何をしてでも、絶対にパーティを勝たせる】サウザンドキルでなかったら。

 ただの自由なファンフェス・プレイヤーであったなら。

 これを使える職業を選んでいたに違いない、ものだった。


「これ……なんで……!?」 

「良い職人というものは、顧客様の秘めたる需要を見抜き、形にして供給します。おまいさんは、儂との依頼の中で何度か話しておりましたからね。自分がクエスト請負人をやり始めたきっかけなどを。あの顔と言葉に秘められた焦がれを拾えんようでは、職人なんぞおこがましくって名乗れない」

「つ、作るのに必要な素材とか……!」

「あったじゃあないですか。色々集めてくださった、ネリズエン殿用装備に使う以外のものが。あれ、ちょうど良かったんで使っちゃいました」

 

 待った。それだと計算が合わない。集めていたものを置かせてもらっていた時期、業者に頼んで売却しておいてほしいと委託した時期、ミナのに加えて俺の装備の作成にかかる期間……。

 ——ああ、そうか。


「……本当。よく跳ねる兎なことで」


 得意げな顔を見ればわかる。

 この絵図を引けるのは、あらかじめ俺の意図を察していたアリーシャだけ。さては、おやっさんの工房に初めて訪れた日には、事情の共有と取引を進めていたに違いない。あの日の放課後までの空きは、コッソリ会って話すのに、十分な隙だった。

 ……あったなあ。昼休みの、バトルしてない休憩時間。


「許可なき使用に関しては謝罪しましょう。ただね、聞かせていただきたい。——どうです、コレ?」

「……最高。それ使って対戦したくて、ワクワクしてるしウズウズしてる」


 その言葉が欲しかった、というふうにおやっさんは笑い、センパイへ向き直る。


「如何かな、鯱の頭領殿。腕前証明の現物は対戦のネタバレにつき見せられませんが、彼の反応は見ていただけたでしょう。こういうことをできるのが、超世界工房です」

「いいだろう、そっちの提示した条件に賛成だ。見事なプレゼンに、まんまと落とされちまったぜ。……だが、少々腑には落ちねェな」

「ほう?」

「なんでわざわざ自分を差し出す? 手前ほどの職人が、そうまでする理由はなんだ?」

「現状では、他の仲間に比べて、儂だけリスクが軽いのでね。それではパーティとして不公平ですし、こういうふうにせんことには、伝えられぬこともありますので」


 おやっさんが、こちらを見た。

 ミナと俺を見て、薄く笑った。


「英雄殿。鯱の頭領殿。あなたがたは儂より昔から彼を知り、なんぞやらかしに関わって、それを根拠とした懸念を訴えておりますな。結構なことだ。——ですが」


 今度は、おやっさんは、アリーシャを見た。

 彼女は、嬉しそうに、楽しそうに——背を押すように、ウィンクをした。


「儂らは、の彼を見た。サウザンドキルではなく、その奥の、大樹高校一年生の新城千尋と接してきた。その結論が、彼は投資に足るという判断であり……ゲンヌダーロ・平賀、商売人として鍛治師として、決して安売りせん言葉を用いましょう。信頼です」

 

 ——おやっさん、と呼ぶ声が震えた。こちらも、些か恥ずかしながら。


「儂はこの方らと、これからもっと取り引きがしたい。長期契約を実現させる為になら、自分自身も担保に入れるのもやぶさかではなく、即ち、彼を応援したがる相手が少なくとも二人は既にいるという、ささやかな反論ですよ」

「きゅふっ。そーゆーコト♡ さっすがダーロちゃん、アリーシャの言いたかったの、ぜーんぶ言ってくれちゃった!」


 おやっさんの隣に並んだアリーシャが、背中をバシバシ叩く。こうして並ぶと、年齢と体格の正反対加減が一層際立つ。


「ここのみーんなに、見たことないの、見せたげる。七日後、予定を空けといてね?」


 そうして。

 その場は一時騒然となり、強制的に解散となった。


 何せ、騒ぎになりすぎた。

 ただでさえブルーバイトのエース復帰対戦会というイベントに、英雄の登場とスサノオ神の降臨、そこにの神器戦での奉納試合開催決定の報が重ねれば、ファンフェスエリア広しといえどキャパシティを超える。

 センパイも一ノ瀬も俺たちも、収拾をつけるため早急に撤収し……パーティ・バーストレンジは、今後の作戦会議も兼ねて、駄菓子屋ウチに集まった。


「話してなかったね」


 まずは、説明しておかねばならないことがある。


「俺が何をやらかして。どういう事情で、公式戦出場停止になってたのか」


 二年前の傷。未だ塞がったと言い難い、心の瘡蓋。

 サウザンドキルが、ファンフェスを引退した日。

 新城千尋が、自分の正体を、神様に教えてもらった日について。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る