ケジメの清算、道理の忠告
【弐】
砂糖なしミルクありのコーヒーに口をつける。俺は輪の外から、窓越しに見届ける。
ある落とし前と、前進の手続きを。
■
『——で、どうする?』
ざわめきと困惑の中心で、センパイが尋ねた。
紙袋を被った正体不明の闖入者……その覗き穴の奥を見据えながら。
『手前は今日、どっちで相手してもらいにきたんだ? 覆面被った助言魔か、それとも』
そこから先は必要なかった。
彼女は自ら
『大樹学園一年六組、ラグラグラミナ・ネリズエンと申します』
震える声で、名乗りあげた。
『ぼ。ぼぼっぼ、ボク、が……世間、を、騒がせて、いっぱい、迷惑、かけちゃってた……わるい、やつの、正体、ですっ!』
どよめきの種類が変わる。
例の事件……幻想闘祭に参加できないミナが、プレイヤー側に関わりたい一心でやってしまっていた、招かれざる助言活動。
被害者こそ出てはいなかったものの、センパイが解決に乗り出す程度には騒ぎとなり、そして……今日に至るまで、その問題はうやむやになっていただけで、何も解決していなかった。
予期せぬ犯人の登場に対し、周囲の視線が変わる。
疑念は確信に、困惑は敵意へ移り、どの面を下げてその面を晒したのか、何を思ってあんなふざけた邪魔をしていたのか、詰問めいた気配が満ちるのを画面越しにでも感じてしまえた。
『ほォ。ご自分で出頭とは、見上げた心掛けだ。だが、まだまだ——見直してやるほどでも、見逃してやるほどでもねェ』
センパイは親指で、背後の戸を指し示す。
『まずは、こっちに付き合っていけや。今回は手順踏んで、筋通して待ってたんなら、その分の義理は果たす。ケジメも落とし前もそれからだ』
『……はいっ! あら、改めて……対戦、よろしく、お願いします! ボクは、[魔道士]の、ラグラグラミナです!』
そうして、対戦は始まって、終わった。
前回。あの、何から何までイレギュラーな海洋Cのフィールドで……センパイが敗れたのは、その時のミナが【
そうではない今の彼女は、一介のビギナーに過ぎない。乱数抜きの個人戦では尚のこと。
しかも、今回に限っては一試合ではなく十本先取の形式で、最初こそお騒がせ違反者が痛烈に成敗される模様に上がっていた歓声も、次第に変化していく。
やられ役の歯応えがなさすぎて、初心者狩りの構図にしか見えないのに加え……何度惨敗しようと諦めず必死に食らいつき返そうとする初心者魔道士に、ファンフェス好きの誰もが、大なり小なり思うところがあったからだろう。
溜飲を下げるにも、適切な加減がある——下限がある。
さも幻想闘祭を知り尽くしたような口振りで『勝たせてあげる』と吹いていた、上から目線の助言魔への応報といえど、度を越えた負け方での晒しあげは、昂っていた場の熱を冷ますどころか沈痛な静けさすら作り出す。
『手前は言って回ってたな。勝ち方を教えます、ってよ。それ、もう一度でもほざけるか』
10:0のスコアを観衆に示し、当然の顔で扉から戻ってきたセンパイが、俯いたままのミ
ナへ声をかける。
逃げ道は、封じられていた。
その為の、十本先取だった。
センパイは圧倒的に勝ちながら、一度だって同じ勝ち方をしていない。自分の装備、スキル、技能……それらを使いこなして使い分け、さまざまなキルを披露してみせていた。
『ソロでもこれだけのバリエーションがある。ましてやパーティ戦なんざ、輪をかけて複雑怪奇の荒波だ。そんな中で【いつでもこうすりゃ勝てる】なんて方法は存在しねェ。俺らができるのはせいぜい反省と改善と想像で、だから毎回死ぬほど頭捻らにゃならんし、それだから面白いんだ。ファンフェスなめんな、エアプレイ』
『——ほんと、ですね』
叱責に顔を上げたミナは、涙を流していた。
みっともなくて、さらけ出された、何も隠していない、泣き顔。
