千人殺しの思出話し



【参】



 ダンジョンでの素材集めは、専門職が存在するほどの難儀であり、分霊でゲタを履いても簡単なことじゃない……のですが、しかし、今回に限り!?

 まさしくこの道のプロフェッショナル、かつテンション絶好調のパートナーがついているのでした。


「トーーーーーーーーッ!」


 駄菓子屋ダンジョンに、気合の叫びがこだまする。

 土に埋もれた廃城通路の上空から襲ってきた巨大ミイラコウモリは、アリーシャ必殺の後ろ回し蹴りにて迎撃、消滅していった。


「お見事。研ぎ澄まされてるなあ、足技の冴え」

「いぇーい、ほめてほめてもっとほめて! 歓声がアリーシャのニンジンなの!」 


 ダンジョンに発生したモンスターは生き物でなく情報再現体で、キャパオーバーの大ダメージを受けた場合このように消滅するのだが……消えたミイラコウモリから落ちたものが、石の床に音を立てた。


「きゅふ。みーっけ!」


 ミイラコウモリが包帯の中に紛れ込ませていた、リストによると【古代音響石のカケラ】をアリーシャが拾い上げる。

 こうしたドロップアイテムは、情報体が時折残す【消えない思い出】……地上へ持ち帰れる戦利品で、探索者のメシのタネだ。今回の俺たちにとっては、装備製作の必要素材。「いっくよー」というアリーシャのジェスチャーを受け、背嚢を向けて放られた素材を収納する。


「これで目当ては三つ目だね。残りあと七種類だけど……どうする、おにいちゃん?」


 そこそこに階層を巡って歩き回り、戦闘もこなしていたというのに、アリーシャは余裕の素振りだ。荷物全般を担当するといっても、ジョブ補正を受けている運搬士こちらより遥かに消耗しているはずなのにな。


「……よし。そろそろ、一旦戻ろう」

「えーっ? 折角だし、半分くらいは集めとこうよお。秋のお祭りまで半年もないんだよ? アリーシャやだなー、神様の前で、カッコ悪いとこ見せるの」


 正しくは、秋の大祭までが半年弱。

 その参加枠を競う予選となると更に近い。


 未経験の初心者が歴戦のプレイヤーと張り合えるまで鍛えるには寸暇も惜しく、装備完成が遅れるほどパーティ本始動も遅くなる俺たちの場合は、焦りの自覚こそ不可欠だ。

 その上で、俺はアリーシャに「大丈夫だよ」と言う。


「急ぎたいのはそうだけど、無茶したってしょうがない。勝たなきゃ世界が終わるとも、大切なものを失うとも思ってない。だから、大丈夫だ。ありがと、心配してくれて」

「——はぁ?」

「練習時間が減って、そのせいでうまく動けなかったミナのせいで負けた……とか、本人が気に病むのを気にしたんだよね」


 小癪小悪魔ムーブがトレードマークな彼女が、その実どれほど気遣い屋かなど、接した全員知っている。育ちの良さか、あるいはそれこそ……むかしむかし、神さまへの身を捧ぐほどの奉仕で天使に召し上げられた兎人一族の特徴か。


 アリーシャは、本当の意味で優しい。

 何かを参考にして、ようやくそのように振る舞えているだけの俺とは違って。


「それにほら、もうそろそろいい時間。あんまり遅くまでダンジョンに潜ってると、ばあちゃんに心配かける。そういうことで残りはまた後日っ。悪いね、こっちの事情でさ」

「それが、おにいちゃんの間違い対策?」


 すん、と。

 澄ました眼差しで、アリーシャがこちらに、目も耳も向ける。


「『おばあさまならどう思うか』。その基準が、目的の為に、必要の為に、無茶しない為の外付けブレーキ?」

「そ。ヒヤリハット……で、済まなかった経験からの教訓ね。知ってるでしょ、あそこにはアリーシャも居合わせたんだから。というか、当事者で、被害者?」

「めっ。そういう笑い方、アリーシャ、きらーい」

「おっと」


 まずいまずい。サウザンドキル出ちゃってた?


「ともあれさ、おかげさまでつくづく反省しちゃいましたとも。全部自分ですればいいとは思わない。結果には観点がある。これからはきちんと仲間と相談して補い——」


 視界の端で動くものを見て、反射的に体が動いた。

 瓦礫の陰から転がり出たのは、騎士の腕当て……いや、人間の防具を住処として獲物を狩る好戦的な害虫、ヨロイモライだ。腐食性の酸で開けた小さな穴から足を出し、アリーシャの後頭部を目掛けて飛び掛かって……


「よっ」


 ……飛びかかって、きていたので、腰のナイフを抜き払うと同時に投擲する。

 切っ先が掌部分の穴、本体が外を見るための覗き窓に突き刺さる。床に落ちたヨロイライは、少しの間もがいて消えた。

 能芸士かつ非バトル偏重セットだと戦闘力は微々たるものだけど、ま、このくらいは。


「——補い合い、助け合いの精神でね。とか言って、余計なお世話だったかな。今の、別に気付いてたでしょ?」

「ふーん。確かに変わったね。気付いてたって気付いてて、助けるなんて」


 顔の真横を通り過ぎたナイフに動じもせず、ジトッとした眼差しのアリーシャ。 


「どっちだろ。おにいちゃんがそうなったのって、アリーシャたちとのアレがあったから? それとも……おねえちゃんと出逢ったから?」

「……ん? は?」


 おや?

