シャチ・不審者マスク・自信満々少女



   ■


 ISEKAI大樹店のアミューズメントフロアは実に半分がファンフェス用となっており、そこいらの河原やグラウンド、屋上とは設備の充実が違う。

 対戦スペース、窓の観戦席、パーティ勧誘や戦法討論で賑わう休憩所、様々な関連商品を販売する正規売店やフリーマーケット……これまでは避けていた、あるいは他人事として一線を引いていた祭りの熱気を、存分に呼吸し、領域へ踏み込んだ。


「……よっし。やるかぁ」


 勘を取り戻す慣らしをするからには、いっそコテンパンにしてもらったほうが都合がいい。そして、こういう場所で強い相手を探すコツがある。

 歓声と賑わい、人のより集まっているところを目指すのだ。

 それは名勝負に群がる観戦の人だかりであるし、同時に、順番を待つ挑戦者の群れでもある。


 今日、この時間に最も盛況なのは——ありがたい。パーティ戦ではなく、個人ソロ戦のエリアか。これなら俺も参加出来る。……まあ、相手パーティに対して実質ほぼソロで闘うような構成もあるっちゃあるんだけど、そんなのがやれるのはごく限られた怪物なんでね。


 逸る気持ちで、ポケットの中のエンブレムを握りしめる。

 一番に取り戻したい勘、立ち回りの丁寧さを磨くべく、今日はスタンダードな戦士装備を用意してきた。この一式で前くらい動けるようになれば、ミナやアリーシャの練習相手として当面の役に立てる。

 先の目標を見据えつつ、駆け足で向かった先で——俺は、それを聞いた。


「話にならねェ! あァ、まったくもって雑魚すぎだ!」


 大波じみた迫力の声に、近づく前から中心にいるのが誰かわかった。よくよく目を凝らしてみれば、人垣から、見覚えのある背ビレが突き出ている。

 ——ははあ、なるほど。


「道理で。イカしたシャチのグッズつけてる人が多いわけですね、センパイ」


 大樹市を本拠とするファンフェス強豪パーティ、ブルーバイト。

 そこに所属するエース[戦士]の鯱人、ヴォルケンノタス・アバド。


 プレイヤーとしての華に加え、一見そっけない態度と裏腹な手厚いファンサのギャップは大勢を虜にしており、たとえば今行われているのとかが、その代表例と言ってよい。


「スキルの切り時、連結が甘ェ! 手前で攻めのリズムに凪を作んな! 狩りってのはなァ、息継ぎできる余裕を与えたら終いだ! 一度ペースを奪ったら、とことん自分の有利へ引き摺り込め! 以上!」

「は……はいぃ! ありがとうございますっ!」


 湧き上がる拍手・歓声、羨望を秘めた吐息。

 これが、ブルーバイト……というより、センパイ名物の“指導対戦”だ。


 乱入上等のソロマッチとセットの講評を受けたプレイヤーは決まってスコアを上げると評判で、どころか周りで聞いていた聴衆も壁を破れたとの口コミが無数に寄せられ、業界への貢献を幻想闘祭運営委員会から表彰されたこともあったほど。


 ……その時も。本人はいつも通りのぶっきらぼうに『自分は別に、歯応えあるバトルがしてェだけなんで』と答えてたっけ。


「オラ、次! 時間ねェんだサクサク行くぞ! 後はいくらでもつっかえてんだからな!」


 毎度、遅くとも三日前には告知のあるイベントだが、今回に限ってゲリラ開催な理由は想像がつく。

 ——例の【魔王】事件に巻き込まれ、検査で戻った産まれ世界——少なくともその間、ファンフェスはお預けだっただろう。となれば、一刻も早く一回でも多く#がっつきたい(傍点)と思って当然で、お行儀良く告知から三日なんて待ちきれまい。


 ただのトレーニングならパーティ内で済ます手もあったろうが、センパイは一挙両得を選んだのだ。

 ここ最近、すごかったもんなあ。

 ブルーバイト不在で、界隈が寂しがってるムード。


「一人でも多くブッ倒してやんよ! で、大いに広めやがれ! ヴォルケンノタスは依然健在、ハンパな波風じゃあサーフされるだけだってな!」


 宣言に返る声援は、闘志と歓喜のミックスだ。挑戦を喜ぶ声、指導を待望する声……どっちも同じ、彼の帰還を祝うもの。

 広がる波紋は快くて、同時に、爛れるように胸が疼く。

 ……あの人が立つ位置は。かつて、新城千尋というプレイヤーが焦がれてやまず——しかし、ついぞ辿り着くことの叶わなかった——


「……で、あれば。一丁、盛り上げ役でもやらしていただきましょうかね」


 ご祝儀代わりのお手伝い……とかいえばいかにもそれっぽいが、実際は俺がセンパイと戦りたいだけである。

 楽しみだなあ。同じブランク明けでもワケが違うし、そりゃ手酷くボコボコにされるんだろうが、さぞ参考になるアドバイスをくださるに違いない!


 ついでに——ここで一回手合わせすれば、積もる話のとっかかりにも、なるだろう。

 ミナのことや、昔のこと……センパイとは、決着をつけないといけないことばっかりだ。


「そうと決まれば、なんだけども……」


 ——これ。対戦待ちの最後尾、どこ?

