おいでませ駄菓子のくらくら屋



   ■



 三人で話しながらだと、道中はあっという間だった。

 大樹学園より、駅方面とは反対側に徒歩二十分。閑静でレトロな雰囲気の住宅街に入り、蔦と苔むす丸い煉瓦のトンネルをくぐって小川沿いに歩いて行くと、


「見えた。ほら、アレ」


「おおお……」とはミナの溜息、「かーわいー!」がアリーシャの感想。

 指差した先にあるのは、ちっちゃな社が隣接する年季の入った平家で、そこには【駄菓子 くらくら屋】の刻字看板が出されている。


「あそこが俺んちでさ、ばあちゃんと二人で住んでるの。今も店に出てるかなー」

「……はっ。ちひろっちのばあちゃんさんというと……例の!?」


 ぶるり、と緊張に身震いするミナ。何その反応。というか『例の』?


「噂で聞きました。クエスト請負人新城千尋の“ばあちゃん”は、彼の指針で人生の規範……決して裏切れない信念そのものだと! そんな大人物、さぞかし御立派でいらっしゃって……そ、粗相をしたらどうしましょう、逆鱗触れたらたちまち出禁、孫との付き合い不許可の烙印、ボクらのお祭り即撃沈!?」

「きゅっふ。誰もが畏れるサウザンドキルも、その相手だけには勝てない、だっけ。アリーシャもこわーい、いきなり怒鳴られちゃったりしたらどうしよー♡」


 ミナは本気で、アリーシャも多少は本気で懸念しているのが耳と動きから伝わってきた。


「……えっと。あのね、二人とも——」


 説明しようとして、やめにした。

 百聞は一見に如かず。俺が何を言うより、顔を合わせた方が早いと引き戸を開ける。


「ばあちゃん、ただいまー」


 瞬間、二人に走った強張りの気配を背中に感じるも……しかしそれは、次の瞬間、あっけなく中和された。


「おかえり、千尋。その子らがお友達かい?」

「うん。今朝話した、ネリズエンさんとレネレーゼさん」

「あらあらまあまあ」


 俺が横によけたことで、二人もそれを見る。

 店内の端っこ、お会計スペースで編み物をしていたばあちゃんの、ふにゃっとした笑顔。そして、下駄を履いてからころと音を立てて小走りに寄ってくる様子を。


「よう来てくださったねえ。千尋の保護者の、麻倉あさくらかぐらと申します。千尋と仲良うしてあげてぇね。中々友達も作らん子で、ばあちゃん、心配しとったんよぉ」

 

 着物の袖で口を隠して笑うばあちゃんに、ミナもアリーシャも戸惑っている様子だった。

 さもありなん。

 俺がばあちゃんと呼び、本人の喋り方や風格も老年女性のそれだろうと――外見はどう見ても、初等部高学年そのものだ。予想と現実の乖離は不可避……しかし。

 すっ、とアリーシャが前へ出た。


「初めまして、ミセスアサクラ。御紹介に預かりました、アリーシャ・レネレーゼと申します。それにしても、随分と瑞々しく艶のあるお肌。初対面でぶしつけですが、若さの秘訣などお伺いしたいくらいです」


 物腰丁寧、口調は品を保ちつつ軽妙。普段の生意気ムーブからは想像も付かない振る舞いに、彼女が正真正銘イイとこのお嬢様なのを思い出す。


「みせす……ああ。私ねえ、人と婚姻はしとらんのんよ。千尋はばあちゃんって呼んでくれとるけれど、血は繋がっとりゃせんの。若いって言われるんも、ありゃ、恥ずかしいわあ。今じゃ氏子もほとんどおらん、ちんまい氏神はこんなもんよお」