 俺いま、なに探られてます?


「えっ、と……どっちもそりゃきっかけだったっていうか、どっちを欠いてもこうはなれなかったと思う、が答え、なんだけど……うーん……」


 どうにか言葉にしたあたりで、アリーシャの表情が変わっていることに気づく。

 ジト目からのニヤニヤ顔。……やられた!


「……からかったね?」

「きゅっふっふっふ! しーらない! そっちはいったん勘弁したげる、今回はイイコト知れたし!」


 アリーシャが、ヨロイモライの消え残りな腕当てをぽいと投げてくる。ミナの装備素材じゃなくとも回収して換金、あるいは別の装備に使えるかもしれないしね。


「ずぅっとフシギだったの。おにいちゃんが、あんなにファンフェス上手いワケ」


 改めて、アリーシャが周囲を見渡す。

 最初は水路、次は地下墓地……そんなふうに、一階層降りるごとに世界観をがらりと変える、ダンジョンの風景を。


「あの頃から……ううん。それよりもーっと前から、おにいちゃんは、ダンジョンを鍛錬場にして育ってたんだね。さっきかぐらちゃんとお話ししてたかんじだと、探索っていうより、家事のお手伝いする感覚で」

「そうだけどさ。アリーシャ、ひとんちのばあちゃんを名前のちゃんづけで呼ぶ?」

「えー? そっちのほうがかわいいし似合ってないー? きゅふふっ」

「——異議無し。そんで多分、ばあちゃん普通に喜ぶと思う」


 ダンジョンが発生した際、神様と地脈の繋がる土地であった場合、少し厄介なことになる。

 そこに湧くのは、本来その世界観にはない“余分なもの”だ。堆積すれば神様に負荷をかけ、体調を悪くしたり、存在に支障が出てしまうこともある。


 ……今でも、最初のきっかけを覚えている。

 幼い俺を抱いて一緒の布団で寝てくれていたばあちゃんが、こほこほとせき込む声で目を覚ました夜。『ばあちゃんは平気やけぇね』と頭をなでられながらも、その辛そうな顔をどうにかしたくて、掃除をさせてほしいと願い出たのだ。


「最初はもう苦労したんだ。さっきのヨロイモライ、あれにだって何度やられたか」


 住処にする装備で危険度がころころ変わるヨロイモライは、探索者の事故り要因として知られている。

 前回通ったはずの攻撃が別の場所に覗き穴を開けていたせいで通らないだの、魔法で対応しようとしたら運悪く魔法反射の防具を纏っていただの、ヨロイモライ関係の失敗は、書店の探索者向けコーナーのベストセラー棚に常駐する程度に事欠かない。ヨロイモライを安定して倒せるようになってこそ一人前の探索者だ、と言われたりもする。

 だから、そうできるようになった時は、そりゃ嬉しかったのなんの。


「順序で言うと、ダンジョンが先なんだ。回収した素材を引き取りに来てもらった買い取り屋に『こんだけありゃお祭りの遊び道具も色々作れるぞ』って言われて興味が出てさ」


 そうなれば、さながら回る両輪だ。

 対処法を常に変えるダンジョン攻略の工夫、培った分霊操作はそのまま幻想闘祭の各種役割への流用が効き、幻想闘祭を通して学んだ“他の人が分霊をどう動かすか、装備次第でどれほどバリエーションを持たせられるか”はまたダンジョン攻略にも活かせた。


 幻想闘祭からのフィードバックがあればこそ、ダンジョンのより深い階層に進める。

 ダンジョンの深くから手に入れた素材で新装備を作り、もっと幻想闘祭を追求する。


 ……今でも、こうして再びダンジョンに潜れば、思い出せる。

 あの頃の自分が、心の底からお祭りに身を投じていた感覚を。


「色々経験して、年も食って、変わったけど。もう一回、あの時の気分で再スタートだ。切り札の装備がぶっ壊れたのもいっそ清々しい。最年少だけど、ファンフェス歴は最長の大先輩として、頼りにさせてもらうよ」

「——きゅふ。きゅふふふっ。そんなふうに、なっさけなく頼まれたら、やさしいかわいいアリーシャちゃんは断れないなー。【魔王】未満のおねえちゃんも気に入っちゃったし」


 吹っ切れたように微笑み、アリーシャが反転する。

 向かうは、下層ではなく地上への道。


「いいよお。バーストレンジのこと、まとめて面倒みたげる♡ でもでも覚悟しておいてよね、レネレーゼの兎は、とびっきりさびしがりで、放っとかれたら噛んじゃうんだから!」


 ……ああ。知ってる。

 君がどんな人間かなんて、わかってる。こんな俺に、あれだけ寄ってきてくれて、過ごした時間があったから。


「——アリーシャ」


 だから、申し訳ないと言うならば。

 あの日。

 あの時。

 あれ以降。

 うずくまる俺を立ち上がらせようとしてくれた相手の手を、跳べない重荷になるまいと逃げ出してしまったことだけは、明確に間違いだった。


「俺さ」


 その続きはしかし、届けれることが叶わない。

 近づこうと抱いた決心の瞬間、俺はアリーシャに突き飛ばされている。


「え、っと、わっ」


 背嚢に重心を引き摺られて数歩よろめく。

 一体何を、と向け直した目に映ったのは、悪戯っぽい笑みと、右方向に向いた耳。


 次の瞬間、右手の石壁を突き破ってきた巨大な拳がアリーシャを叩き潰した。



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