世歴日本におけるダンジョンの取り扱いについて
これもまた、異世界交流の副産物。
本来その世界には存在しなかった種族や概念が無数に活動する中で、まれに世界側がある種の“矛盾”を処理できないことがある。
そうした【本体から剥がれ落ちた存在情報の欠片】が世界の隙間に流れ着いて溜まり、独自の活動を開始している場所を、世歴日本では【偶発性異世界物断片情報剥離累積空間】――
——長ったらしいので、通称はミナの吠えた通りに、ダンジョンと呼ぶ。
「ほんに助かるわあ。昔は千尋にやってもらっとったけど、今日はお友達まで来てくれて」
ばあちゃんは、嬉しいような恥ずかしいような、という感じでそわそわしている。
ダンジョンは、空間に揺らぎが生じる土地に表れやすい。地脈の合流点、土着の神様が根付いている場所などだ。何も知らない人が迷い込んでは危ないため、入口は大体公共機関や神様の管理下にある。
……と、まあ。
こう言うといかにもよくないことっぽいが、実際ダンジョンの形成は、先のミナの反応のように、鉱脈の発見に等しい朗報である。
「中の物、好きにもっていきんさい。かたづけてくれると、ばあちゃんも気持ちええんよ」
ダンジョンに、
再構成され、形になった情報は、外に持ち出せる――回収して使うことができる。
今や失われ、通常の手段では手に入らないものが#流れ着く(傍点)事例も確認されており、これを生業とするプロの
何を隠そう、アリーシャの御実家……レネレーゼ・カンパニーとか。
「——ふーん、ふん、ふん……トッ、トッ、トッ……」
耳をダンジョンの入口に向け、ぴこぴこと動かすアリーシャの面構えは、ファンフェスプレイヤーではなく探索者の真剣さだ。
何しろレネレーゼ・カンパニーといえば、幻想闘祭と並びダンジョンサポートで知られる。
探索用品専門店【シーカーラビット】展開、回収品を気軽に持ち込み、確かに鑑定、お得に売買できるオークション会場【ルナホッパー】運営、国や神様と提携しての定期清掃受託——そして、自社所属発掘員の派遣事業などなどあるが、この自社所属発掘員の中に、レネレーゼがファンフェスでスカウトし、社員に雇ったプレイヤーが含まれる。
優秀な闘祭プレイヤー……分霊の扱いが卓越した者とは即ち、有能なダンジョン探索者。レネレーゼ・カンパニーが行う“二つの発掘”は、相互に利益の繋がった活動なのだ。
そんな家の跡取りとして教育され、自身も活動を続けてきたアリーシャから、我が家のダンジョンについての評価が、以下。
「——きゅふ。おにいちゃんがどっしりしてた理由、わからされちゃった」
「……! と、といいますと、レネレーゼさん……!?」
「出現地点、公開範囲、競合人数、何より“どんな神性の傍に開いたか”——正式調査以前に正確な判定は下せないけど、ウチの基準の等級で、少なくともBクラスは見込めちゃう。……つまりね、おねえちゃんに必要な素材も拾えそうってコト!」
「へえー。そいつぁ良かったじゃないの」
「っ!?」
背後から突然混じったその声に、俺は飛び上がるほど驚いた。あと、ミナも。
「どーもー、勝手に入ってすみません。ダンジョンの入口が開いてる気配があったんで、あがらしてもらいました。市役所のほうから来ました、探索係のもんです」
「ああ、これはこれはよう来ていただいて。今日は、佐久間さんじゃあないのねえ?」
「佐久間はちょぉっと急ぎの別件が入りましたもんでー」
しれっとお辞儀してばあちゃんに身分証を見せたのは……どっからどう見ても、特殊来訪人捜査四課の鵜原さんだ。
「あれぇ? どうしたのかな、おにいちゃんおねえちゃん。ダンジョンに入る時は、お役所に届けて立ち合いがあるって、あたりまえでしょ?」
そっちはね? 勿論知ってたし、今回は『書面やWebでの届け出は探索三日前以内に』ができなかったので、今朝方いつもお世話になってる市役所のお姉さんに連絡して立ち合いをお願いしてたわけだけど、このナイスミドルと再会するとは心の準備ができてなかった。
……この状況。どう考えても管轄違いな市役所の業務に身分を隠してやってくるなんて、#
「で。今回こちらに潜るのは、そこの少年と、そちらの兎さんでよろしいかな?」
