この少女、【英雄】につき
【参】
異世界常識体験学習を始まりとする遊戯祭儀、幻想闘祭。
強化分霊を用いることで、出身世界に種族や歳、体格由来のフィジカルの差を取り払う、老若男女が楽しめるスポーツ……だとしても。いや、あるいは、だからこそ。
存在するし、虜にする。
『そのようになりなさいと』神から祝福を賜ったとしか思えない、強烈で驚異的な才能が。
初めて表舞台に現れた秋の大祭で、U12のソロ部門、パーティ部門の両方にて優勝し、八百万の神から文句なくこの年の最優秀プレイヤーだと讃えられた時、彼女は実に、八歳。
以降、その足跡が輝かしくなかった試しはなく、初参加からU12の年齢制限まで五年連続連覇を成し遂げた時、これより先、間違いなくシーンを牽引していくとの太鼓判で、神々は彼女にこの異名を授けた。
【英雄】。
世界を救うモノの称号を、彼女は厳かに拝命し——そして、ファンフェスファンもまた、彼女がそう呼ばれることに異論を持たない。
——特に。
彼女と闘うプレイヤーこそ、英雄越えの大栄誉を夢に見る。
「こいつァぶったまげのゲストだ」
センパイが、一ノ瀬を睨みつける。
……ブルーバイトと一ノ瀬の因縁を語ると長いが、かいつまんで言うのなら、【宿敵】と呼んで何も差支えはないだろう。
「オレの快気祝いに、呼んでもねェのに駆けつけたかよ。嬉しくって目から塩水出るぜ、そんじゃァ列の後ろに並べ。後でたっぷり遊んでやる」
「あらあら。とても精力的なお申し出、ときめきますね。ですがすみません、今日は遊んでいく予定はないもので。私のお仕事は、あくまでも貴方ではなく、こちらの——」
「あの」
あの、ミナが。ファンフェス名プレイヤーと見れば目の色を変え、どんな時でも尊敬と興奮が先に立つ、彼女が。
静かに、尋ねた。
「それ。本当ですか。千尋、くんが」
「はい。どうぞ、本人にこそ聞いてあげてください」
一ノ瀬は、いつだって正しい。
ミナの視線がこちらを向く。俺は目を逸らさず、向かい合う。
「ちひろっち」
「うん、本当」
ばつの悪さで笑いが出る。
笑いながら、全部言う。
「俺、公式戦には出れないんだ。舞台に上がると世界がエラー吐くとか、そういう切実なんじゃないんだけど……ま、反則退場とか、選手失格とか、そういうの。要するに昔のしでかしが祟ってるんであって、俺が悪い。……黙っててごめん。盛り上がりに水、差したくなくてさ」
愕然とした表情を見ながら、さっき一ノ瀬にも見せた書類の写しを、ミナにも示す。
秋の大祭、バーストレンジの参加申込書を。
「見ての通り。責任者は俺がやるけど、パーティメンバーには、入らない」
闘祭パーティ戦は、四人一組。
出場登録者の欄に書かれた名前は、ミナにアリーシャ——他二名の名前は空で、横の備考欄にある【後に追加申請】の項目にチェックを入れている。
一般から広く参加者を募集する秋の大祭に於いて、受付さえ済ませておけば、編成については予選開始の直前まで変更や辞退の融通が効く。それを理由に『まだメンバーが揃っていなくても、忘れないうちに受付を済ませておこう』と言い出したのは俺だし、書類の作成や手続きを買って出たのも俺で。
ついでに、今日。
大樹市で一番の闘祭スポットであるここで、ウチに入ってくれる人を、二人分探そうとしていたのも、俺だった。
そう。
これが、ミナの秋の大祭出場に関する、【三つの難問】の三つ目——メンバー不足。
「ま、って言ってもさ。特訓の相手、情報集め、練習試合のセッティング……公式戦に出ないってだけで、それ以外ならいくらでも付き合えるしそばに居る。ほらミナ、ただでさえスタートは遅れてるんだから、引き摺ってる暇ないよ。念願のファンフェスをこれから思いっきり」
「ボクは」
手を。
ぎゅっと、握られる。
「自分、でも、あきらめて、て。誰の仲間にも、なれない、好きなことの輪に入れない、って。でも……キミ、が。うずくまってる、ボクを、通り、過ぎないで、引っ張って、くれたから」
つくづく思う。
一ノ瀬はいつだって、苦々しいくらい正しい。
今日ここに彼女が現れたのは、俺の間違いを諌めるため——偽りを隠したまま進行しているバーストレンジを軌道修正するためだった、ということに、今更気付かぬわけがない。
その上で、感謝しかない。ミナたちと、少しでも長く、同じ目線で夢を目指している空気の中にいたいとか、考えが甘かった。