 照れ照れ手を振るばあちゃんに、「失礼いたしました」とアリーシャは返す。どうやら、この場所やばあちゃんのことが、いくらか合点がいったらしい。


「氏神さま……じゃあここ、神様のお店、ですか……!」


 ミナも理解が及んだのか、駄菓子屋店内を見渡す。


「ということは……あれも、これも、それも、神様の御加護付きなありがたぁ~い品々!?」

「ふふ、だとええけどねえ。私、神気とか権能とかあらかた無くしてもうて。みぃんな問屋さんに卸してもらった、普通のお菓子で普通の玩具よ。ふふ、おいしくって、楽しいで? ああ、でも今時の子らは、ピコピコとかでないとよう遊ばんかねえ」

「これ! くださいっ!」


 ミナが指さしたのは、壁に掛けられていた水につけると膨らむ怪獣の人形だ。


「こういうレトロおもちゃ、ネットや本で見て憧れてたんです! たた、宝の山ですよこのお店、ふおおぉぉぉぉ……! えっとえっと、おこづかい今いくらあったっけ……!」

「お婆様。私には、こちらを頂けますか?」


 アリーシャは、プラスチックのボトルに入った小さなヨーグルト風駄菓子をつまみ上げる。


「ヨーグルトは通常、冷蔵保存が行われるはずですが、こちらは常温で置かれています上に、ケースに異世界科学も魔法的技術も用いられている様子がない。実に興味深いです」

「そうかいそうかい。じゃあ、二人ともそれ、あげようねえ。千尋のお友達に、ばあちゃんからの特別サービス」


「えええぇ!? いいんですか!? ありがとうございます、おばあちゃん……!」「レネレ

 ーゼ家は、受けた施しには反撃必至が家訓。お婆様、その思い、必ずや報いると誓います」と喜びを示す角と兎耳。


 ……うんうん。

 二人とも、俺がばあちゃんに悖りたくない理由、その本質に触れてくれたようで、何より。


「ふふ。こんなええ子たちのために、ばあちゃんもがんばらなねえ。さ、みんなおいで」


 ばあちゃんの後について、駄菓子屋から家のほうへあがる。

 ぎしぎし音を鳴らす木板の廊下を渡って辿り着いた奥の間は、ばあちゃんの旧い産土の神としての祭壇だ。


「ああ、ああ、ようきれいにしてくれたねえ。うん、ええ子じゃええ子じゃ」


 ばあちゃんが背と手を伸ばして、俺の頭をなでなでとする。その様子を、どこか羨ましそうに眺める女子二人。


「この頃は千尋が使わんようなったけ、役所の人にお願いしてもらっとったけど……必要にしてもらって、中まで片付けてくれるいうんは、嬉しゅうて、助かるわあ」

「ばあちゃん。はい、これ」


 渡したのは、昨日のうちに町の雑貨屋で買っておいた水晶の首飾りだ。そこそこの品なので、そこそこはした。それを身に着けて、ばあちゃんはちら、とこちらを見る。

 何待ちの間かなど、考える必要がある付き合いではない。


「よく似合ってる。綺麗だよ、ばあちゃん」

「うふふ、ありがとねえ。ばあちゃん、うれしいわ。……そいじゃ」


 、と柏手一つ。


 まず。その首に提げた水晶が。

 次に、その身が淡い光を放ち。

 そして、ばあちゃんの頭に――二本の透明な突起が表れ、身体を、水で出来た縄が螺旋を描いて取り巻く。

 その様子を見たミナが、ぽつりと呟く。


「水龍神、さま。……あさくら。あさくらって、それって、あの——」

「昔の話よ。今ではもう、荒れも狂いも人の手でちゃあんと御されて、使うも渡るも困らんでようなった——畏れる神様の、おってくれと思われん川」


 ばあちゃんは小さく笑い、腕を左右に広げた。

 祭壇の壁の扉が開かれる。

 その向こうに覗くのは地下へ続く階段で、途中にはどこか妖しい誘うような淡い水色の光が、奥を隠すように溢れ出している。


 これが何なのか。光の向こうに、何があるのか。

 それを口にしたのは、感動に目を輝かせたミナだっだ。


「すごい……だだっだっだだだ、ダンジョン、だぁ……っ!」


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