元よりそのつもりだ。
今回、素材集めのダンジョン踏破に必要だった要素は、一緒に潜れる、腕の立つ経験者……ミナは体質も技術も、どちらの理由でもまだ同行できない。
……その辺りの釘刺しと見張りかな、やっぱ。
「はい。今回は、俺たち二人で潜ります。そっちの彼女は、留守番で」
「はーいっ。アリーシャがおにいちゃんにいいとこ見せまーす♡」
ばあちゃんの手前、波風は立てられない。……明らかに様子が変わり、目が泳ぎ始めたミナからボロが出ないうちに話を進める。
「じゃ、「【
「きゅふ。【
俺とアリーシャはエンブレムを取り出し唱え、分霊に換装する。
ダンジョンに生身で潜るのは法律で禁じられている。探索は、地上に本体を残して分霊で行うのが一般的で、幻想闘祭のプレイヤーは装備や認証IDを流用する事も多い。
今回俺が成ったのは、目立つ武器を携行せず、動きやすい旅の服に、素早い動作には向かない背嚢を負う姿で、その役割は——
「[能芸士/運搬人]かい。今回はとことん裏方なわけだ、少年」
「花形の役割ですよ。この背嚢と一緒に夢と思いを背負ってます」
視線をやると、ミナと目が合った。彼女は大きく頷いて、ぷるぷると親指を立てる。
「きゅふ。そんな顔しちゃってるけど、アリーシャには聞こえちゃうなー。置いてけぼりの悔しさ、のけものの寂しさ……すっごく辛いのに、強がっちゃって、かーわいー♡」
「ひぅ……!? どどどうか手心をっ、壊れまひゅ、ボクの柔らかな自尊心……!」
あわあわするミナへおもむろに近寄ると、アリーシャはその顎をクイっと持って見下ろしながら言う。
「ゆっくり味わってるといいよ。それ、もう終わって二度とないから。次からはもうみぃんな一緒に闘いの中——足を引っ張らない心配のほう、しときな? きゅふっ」
変身したアリーシャ……首元から足先を覆うダイバースーツめいた服と、その上から羽織るフリル付きのジャケット、月を模した髪留めに、宝玉の埋め込まれた靴……は、置いていたカバンから板を取り出し、ミナに渡す。その際、表面に貼られていたフィルムを剥がして俺の額に貼り付けた。
「それね、レネレーゼのダンジョン七つ道具。おにいちゃんの見たものを、そっちの板で写しちゃう。実戦経験なしなしのお姉ちゃんは、アリーシャたちがラブラブなかよくダンジョン攻略するの見て、自分もあそこにいたらなーって唇を噛んでるよーに!」
……えーと。
訳すなら『経験の差を研究で埋めろ』、『パーティメンバーの連携を見て学べ』だね。
「——はい。たっぷりじっくり、悔しがっておきます、レネレーゼさん」
その思いを、歪みも澱みもなく受け取ったらしいミナが粛々と頷き……そんな様子を見て、鵜原さんが肩を揺らした。
「はぁー……いいねえ、若者は格好いいこと言うと、格好がついて。それじゃ二人とも、もらえるかな? 責任もってしまうから」
俺とアリーシャは、エンブレム……自分の本体が収まっている容れ物を渡すと、鵜原さんは専用の桐箱にそれを収めてくれる。
こうすることで、本来はエンブレムと距離が離れると強制的に解除されてしまう変身を維持し続けられ、ダンジョン内で分霊が破壊されても安全に外に
……思い返すと、どれだけ距離が離れるかわからなかった以上、エンブレム携帯で飛び込むしかなかった先日の対【魔王】戦は無茶をしたなあ、と改めて恐ろしくなるなあ。よいこは真似しちゃいけません。
「よし、行こっか」
あれと比べれば、死んでも無事なだけ気は軽い。
ただし。
あの時とは比べ物にならないほどの大事な理由——より良く生きるための、青春がここにはかかっている。
「おふたりとも、ご武運を……!」
「晩御飯までには帰ってきなぁねー」
声援二つに背を押され、ダンジョンの入口、光の中へ身を投じる。
……肌が濡れない水の中へ、突き抜けたような肌触り。空気が別世界に変わった実感を覚えながら階段を下りた先は、光源もないのに不思議と明るい、澄んだ水が流れる広い水路が通った石造りの空間だった。
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