【魔王】が助けにあらわれた



 通路を塞ぐ四つん這いの巨大神像、頭部上空に扉が生じ、声と姿が飛び込んできた。

 いかにも着慣れていない、不恰好な[戦士]装備に身を包んだのは、


「み、ミナ……!?」

 

 行われたのは、転送だ。

 俺をマーカーにしての、探索途中参加。しかし、ダンジョンに素の状態で入る危険行為は許可されず……ミナは多分、ばあちゃん経由で俺の装備を借りたのだろう。あれは、俺が使っていたものの一式だ。細かな傷なんかからして間違いない。

 本来、神様や役所への申請がなければ他人のエンブレムは用いれないが、幸いにして、緊急的な略式でそれを行うための神様も役人も揃っている。


 そして、もう一つ。

 彼女が来た理由は、能力だ。

 あれだけのサイズに育ち、【神の像】なんて概念を身に纏う大成虫ヨロイモライは、全盛期で準備万端の俺だろうと正面から立ち向かえる相手ではない。


 それでも。

 彼女は、そういうルールの上を行く。


「た。ったったったったたたたた、すっ! 助けに、きま、したーーーーっ!」


 デタラメが、起こる。

 ダンジョンの何よりも膨大な情報体……魔王体質が、世界を歪める。


 天井や壁や床、通路を閉ざす瓦礫が、花火のようにぱちぱち弾ける。巨大な神像が、分厚く硬い装甲が、ぽん、ぽぽぽん、と、別のオブジェクトへと置換変換されていく。ある個所は風船に、ある個所は花に、ある個所は水に――ありえないバグで、侵食されていく——!


「ぼぼっぼぼぼぼク、ボクだって! パーティ、の、なっかっまっ、だか、らッ!」


 侵食は、世界だけでなく、本人にも。

 世界観の縛りが緩い場所に飛び込んだ分霊が、【魔王化】を起こしている。頭の角が伸張しようとし、身体には紋様が浮かびかけ……それを、引き止めているのは、何か。


「う。うううううぅぅぅぅぅっ……ぅぅぅぅぅぅぅううううううっ!」


 間に合わせの[戦士]装備に着られた魔人が、脂汗をかきながら、歯を食いしばり、ぼろぼろと涙をこぼす。

 それはただ懸命に。必死に。ありったけの、内に秘めた思いを糧に……自分に、これまでと同じ妥協を突きつけようとする運命への抵抗。


 ……その。

 あまりに無様で、清々しい抵抗に、息を呑んだ。


「ぜったい! みんなで! ファンフェス! やるん、だーーーーっ!」


 きらめくものを見た、と思う。

 闇を裂き、果てなき彼方までも届くような。あらゆる状況を忘れ、見惚れてしまうような。

 尊く、力強く、決して逃げない意志が……ついには、かくして、理を凌駕した。

 

 自身を襲う未知の現象に、あらん限り暴れ狂う巨大神像へ、最後までミナはしがみつき。

 全身の覆いを奪いきられ、無数の足を毛むくじゃらの胴体から生やした蟲が、無防備に露呈する。

 そいつは慌てたみたいにぴょんと飛び跳ね、カサカサと壁のスキマへ逃げていき、俺は——


「——ミナッ!」


 中空に放り出された助っ人を、走り込んで受け止める。

 分霊さまさま。普通そとの俺じゃ、とてもできないカッコつけ。


「も。……もう、だめですよう、ちひろっち。あいつ、倒し、たら——なにか、いいドロップ、あったかも、なのに」


 腕の中のミナは、息苦しそうに喋り……その身体はもう半ばほど、全身にノイズが走るように分解されている。


 通常の破損消滅とも違う、異常反応……魔王体質による分霊自壊、か。普通なら、分霊のダメージは本体に及ばないよう切り離されているが、今回の場合は、例外過ぎて迂闊な判断はできない。


「これ、戻ったらちゃんと健診受けて。転移させたの鵜原さんでしょ? ならあの人にも立派に責任あるから、せいぜい特来の権限使わせてもらっちゃえ。オッケー?」

「……あ。あの、その……ぼ、ボク……すみ、すみま、せん。状況を見てて、お二人がピンチで、気付いたら勝手に、おばあちゃんも、鵜原さんも止めてくれたのに、がまっ、がまん、でき、なくてっ……」

「ミナ」


 名を呼ばれた彼女が、手の中で敏感に震える。

 叱られる怯え。

 間違いからの失望。

 見放され、独りに戻る恐れが瞬時に浮かんだその顔に、俺は、伝える。


「ナイスサポート。自分が出来ること、自分で考えて、仲間のために動いたんだな。それ、ファンフェスプレイヤーの素質だよ。羨ましいし憧れまくる、お世辞抜きの本気でさ」

「————」

「助けてくれて、ありがとう。装備ができたら、ダンジョン探索もいっしょにやろう。置いて行かれて、寂しかったもんね」

「……はい。きっと……いえ。ぜったいですよ、ちひろっち。おっしゃる通り、ボク、すっごくせつなくて——お二人の攻略見てる間中ずっと、やきもきしっぱなしだったんですから」


 最後、拗ねるような笑みを残して、ミナは完全に霧散した。

 そうして改めて振り返れば、戦闘の副産物で瓦礫の撤去された上の階層への通路——そして。

 ついさっきまで瓦礫に埋もれていたのだろう、宝箱のようなものがある。


 それは、まれにダンジョンに現れる……階層を形作った情報とも、再現情報体ともゆかりを持たない、いずこからの漂着物。

 通称、【誰かの託した忘れものロストプレゼント】。


「勇気を出してがんばれば、いいことがあることもある、か。そこらへん、何処の世界の生まれだろうが――魔王体質だろうが、神様は平等に見てくれてるっぽいよ、ミナ」


 中を開いてみれば、そこには、小さな赤い宝石があった。確認してみれば予感の通り、必要素材のリストの一部が、祝うような光を放っている。

 持ち上げた宝石が、きらきらと輝いた。

 最難関素材【夕焼けの涙】、入手完了。

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