本日の駄菓子屋ダンジョン1Fは?



「——うわ」


 思わず声が出てしまったのは、ダンジョン1F、広間の中心には、それがと鎮座していたから。

 角が生え異様に首が長い、ヒレの代わりに短い手足が生えた立派な牙の巨大トド。そいつは侵入者に対して敵意満点の照準を行っており、横たえていた身体を起こすと身の竦むような咆哮をあげ……次の瞬間、水路から無数の水飛沫が立ち昇った。


「うわ、うわ、うーわわわ」


 エネミー追加入りました。

 仲間の招集に応じた首長トドたちに取り囲まれる。こんなゴッツいナリしといて、チームで狩りとはおっかない。


「きゅふ。大歓迎だね、おにいちゃん♡ こんなとこ、今まで一人で潜ってたの?」

「否です。ばあちゃんの駄菓子屋ダンジョン、挑戦は二年振りだけど、前はこんな鬼難易度じゃなかったよ……?」


 一種の情報空間であるダンジョンの理は、神にルールを管理される世界とは異なる。

 流れ着く情報の欠片や、形成の軸となっている地脈や神様の影響を絶えず受けることで構造は常に変化し、潜りなおしても同じ階層マップには訪れられないほどだ。


 ……と、いっても。

【大体何階分ほど潜るか】【およそこの階からこの階くらいまで】の肌感覚で、ざっくり【出くわす敵性存在で算出する安全度】や【流れ着きやすい情報体アイテム】に法則があるけど……この変化、さては……。


「気を回したんだろうなあ、ばあちゃんが。入口を開いてもらう話をした時、普通じゃ手に入

 らないものが出る階層まで潜らないといけない、って説明したし」


 ばあちゃん、のんびりしてるみたいに見えてもやっぱりどこまでも“神様”であって、色んな尺度が天から目線なことが時折ある。

 基本、人間は試練で伸びると思ってるっぽいし、若いころはちょぉっと荒魂ヤンチャだったとか、自分の頭の上にかかる橋とかすぐぶっ壊したとか恥ずかしそうにしみじみ言ってたっけ……。


 ……まあ、ということは。

 やることやり切れば、目当てのモノが手に入る公算も高い。


「なーんだ。それって、最高じゃない?」


 周囲を伺いつつ、アリーシャは手に持っている素材リストを見比べる。

 おやっさんが特殊な製法で作った紙の一部……中段右に位置する写真と名前が浮き上がって蛍光し、今目の前に入手の機会チャンスがあると告げていた。


「希少素材【原種シボルダの長髭】、いきなりゲットとか。幸先良すぎて困っちゃう」


 その視線と舌なめずりが火蓋を切った。首長トド――異世界魔獣・原種シボルダの群れが、咆哮を連ねて突進してくる。

 石畳を薄氷めいて砕く大質量、力強さの恐ろしさは、突っ込んでくる列車と大差なく――


「ダンジョン攻略、魔道士心得……あーんど、女の子の秘訣」


 それを見ながら、軽い調子で。

 アリーシャは俺の腰に手を回し、抱き寄せながら呟いた。


「最初のうちはしっかり温存。大事なものは、ここぞという時まで取っておくべし」


 つまり、これは分霊の付与能力でなく、魔力を用いない……彼女の元々の生態。

 アリーシャの背に、大きく優美な、真っ白い翼が生じた。


 足が地を蹴り、自身+俺の重量二人分にもかかわらず、軽やかに上昇する。その急激さと想定外に首長トドは追い付けず、また驚きから止まり損じた。

 激突の衝撃が、空気を揺らし波を立てる。五つの巨体が転んでもつれ、混乱している。


「行くよ、おにいちゃん! 落ちないように、ぎゅってして!」


 強くしがみつきながら、舌を噛まないよう口を閉じた。

 上昇反転急下降、狙いは一つ、衝突の際に一番遠い位置に吹っ飛んで水路に落ちた個体の、うまい感じで水面に揺蕩う長いヒゲ——!


「トーーーーッ!」


 弧を描く蹴りがヒゲを断ち、打たれた水と共に跳ねたそれを、俺が手を伸ばし回収する……よし、。急いで背嚢へ放り込む。


 間一髪、水から出てきたシボルダの大顎がこちらを捉える寸前、アリーシャが翼を羽ばたかせる。牙から逃れた勢いで他のシボルダたちの脇を抜け、連中では通れない通路に飛び込む。


 部屋を三つほど移動したそこに水路は続いておらず、俺たちはようやく着陸する。

 ふぅ、と一息ついていた所、翼を消したアリーシャが何やらそわそわとぴこぴこウサ耳を動かしていて、ああ、と察する。


「お見事、アリーシャ・レネレーゼ。地も空も跳ね飛ぶ、天使特性持ち兎人ラビタニス

「でしょでしょ? あーあ、勿体無いよね損したよね、アリーシャがこんなに優秀だって知ってたのに勧誘はずーっと蹴ってくれちゃってたとか、おばかなおにいちゃん!」

「はは。でも、それだからこそよかったかもしれない、と思うよ」

「ふきゅ?」


 彼女との距離。向けてくれていた思い。

 それは……サウザンドキルとして活動して、間違って、引退して、復帰して。

 そんな今、より深く、心に沁みたから。


「改めてだけどさ。……俺がまたファンフェスを始めるって時に、真っ先に駆けつけてくれて。ありがとう、アリーシャ。本当に、泣きそうなくらい嬉しかった」


 手を伸ばし爪先を伸ばし、二年前のように、頭を撫ぜり撫ぜりする。

 彼女は草むらで陽を浴びているみたいに眼を細め、「きゅふ」と満足そうに鳴いた。

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