『いっぱい、ごめんなさい。めいわくなことして。すっごく、よかった。ボクなんかのアドバイス、だれも、きいたりしなくって。わかってないのに、わかったふうなこといって……まけさせちゃうところでした』
震え声で語りながら、彼女の表情は奇妙だった。片方は歯を食いしばり歪めながら、もう片方は、笑っている。
『オイ。なんだその顔、どういうアレだ?』
『あふ。す。すみません、ボク……こ、こういうのを言うのは、おこがましいんですけど。初心者でも、相性不利でも……やっぱり、ファンフェスで負けるのって、悔しくて。……それが。とても、う、嬉しく、って』
『はァ?』
『——ボク。ボクでも、ちゃんと……ファンフェスの対戦、できて。自分の闘いで、自分の負けで、自分のものの気持ちになれて……こ。こんな気持ちになれる、こと……ずっと、もう、諦めてたはず、だったからっ……!』
そこから先が言葉にならない。
周りの観衆も何も気にせず、ミナは全力で泣きじゃくる。喜びと悔しさ……ずっと憧れて眺めるだけだった輪に混ざれた気持ちを、押さえる事も隠す事もできずに溢れ返らせている。
『——よォし! つうわけだ、手前ら!』
その空気の中で、鯱人が吠え猛る。
『見ての通り! こいつはきっちり落とし前をつけた! 公衆の面前で醜態晒して償った! これをもって助言魔は完全引退、やらかしも不問に処すと、この件を預かってたモンとして判定する! 異議あるヤツは遠慮いらねえ、いつでもブルーバイトのヴォルケンノタスに噛みつきにこい!』
一拍の後、満座の拍手が答えとなった。
その中で、ミナだけが呆然としている。
『……え。あ、あの……』
『手前よ。何で来た』
『……そ。それは、その……』
『本気だからだろ』
『…………っ!』
『幻想闘祭を、やれるようになった。しかし、そっちの航路を目指すなら、いずれ必ず、過去が問題になる。そうなる前にあらかじめ、自分が撒いたトラブルの種を、解決しておこうと思った。そうだな?』
おずおずと、ミナは小さく頷く。
『す。……すみま、せん。ヴォルケンノタス、さん、を……利用する、みたいな、真似……』
『謝んな』
『ひぅ!?』
凄まれて怯んだミナの頭を、センパイのでかい手が掴む。
『オレは気に食わねェ波には乗らねェ。したくてしたコトで誰かに頭下げさせンのも趣味じゃねェ。ルーキーの世話焼くかって決めたところに、追加で余計な重荷乗せんな、泳ぎが鈍る』
『せ。世話……!?』
『オレのほうこそ一回やらかしちまったからな。あの後、鵜原のオッサンから事情は聞いた。……悪ィな。休み明けに学校で謝るつもりだったが、先手取られたぜ。やりやがるじゃん、ネリズエン。それともなんだ、オレの世話になんぞなりたかねえか?』
『い。……いいいっ、いえっ、いえっ、いえ! ももも、元はと言えば、ぜんぶぜんぶ、ボクが悪いしっ……ボ。ボク、大ファンです、から! ブルーバイトの! こちらこそ、どどど、どうぞよろしく、ご指導ご鞭撻、お願いいたし、ますっ!』
和やかに打ち解けて行く二人の気配に、窓越しに眺めているこちらが胸を撫で下ろす。俺は視線を、夢中で見ていた窓から、対面の一ノ瀬へ向ける。
「流れに身を任せる……こういうふうになるって、わかってたの?」
「意地悪を言いますね。そんなの、わかってるわけないじゃないですか。私はいつだって、結果的に正しいことをやっているだけです」
ふふ、と笑う彼女も、飲み物を傾ける。
食えない態度を眺めながら、耳は窓の向こうのやり取りを聞く。
『オレは今から対戦再開すっから、手前は退いとけ。好きなだけ見学しろ』
『はいっ! ご、ごちそうさまです!』
『それから、一言助言だ。心して聞け』
『なんでしょう!』
『新城千尋はやめておけ。ダチならともかく敵ならともかく、幻想闘祭で、同じパーティにはなるな』
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