3章/あとの祭りは祭りの前に
三つの難問の三つ目
【壱】
幻想闘祭に於ける、日本最大規模のイベント。
秋の大祭こと【幻想大闘祭・神在奉納演舞】優勝を目指すとき、プレイヤーの前にはいくつもの課題や関門が立ち並ぶ。
それを、とある見る専ファンフェスオタクの場合——ちょっぴり複雑な事情にあった彼女、ラグラグラミナ・ネリズエンの個人的事情を踏まえておさらいしてみよう。
①。
存在が規格外すぎて、分霊を使えない。
②。
やりたいことをやるための装備がない。
……おっと。【魔王】だから舞台に上がれない、という元も子もない大問題は、パーティ結成時には解決済みだったので除外してます。番号を割り振るとしたら、ゼロ番かな。
そして、この①と②……ミナのお祭り参加のための【三つの難問】は、頼れるベテラン兎と、気難しくも真摯な鍛治士の協力もあって無事解決の目を見たり、見つつあったりする。
難問も、残すところあと一つ。
これさえ解決すれば、晴れて本当の意味で——ミナの闘祭ライフが始まるのだ。
「……というわけで、やってまいりました」
ゴールデンウィーク、平日を挟んだ五連休の中日。
俺は単身、市内の大型総合百貨店、
様々な異世界から目利きが入荷した自慢の品々を一般庶民にも手が届き易いお値打ち価格で取り扱っており、そぞろ歩くだけでも飽きない場所だが……今日の目的は、十階建ての八階、異世界遊戯で満ちたオモチャ箱、マルチアミューズメントフロアだ。
最近は空き時間となれば一緒にいたミナもアリーシャもおやっさんも、今日はいない。
ミナは『装備が出来上がるまでの間に、集中して基礎を身につけておきます!』とのことで、アリーシャも『ごめーん、アリーシャアポ入ってる! レネレーゼのほうでちょっと用事でー、カミサマに会わなくちゃなの☆』と連休後半から不在。おやっさんは『この休みは工房に篭ります。訪ねても応対できんので、悪しからず』と告げられていたので、先日は工房の前に差し入れだけ置いて帰った。
そんなわけでの個別行動だが、実を言えば丁度良い。
一人の時にこそ進めておきたい用事があったから。
「すみません。こちらの書類を提出したいんですけど」
吹き抜けを背に建てられた屋台に出ている看板は、【幻想大闘祭神在奉納演舞・申込受付】。中では係の人が幻想闘祭専門のスポーツ新聞を広げており、「はいはい、あーいよ」と仕事に戻ってくる。
「律儀だねえ。今日び、これだって別にネットでやれるのに、わざわざ現場まで御足労での提出とは。ゲン担ぎ? 確かに受付所は簡易的な社だし、御祭神への必勝祈願も兼ねられるっちゃそうだけど、だったら普通、パーティ皆で手を合わせに来そうなもんで——」
口と手を同時に動かしていた受付の係員が、書類から顔を上げてニヤリと笑う。
「ナルホド。こんなの出すなら、一人でなくちゃ来れないか。暗躍屋だねえ、少年」
「暇してるのが俺くらいだったってだけです。暗躍だなんてとてもとても——あなたには敵いません」
最初は、【魔王】戦後の保健室で。
次は、ダンジョン探索の神棚前で。
そして三度目は、大祭の受付所で。
ここまで来るともう流石に馴染みですよね。特殊来訪人捜査四課、鵜原・ベルフォード・鴇也さん。
クールビズの半袖ワイシャツ、似合ってますよ。
「それ、受理していただけますよね。書類不備、ありませんし」
「うん。埋めるべき記載は漏れなく埋まっている。パーティメンバーの特記事項にも、ちゃんと書いてあるね。ラグラグラミナ・ネリズエンに存在している懸念への対策と、検証に基づいた診断書も添付してくれた。少なくともこれで、【魔王】を根拠に、あの子が祭りに参加できない謂れはない」
書類に、判が捺される。
その模様は淡い輝きを放つ——祭事への参加が、神々の元へ通達された証だ。
俺たちの挑戦が、次の段階へ移ったことへの。
「幻想大闘祭参加申込、許可するよ。おめでとう。……いや、ありがとう、というべきだな」
噛み締めるような言葉が、鵜原さんの口から漏れた。
「——ひとつ。気になっていたことがあります」
「何かな」
「疑問だったんです。いくら、おやっさんが優れた腕で、異世界法則を取り込む物品の製造に精通してたとしても……ああいう品を今まで、本当に作ることができなかったのか」
「できたかもねえ。何しろ、最後にちゃんとした【魔王】への検証が行われたのは、二百年は昔の話らしいし——その後の異世界間交流は、多くのブレイクスルーを起こしたから」
……それは。その言葉の意味するところは、つまり。
「昔は無理でも、今はできるかもしれなかった。けど、その可能性をずっと、無視していた」
「たは。若者に怒られるのはこたえるなあ」
恥じるような声。
鵜原さんが目を逸らす。
「どれだけ世界が繋がっても、
……その態度を、俺は、責める気にはなれない。
【魔王】問題。世界を脅かす脅威の発生、その管理と対策。
脅かされるだけでいい一般人より遥かに過酷な責任を負う、強大に挑まねばならない立場に、身勝手に何を言えるだろう。
「世暦以降。人の前に現れるようになった神様は、あらゆる苦難を無条件で縦横無尽に叶えてくれる、都合のいい願望装置なんかじゃない。……本当は、そこに救いがあったとして。実際に届くのは、いつだって、諦めず伸ばす腕だけだった」
長い溜息を鵜原さんが吐く。
そこにはどこか、清々しい感じがあった。
「だから、ありがとう、だ。不甲斐ないオトナに代わって、あの子を救ってくれて。——でも。君は、これでいいのか?」
鵜原さんは、書類の#ある項目(傍点)を指でなぞる。
彼の問わんとしていることに、俺は頷いて答える。
「はい。実を言うと、最初から……あの展望台の時からもう、こういうふうにするって決めてましたし。新城千尋は、彼女と組んでファンフェスをやる……それは別に、こういう形でだってアリでしょう?」
「ははっ、物は言いよう。確かに、君の抱える制限を思えば、これこそが#最高の次善(傍点)、できる限りの冴えたやりかただな。ああ、ならば文句はつけないさ。一番悔しいのは、他でもない新城千尋だろうしね」
あははは。まあ、それは言いっこなしで。
「良心からの悪巧み、うまくいくといいね。いや、この場合はうまくいかないといいね、かな。何せこの世歴ってやつは、君が示したように、何がどう繋がってどう転ぶのかわからない。どうぞ、神の御加護がありますように、だ。暗躍少年」
「そいつは難しいかもです。持ってたそれは譲ったし……彼女の場合と違って、俺をそういうふうに決めたのが、まさに、神様の言い付けですから」
やることを終え、受付の席を立つ。鵜原さんに会釈をして別れ移動する。
せっかくここまで来たことだ。先日も痛感したブランクありの身としましては、少しでも役に立てるよう、自分磨きの錆落としをしていこう。
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