【悲報】新城千尋、ハンドルネームバレ
■
「——あ。あの」
授業を終えて放課後。
校門前集合で移動を開始した直後、ミナが意を決したように声を上げた。
「ちひろっちとレネレーゼさんって、どういう御関係なんですか?」
結局心臓に悪いのか、アーシェ呼びは辞退らしい……はともかく。
まあ、気になるよね、それ。
ファンフェスオタクとして推してたスターが、友達と妙に親しげだとか気になるだろうし、これから一緒にやっていくなら、メンバーの関係は把握しておきたいのが人情だ。
——パーティには、信頼関係が欠かせない。蚊帳の外の疎外感など、もってのほか。
だから、ミナにも説明が要る、の、だけど——。
「それは、……」
「これ見てこれ、おねえちゃん」
俺が言い澱んでしまった間を、アリーシャが埋めてくれた。
「え……わ、わわっ!? レネレーゼさん、放課後までで、こんなに……!?」
アリーシャがミナに見せたのは、スマホの幻想闘祭アプリの戦績表画面だった。
朝の宣言通り、放課後までファンフェス野良バトルに混ざりまくってきた彼女は、白星を積み上げてきたことが表示されている。
……あ、昼ごろは流石に休んでる。ウサギもやっぱりおなかがすくのだろう。
「また派手にやってきたねえ。……どうだった、久々の我が街のプレイヤーは?」
「そぉだねー。——きゅふ。格好良かったよ! 熱を持ってて、楽しんでて、プレイにも光る部分がいっぱいあって! ここの幻想闘祭、すっごく盛り上がってるね! 改めて、巣穴を作りたい理由、増えちゃった♡」
「——そっ、か。それは、よかった」
自分の口から出たとは思えない声だった。泣きそうなくらいの安堵と、喜び。
……勿論。これで何かが、許されたなんてわけでも、ないんだけれど。
青空が妙に目に沁みる。
「あ、あの……それで、えと……?」
「おねえちゃんも知ってくれてんだよね? アリーシャ、昔っからこういうことやってるの。いろんなところでバトって、キュンって来る推しを探す活動!」
「は。はい、それはもう」
通称、レネレーゼ・スカウトキャラバン。
次代の幻想闘祭スター発掘を目的とする活動は多くの名選手を送り出しており、多くのプレイヤーが、その耳に入って成り上がるシンデレラロードを夢に見る。
必ずしもスカウトマンに勝てなくともよく、『これは推せる』『原石を育てたい』『プロデュースしたい』、そんな琴線に響けばOK。【誰にでもチャンスがある】状況こそが、神事であり興行を伴うスポーツである幻想闘祭の流行と発展に寄与しているのは間違いない。
ウサギはいつも、一緒に月へと跳ねる相手を探している。
そして、
「おにいちゃんはねえ。アリーシャの、運命のヒトなの♡」
「うっ!?」
「フラれちゃったけど♡」
「フッ!?」
「はい。えー、こちらからの見解も述べますと、アリーシャとは昔——四年前、大樹市に来た時にファンフェスで対戦したんだよね? それだけだよね?」
「それだけって、そっけなぁい。アリーシャ、はじめてだったんだよ? あんなふうにやられちゃったの。それで特別気に入って、勧誘したのに断られちゃって! だから、今回はこうやってぜったい仲間になるの断れないタイミングで来ちゃったんだから! きゅふふ、アリーシャってばわるーいオンナ♡」
「えぇっ!?」
ウサ耳は不満げに揺れ、魔人の角が驚きに揺れる。
「か、勝ったんですか!? 新城さん、【月跳兎】のレネレーゼさん……公式異名持ちのプレイヤーに!?」
ミナがにわかに目を輝かす。
異名持ちは、幻想闘祭プレイヤーの代表的なステータスだ。
在り方や魅力を示す代名詞であり、功績を称える
「おねえちゃん。異名はあくまでも飾りだよ? きらきら輝いているかもだけど、それ以上でもそれ以下でもないもので、実際のフィールドでは何の役にも立たないもの」
落ち着いた声でアリーシャは言い、そしてこちらを一瞥する。
「あってもなくても、呼ばれ方が変わる前後でプレイングに影響があるわけでもないし……おにいちゃんのスタイルは、アリーシャと闘う前からとっくに【
「……さう、ざんど、きる?」
——おっと。
どうやら、覚悟の決め時かな。
「さうざんどきる、さうざんどきる……【
放課後の大樹市に、たまげた声が拡散する。……心なしか、その名前に周囲も反応したような気がして、多少足早に横断歩道を渡った。
「……おやおやおや。ミナさんや、その名をご存じかい?」
「ご。ごごご、ご存じも何も! ファンフェス野良試合専門、特定のパーティに決して属さず、千変万化のプレイスタイルで手助けしたパーティを栄光に導く、絶対勝利の請負人! 謎の竜のお面の少年が、ちひろっちだったんですか!? ボク、当時サウキル正体考察掲示板とかにも張り付いてましたけど!?」
わあ、全部言われちゃった!
