迷宮を歩くように



【肆】



 困難な迷宮に、降って、登って、また降るように。

 足踏み、中断、遠回り——そういうことを繰り返しながら、俺たちはパーティになる。

 一歩ずつ、一歩ずつ、必要なことを積み重ねて、ハンデや過ちを超えていく。


 ……そして。

 出逢いの四月も終わり、五月の頭。

 ゴールデンウィーク、狭間の平日。


「どうぞ、ご確認ください」


 場所は、駄菓子くらくら屋と繋がる麻倉家の、元空き部屋……現・ファンフェスパーティ、バーストレンジの拠点アジト

 堀に囲われた縁側付きの中庭に面する畳敷き十畳間の長い座卓に、おやっさんが超世界工房平賀ロゴが入った菫色小箱を置いた。


「当工房が受けた依頼は、ラグラグラミナ・ネリズエン殿の幻想闘祭用装備一式。顧客様の資材調達の甲斐あり、まずは大前提となるこちらが完成しました。伝承に於ける名は【邪神封印拘束具バゼルノデズモ】——ですが、用途も製法も今風・私流に改めましたのでね。このように命名します」

 

 職人が指を差し、制作者の特権を行使する。


「【魔王仲介遊具・ネリズエンの輪】。それはあなたを、和の中へ導く輪——舞台リングに上がらせる指輪リングですよ」


 ミナはしばし、箱に収まっていた夕焼けの輝きを讃える宝石の指輪を見つめた後、震える手でそれを摘みあげ——


「——あ、」


 指を通した瞬間、その唇から吐息がこぼれた。

 その瞬間、ミナの内にどんな変化が起こったのかは、本人にしかわからない。


 外野に知れるのは、彼女の指に収まった瞬間、宝石が一度、淡い光を瞬かせたこと——一拍遅れ、ミナの瞳から、つう、とこぼれ落ちたものがあったこと。


 俺も、アリーシャも、おやっさんも、誰ともなく顔を見合わせ、笑っていた。

 彼女の抱く万感を理解しきれずとも、その表情だけで、俺たちがやったことには甲斐があったと言い切れる。


「さて。感動中申し訳ないのですが、顧客様方。当工房の品が、きちんと想定通りに機能しているのか確かめてよろしいですかね。コレで」


 おやっさんが手に持って示すのは、スマホのカメラ部分。


「うん。もちろん」

「きゅふ。しっつれーい」

「わ、わ、わ……!?」


 長机の、庭に面した側——ミナの隣に、アリーシャも回ってきて身を寄せる。俺とアリーシャに挟まれたミナが戸惑っているうちに、対面のおやっさんが、シャッターを切った。


「うむ。こいつは傑作だ。ほら」


 示されたスマホの画面には、何の変哲もない、ただの写真が写っている。

 ——これまで。

 魔王体質のせいで、あらゆる記録媒体に――思い出に混じることができなかった少女の、何の変哲もない戸惑い顔が。

 誰かと共に在る姿が、あたりまえにそこに有る。


「記念写真の撮影はサービスにしときましょう。このデータ、欲しい方は」

「だめです」


 俺とアリーシャが嬉々として手をあげかけたのを、キッパリとした声が制する。


「おや。写真写りが気になりましたか? であれば、改めて撮り直しを」

「はい。してください。ぜったい。だって」


 言いながら、ミナは身を乗り出して。

 机を挟んだ向こう、おやっさんの袖を掴む。


「平賀さんが、写ってない。ボク、嫌です。そんなの。これだけお世話になった、すっごく助けてくれた友達を、外側に省くなんて」


 真剣な眼差しで、ミナは言い切る。

 ……直後に。自分の言動にハッと気づいて、それは激しくうろたえる。


「——あ。あああぁっ厚かましいこと言っちゃってすみません! そそその、め、迷惑です、よね! ただの顧客が職人さん相手に舞い上がって勝手に友達扱いとか、ボク、その、人付き合いとかあんまりわかんないし距離感計れなくて……はぅぅぅぅぅ……!」

「ふむ。では、少々お待ちを」

「え……はひ?」


 棚やら机にあった雑貨や雑誌などを使い、おやっさんがあっという間に組み上げたのは、画角調整のための即席撮影台だ。スマホを何やらイジってからそこに置き、こちら側へと回りこんでミナの後ろへ立つ。


「サービスだと言ってしまったんでね、要望には可能な限り応えねば沽券に関わる。では、レンズのほうを見て、表情を決めてください。後に残るものなら、出来うる限りの最高を。——得意ではありませんが、儂も努力しますので」


 程なくして、セルフタイマーがシャッターを切る。

 出来上がったやり直しの一枚……俺とアリーシャはともかく、緊張しすぎのミナはひどくぎこちないし、おやっさんに至ってほぼ真顔だったが、ミナは自分のスマホにも送ってもらったそれを見るなり涙をどばどば、『家宝が、家宝が』と咽び泣く。


 ……いやあ。実際確かに、お宝レベルの貴重さだ。

 今まで無数の取材を受けながら、『品と名だけ知れれば十分。余分な無駄は省くに限る』って頑なに本人の撮影を拒んできた筋金入りの偏屈に、こんなファンサをさせるなんて。


「こいつぁいかんな」


 ふと、おやっさんがしかめ面でそんな呟きをこぼす。

 何事かと見ていると、彼女は片眉を下げ、苦々しくこのように。


「計算外ですよ。ここは、この空気感は、帰る腰を重くする。早いとこ、他の装備も完成させて……この魔王様をもっともっと、泣き喚かせてやらんとならんのに」


 あら。

 それはどうも、最高の褒め言葉をいただきまして。



   ■



 困難な迷宮に、降って、登って、また降るように。

 足踏み、中断、遠回り——そういうことを繰り返しながら、俺たちはパーティになる。

 一歩ずつ、一歩ずつ、必要なことを積み重ねて、ハンデや過ちを超えていく。


 ——けれど。

 ああ、だけど。

 その瞬間は、どうしようもなくやってくる。



『■■■■はやめておけ。

 ■■ならともかく■ならともかく、■■■■で、■■■■■■にはなるな』


『——というより、■■なのです。

 何しろ、この人は、■■■■■■■を■■されている身ですので。ね?』



 それを一体、何と呼ぶのか。

 運命。宿命。因果。因縁。追い縋って足を引くもの。線を越えさせまいと肩を掴むもの。犯した罪の後始末、知らぬ存ぜぬ通じない罰な後の祭り。


 ——いや、本当によかった。

 これが、パーティの他の誰にも課せられることのない、新城千尋だけが請け負う役割ロールで。



——————————————————————————————



第2章、これにて終了。

着実にパーティになっていく2人、いや3人、いや4人!

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