 センパイを中心に囲いが形成されているのだけども、地球人より背が高かったり、羽とか角とか尻尾を持つ種族の方々も多くて見通しも厳しい。往生してる間にも対戦は行われているが、窓を余所見しながら歩くわけにもいかず、せめて耳は澄ませて講評を羨ましく聞きつつうろうろと探し回る。


「今回は大負けしたがな、こりゃ相性だ、引きずり過ぎねェで切り替えろ! むしろ手数が売りの[戦士/双剣]相手に補助職で良く粘った! お前が稼ぐ一秒が、パーティ戦の本番じゃあ戦況の潮目だって変えるだろうよ! そん時はせいぜい俺に、余計な助言しちまったと後悔させてみやがれや!」

「……う、ううううっ! ありがとうございましたっ!」

「よし次! さァどんどんノってきたぜ、戦士でも魔道士でも能芸士でも何でも」


 気風のいい声がふと、明らかに凪いだ。

 周囲の空気も明らかに変わった気配があって、俺も思わず「ん?」と足を止める。


「……ど。どどどどうぞ、よろ、よろし、おねが、ます」


 それは、周囲が静まり返っているからこそ聞こえる声。

 その挨拶は、今までの対戦希望者に比べて、控えめで、くぐもっている。

 何か、遮るものを通しているように。


「……おい。なんだ、あいつ?」

「わけわかんねえ。あの格好、どういうつもりだ?」

「ウケ狙い? キャラ付け? あんな袋かぶって」

「うわ。入口とかに置いてるチラシ貼り合わせて作ってんじゃん。ISEKAIのイベントの宣伝とか……そりゃないか」


 状況を見れているらしい観客の、戸惑い含みのひそひそ声を聞いて、直感は確信に変わった。


「ん、んんん、んんんんん……!?」


 いや、あれ?

 今日は確か、自主練のはずで……。


「——自主、練」


 基礎的な動きをできるようになって、その成果を確認したい時。

 トレモではなく対人戦をしたくなるのは至極真っ当で、そのスポットとして、ISEKAIはまさしくうってつけ。

 そしてやってきたところ、偶然あのイベントが始まっていて、ブルーバイトの大ファンとしては大喜びで列に並んだ……。


「——ある。あるなあ、うん。……けどさ」


 それで、その。

 例の格好なのは、どういうことかな、ミナ。


「……ねえ。ああいう覆面ってさ、ほら。覚えてない? ちょっと前に、噂になってた……」

「……あったなあ。大樹市の、ファンフェス荒らしの覆面アドバイザー事件……」


 順当な気付きはたちまち伝播して、ざわめきが拡散する。

 ——くそ。これ、もう対戦列の最後尾とか探している場合じゃないか。人混みを割ってでも、強引にセンパイたちのところへ——


「いけませんよ。ルール違反は」


 ——踏み出そうとした足を、肩を掴んで制される。

 俺を止めたのは、鮮麗で、清廉な雰囲気を纏う少女だった。長く黒く艶やかな髪と、背筋の伸びた佇まいが醸し出す静謐さと淑やかさ。服装は今年の春の流行最先端、身体にフィットするパンツスタイルに、目深な帽子と蒼い色の入ったグラス。


 呼吸が詰まった。

 心臓が止まるかと思った。


「……ファンフェス再開したからには、どこかで再会すると思ってた。けど、こんなにすぐとは驚いたな。もしかして、書類提出とかが確認されたら、会いに来る手筈だった? だったら悪いね、休日にご足労させてさ。……久し振り、一ノ瀬いちのせ

「いえ。今日ここに来たのは、GWのバーゲンだからです。その後、せっかくだからと、戦利品をロッカーに預けてふらりとファンフェスエリアに寄ったところ、あなたを見かけて声を。そして、その言葉のおかげで大体の成り行きもわかりました。大祭の大舞台を目指すとは、希有壮大な夢を抱かれましたね。千様せんようさん」


 声には、推す雰囲気も責める気配も含まれない。事実を確認した以上の、意図も感情もないだろう。

 いつもそうだ。

 彼女が動く時、その意は滞ることなく澄み切っている。

 どんな夾雑の余地、抵抗の意味もないほどに。


「あの魔人さんですが。今は邪魔をせず、見守るべきという気がしますよ。物事はなるべきことに、なるようしてになるものですから。——さ。どうぞこちらへ」


 動きの始点、初動を捉えそこねた。

 最初に感じたのは目よりも肌で、身体の中心を軽く押された感覚に一拍遅れて目線を下げる。

 胴に、札を張られた……それに気付いた時にはもう、別の場所にいる。ISEKAI屋上のフードコートに立っている。


 彼女は飲み物を買ってくると、机の上にまた札を貼る。

 現れた窓は、さっきまでいたアミューズメントフロア……輪の中で向かいあう鯱人と紙袋の怪人の模様を横から眺めるアングルで映しており、あっという間に特等席のできあがり。


「転送に、映像に……神秘よりの技術、闘祭の空間でもないのに乱用するなあ。地球では本来できちゃいけないことやってると世界観が歪むって、おまわりさんに怒られちゃうよ?」

「問題ありません。私、神様に贔屓されていますので」


 おおー。

 これ、彼女が言う分には嘘でも誇張でも無い上に、サマになってるのが困るよね。


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