改めて他人の口から聞かされると昔の自分、恥ずかしいやらすっごく恥ずかしいやらだ!
「説明しておくと、俺、その頃とにかくいっぱいファンフェスしたくてさ。いつでもどんな時でも柔軟に」
幻想闘祭のスタンダードは、四人でパーティを組む多人数戦だ。
ネットゲームなどであればマッチングしてランダムで、とやれるのだろうが、リアルでこういう形式のゲームをする場合、往々にして頭数が揃わなかったり……どうしても勝ちたい試合がある時、インスタントに戦力を増強したい、ということがある。
そんな時、【穴埋め】を務めて回っていたのが、俺だ。
「特定のメンバーで固定を組んでたら、全員の都合が揃わないと始められない。その点助っ人なら、探し回ればとにかくどこかしらにアテがある」
「ですね……幻想闘祭くらい、流行ってるものなら」
「求められるのは二つ。一つ、それなりにやれること。頭数を揃えたい場合でも、カカシにしかならないと場がしらける。一つ、需要に叶うこと。足りなかった四人目として、欠けてた部分に的確に協力できるのがいい」
そのために、基本的な役割は一通りこなせるようになった。求められている形になれるほど、
ちなみに、蔵で見つけた竜の面で正体を隠していたのは“新城さんちの千尋くんがファンフェスをやりまくっている”と周りに知られたくなかったためです。
勉強も何もそっちのけでファンフェスに夢中の子供とか、周りにどう思われて、保護者に文句がいきかねない……と考えるこす狡さは、子供にもあったのだ。
……いや、今思うとホント浅はかだ。
面で隠せば顔が割れなかろうと、その“変わった面”そのものが、ある種の照合になることに気付けもしていなかったんだから。
「ふわあ……そうだ、そういえば……ボクと、あの海で戦った時の装備!」
伏線に気付いたように、ミナが指を差してくる。
「サウザンドキルが、一番愛用していた[戦士/遊撃兵]の装備じゃないですか!? どうしてあれで気付かなかったかなぁ……! 大樹市ファンフェスシーンのオタク、この体たらくじゃ名乗れません……!」
ストイックな悔しみに身を震わせ、拳を握り締めるミナ。
そこに冷や水をかけなければならないのが、申し訳ない。
「そこまで知ってるなら、これも、改めて言うまでもないかもね」
「……え?」
「俺の異名は、前に組んだ相手とも簡単に敵になる筋金入りの節操なさ——蔑称扱いが半分だった。アリーシャとは、ノリが違う」
サウザンドキル……“千人殺し”の裏に潜むは“先人殺し”のダブルミーニング。
ミナが申し訳なさそうに息を呑み、気にしないで、と伝えるためにこちらは笑う。
「それに気付けたのは、結局引退のタイミングだった。俺は自分がなりたかったものとは、正反対の存在に成りかけてるって諭されて——幻想闘祭と距離を置いた。この間までね」
「——ちひろっち」
正直、もう二度とやりたくない……のではなく、やれる気がしなかった。
幻想闘祭は俺にとって、遠巻きに眺める資格さえ無い……近づけば相手を不幸にするものだと思い、胸に燻る未練を封じた。
そんな、今はもう無い軛の話。
彼女と一緒に踏み越えた、一線の話。
「今度は間違わないように、腰据えてやるよ。立ち位置フラフラの助っ人じゃなく、ミナの固定パーティメンバー、バーストレンジの一員として。ただ、もうああいうプレイ……勝つ為になんでもやるようなことは多分、できない。キレが無くて物足りないかもしれないけど」
「それは。それだけは、ありません」
ミナは真顔で、俺の手をぎゅっと握る。
「ボクがパーティを組んだのは、相手がキミだからです。組んだら絶対勝てるサウザンドキルだとかじゃなくて……組んだら絶対負けるしかない、そんなボクと一緒に遊ぼうって言ってくれたキミとするから、ボクも、すっごく楽しいんです。きっと、誰にも勝てなくても」
足が、止まる。
こんなところ。見慣れた街のいつもの通学路——あの店も、あの家も、あの標識も街路樹も、俺の日常で俺の世界、なのに。
そこにいる彼女の顔、貰った言葉が混ざっただけで。
今立っているのは、異世界の気分だった。
「きゅふ」
「……っ」
「————あ」
見つめ合う俺たちを見つめる視線に、お互い気付いた。満面のニマニマ顔は実に楽しそうで、というかそのかじってる人参どこから出したの? 今俺たちの会話を何にしてる?
「なぁるほどねぇ。おにいちゃんが急にやる気出したのって、こういうことかぁ」
「そうですよ。そうですが? 事情は全部話してますが? やましいこともかくしごとも何一つナッシングです!」
「はい! まったくもってちひろっちのおっしゃる通りでござーまひゅ!」
「そぉだねー。アリーシャもこのパーティ、いっぱい推したくなっちゃった! きゅふ、きゅふふふっ!」
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