もし、今日でなかったなら。
共に過ごした日々の分だけ増幅した落胆と喪失は、どれだけミナやアリーシャを苛んだか。
それはもしかしたら、取り返しのつかなくなるほど……ファンフェスを引退させかねないほどになっていたかもしれない。
……やれやれ。まったく、そっちも仰る通りですよ、センパイ。
俺はまた、この後に及んで——自分の都合を優先して、仲間を傷つけるところだった。
「ボク、やだよ。千尋くんを、置いていきたく、ないよ。いっしょに、お祭りの舞台、立ちたいよお——」
——うん。
申し訳ないんだけどさ、ミナ。
俺は、それが聞けただけで……そう言ってもらえただけで、幸せだ。
「大丈夫。もう一回、ファンフェスに関わろうって気になれた。俺は、それで十分救われたんだよ」
「きゅふ。聞ーいちゃった、聞ーちゃったー♡」
ふわり、と。
重い空気の場に降り来たる……軽い羽根と弾む声。
「おにいちゃんの、ウソつきな声。自分を隠してる鼓動。ウサギの耳にはまる聞こえー♡」
騒然とした注目が集まるのは、あろうことか俺の頭上。重みを感じないが爪先らしき感触だけはあって、そこに何があるのか、俺の頭の上に誰が立っているのかがわかる。
だからこそ、そっちの方は見られない。見上げられたもんじゃない。
……本人は『見せパンだから平気ですけど?』とかほざくだろうけど、そういう問題じゃないのだ。
「ハッ、千客万来だな。次は手前かよ、兎公」
「どーも、ギザギザ王子様。快気祝いの贈り物、お店の方に送ってあるから受け取ってね♡」
再び巻き起こる周囲の歓声。
アリーシャ・レネレーゼとヴォルケンノタス・アバド、二人もまた好敵手の間柄で、生でそのかけあいを見られる喜びにお集まりの皆様が盛り上がる……のはいいのだけど、アリーシャアリーシャ、こっそり爪先で頭グリグリすんのやめて?
「それに、悪いけどぉ。今日ここに来たのは、親愛なるパーティメンバーと、手のかかるおにいちゃんのためなんだー」
爪先を軸に、前へ倒れて一回転——アリーシャが柔らかに軽やかに地面へ降りる。それから、俺を強引に抱き寄せる。
「きゅふ。本当ねー、みんなみんな、ニ゛ーって顔してへーんなの。ムカシのヤラカシいっぱいあるから、アレしちゃダメにコレやっちゃダメ——重いし窮屈、つまんなーい! そういうのってぇ、ちょぉっと視点が低すぎるって、アリーシャ思っちゃうんだなー!」
「ふふ。相変わらず独特なトークですね、レネレーゼさん。聴衆に徹するのもやぶさかではないのですが、今回ばかりはこちらにも正確な意図を共有していただきければ助かります」
はいはい、俺も一ノ瀬に賛成。
アリーシャの混ぜっ返しというか、突飛な行動も別に、今に始まったことではない。前に絡みが合った時分にも、デタラメな跳躍的行動力とレネレーゼ家の伝統の企画力にどれだけ翻弄されてきたか。
まあでもね、あれから二年、再会してからの彼女はそれなりにコントローラブル、タッパも伸びた分同じだけフットワークも慎重に、
「ふふふ。それはねー……彼のほうから説明してもらっちゃおっと!」
そんなことを言いながら、アリーシャは真っ直ぐ上に手を伸ばし、何かを放った。
場の視線が追った先にあったのは、手のひら大に収まるくらいの、小さな、緑色の、草で出来た……いや。
茅の輪だ。
札の付いた茅の輪は、宙でピタリと止まり、そのままグングン大きくなって——
「どっこいしょぉーーーーっ!」
そこから現れたものが、衝撃でフロアを揺らした。
腰に注連縄飾りを巻いた、身の丈二メートルを優に超える和装の巨漢。その黒髪は長く、艶めく美しさでありながら一本一本がいばらのように荒々しく、まるで無数の刃を武装しているような雰囲気を伴いながら、周りを見渡し満足そうに笑う。
「よぉう!
——誰も、唖然としている。センパイが沸かしていた熱狂、一ノ瀬が闖入してきた時の昂揚、アリーシャが降ってきた際の期待、それらを超えるインパクトに、誰もが皆、咄嗟には反応できない。
そんな中で、最初に口を開いたのは、一ノ瀬だった。
「これはこれは。現れましたね、スサノオさま」
彼こそ、日本に住まう大いなる神の一柱、
地球世界に於ける幻想闘祭の日本地区総責任者であり、理事会会長。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます