地の神様の言うとおり



「神様って、こういう時が一番羨ましくなります。ヒトに許された調整版ではなく、本来の意味での機能——同一の己を分け、津々浦々に御霊を遣わすの分霊権能。これがあれば私たちも、やりたいこと全部を両立できるのに」

「知っとる知っとる、そういうの複アカっちゅうんじゃろ! そういうのもさぞオモチロそうやが、ま、少なくともここの人間はまだ魂と存在の重複禁止の世界観ルールでやっとるからなあ! とはいえこれからの進歩と交流次第じゃわからんので、今後のご活躍と努力を期待しております! 世界を新しく作り変えていくのはいつだって、今を生きる君たちだッ!」


 世暦のスサノオ神といえば、神話に伝わる多面的な活躍と性格——その反映、あるいは人々に接するものとしての本人の機転か、『安定しない口調』だ。

 コワモテから繰り出されるユーモラスな語りのキャラ付けは見事にハマり、緊張を解いて一笑を誘う人気者としても知られる神様は、突然現れこともなげにこんなことを言う。


「ちゅーこって! この度儂承認したんでよろしくな、我が巫女!」

「——何を、でしょうか?」

「そんなの、奉納試合に決まってるでしょ! 挑戦側、甲は新城千尋方! 防衛側、乙は一ノ瀬古都子方! 賭けるは神の思し召し——【新城千尋の幻想闘祭公式戦出場資格】!」


「は、」と俺、「え、」とミナ、「……あァ?」とセンパイ。

 居合わせた会場の皆も予期せぬマッチメイクに驚き、ウサギはひとり「きゅふ♡」と鳴く。


「ホントアリガト、スサノオおじさま♡ アリーシャ、たーすかっちゃった♡」

「ぬははは、なんのなんの! 兎にはちょいと、遠い孫を介した縁があってな——しかも神を奉じ天に至った種の裔となれば、異界の兎であろうと、礼を尽くさぬわけにいかんでしょ!」


 アリーシャは、兎人で天使。

 神様というものに対して一般人より距離が近いし、実家であるレネレーゼカンパニーもまた、幻想闘祭関連事業を通して理事会と懇意なのも知ってたけど……まさか、直で話をつけて、こういう状況を作るとか……あ。


「……アリーシャ。今日の、カミサマと会う用事って」

「おじさまの社にお参りしてたの☆ 王子様の復帰イベントがあるのも知ってたしー、あと、おねえちゃんにISEKAI修行オススメしたのもアリーシャだよ! おねえちゃんをブツけたら、当日はこういうふうな状況になってるよねーって思って!」


 ……ミナを確認する。その唖然とした表情だけで、アリーシャの言葉が真実だとわかる。 


「騙しちゃってごめんね。あと、おにいちゃんが『自分は一緒の舞台では闘わない』って決めてるの、気付いてたのに黙ってて。おねえちゃんは、バーストレンジすっごく好きでしょ? これを知ったらショックでいつも通りでいられないと思ったし、状況が揃う日まで、苦しめちゃうのもいやだなーって!」


 ……そちらには、あまり驚かない。

 スサノオ神と距離がここまで近かったのなら、俺とパーティを組んだ時点で、公式戦出場禁止の件を彼から聞いていてもおかしくない。……いや。俺があの夜、茅輪加護をミナに使い、ずっと保留していた権利の使用は大元たるスサノオ神に伝わり、その行動を契機にアリーシャは俺に会いに来た……というのが、自然だろう。その経緯を踏まえれば、『自分の代わりのメンバーを集める』思惑も推理されて当然だ。


 ……で。

 その絵図を俯瞰したとして、まさか、こんな手段に出るとは。


 御見事、アリーシャ・レネレーゼ。

【新城千尋の、公式戦出場禁止解除】——再会の前から企んでいたであろう兎の狙い、今の今まで気付けなかった。

 こちらの苦々しい顔に気付いたアリーシャが、ぺろりと舌を出しながらウィンクする。


「どう、おにいちゃん? 今まで何回もやられてきたけどー、今回よーやく、アリーシャが、おにいちゃんから一本取っちゃいました、きゅふっ☆」

「……え。え、えーっと……つ、つまり? ……ボクたちが対戦で勝ったら、ちひろっちは、恩赦免罪公式大会出場オッケーってことなんです……!?」


 ステイステイ、ミナちゃんステイ。目を輝かせるのはまだ早い。

 何しろ、そのバトルで勝つというのが、無理難題そのものだ。


「はあ。そうやってまたご勝手に、人の試合をセッティングなされたのですか、スサノオ様」


 新城の鋭い声色に、大柄のスサノオ神がビクっと震える。


「う。我が巫女、御不満?」

「まさか。こういうことは別に、今に始まったことではありませんし。もう慣れましたし。平気です。——ただ、確認をしたいのですが」

「なんじゃいな」

「彼の公式戦出場禁止を定めたのは、他ならぬスサノオ様です。肩入れをするならば単に、独断の一存でも覆せる。それをわざわざ、どちらに転ぶかを私たちに委ねるのですか?」


 人より問われた神の視線が、こちらへと向いていた。

 ——あの日。俺へ『人と交わるな』と告げたのと同じ目に、形のない古傷が、引き攣れるように疼く。


「応ともさ。儂の仕事はお裁きでェ、浄玻璃鏡じょうはりきょうも持ち合わせん。故に、乞われて渡すは笑止千万、資格の有無は試練で計る——問題ありや? 我が巫女」

「私情など挟みません。しかし、これだけは言っておきます。私を試金石とする以上、結果は既に見えていますよ?」

「——勿論。だからこそ、兎の願いを受けたのさ」

 

 声から一瞬、あらゆる遊びと、笑みの気配が消失した。

 剥き出しの厳かさ。人を裁定する荒ぶる神威——その片鱗が覗いただけで、場の空気は、幾千の棘が突き立ったように張り詰める。


「年月を経て、彼の者如何に変わりしか……それとも未だ、邪にして資格非ざるか。英雄が虚偽を払い、真を照らす。いざや正しき結末の絵巻を描け、一ノ瀬古都子。汝、建速須佐之男命たけはやすさのおのみことが見出せし、闘い祭りの戦巫女なれば」

「——その託宣の御随意に。スサノオ神」

「ヘイ。ヘイヘイヘイ。盛り上がってるとこ悪ィがな」


 ずけずけ、ズカズカ、遠慮なく。

 この状況の最初の主役、ヴォルケンノタスセンパイが、状況に背ビレを立てて割って入る。


「英雄だの神様だの、さぞ偉かろうが順番どうりは守れ。コイツらと一悶着あったのは、ブルーバイトのほうが先で」

 

 センパイの声を止めたのは、静かな動き。そっと添えられた、繊細で、素早い、彼女の手。

 相手の呼吸の切れ目、瞬間の虚を縫う挙動で一ノ瀬はセンパイの胸に手を伸ばし、触れて、離れた。

 その下から現れる。

 ブルーバイトのエンブレムに上貼りされたバーストレンジのエンブレム——その上に更に貼り付けた、三つの王冠の上に立つ一つの剣。

 一ノ瀬古都子のファンフェスパーティ——【壱個】のシンボル・エンブレム。


「そうつれないことを言わないで。私も混ぜてくださいな」


 今度は。

 状況に、速攻で火がついた。



「「「「お……おおおおおぉぉぉぉっ! じ、ーーーーっ!」」」」



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