交渉成立、行動開始
【弐】
一日明けて、金曜の朝。
ホームルーム前に訪れた大樹学園食堂テラスにて、丁度朝食を終えていたおやっさんは、俺たちを一瞥し「ほお」と眉を動かした。
「これは驚きだ。こんなことなら今朝、道具と一緒に頬を磨いておくべきでした。札束でブン殴られてもいいように」
おやっさんは「くけけ」とからかうように笑い——俺の横の長身純真兎耳、アリーシャに注目する。
「申し分ないパトロンを引っ張ってきたもので。レネレーゼがスポンサーにつくなら、一千万程度、ゲーセンのワンコイン感覚でしょう」
間違いではない。
アリーシャの実家、レネレーゼ・カンパニーは異世界を股にかける大企業であり、プロ・アマ問わない幻想闘祭パーティへのスポンサードでも有名だ。審査のお眼鏡に……いや、お耳に叶えば、強烈な支援を受けられる。
何を隠そう。
本家の跡取り娘であるアリーシャも、幼い頃から天才的な素質を発揮し、幻想闘祭のスポンサー選別契約を行なってきた、プレイヤーにしてスカウトマン……なのだが。
「きゅっふっふっふ。千万は千万でも、笑止千万ってかんじ?」
肩を揺らし耳も揺らして、アリーシャが訂正する。
「アリーシャもね、そうしたかったんだけどなー。おにいちゃんってば、そういうのは受け取ってくれないの。よわよわでなしなしのくせに、強がりでいじっぱりでしょ? ほんと……そういうところが、ほっとけないんだーっ♡」
ぷにぷにと、アリーシャはこちらの頬を指で突いて言葉を続ける
「それって、
ぷにぷにの連打をされつつ、「ほんと助かる。ありがとアリーシャ」と頷いて返す。
支援を行うが、最後に跳ぶのは自らの脚——それが挑戦と開拓の企業レネレーゼ・カンパニーと、レネレーゼの一族が代々受け継ぐ精神だ(と、企業HPにも書いてある)。
彼女らが手を貸すのは、いつだって、最後に自らの脚で跳ねる者だけ。己で決断をし、困難な跳躍へ挑戦する心に力を添える後援にして脇役の位置を、誇りを持って崩さない。
……だから。
この二年間現れず、今、再び会いにきてくれたのだろう。
俺が、自分の意志で動き始めたのを知って。
「そうだね。せっかく望んで始めたんだ、イージーモードでやる気はない。苦労するところはきっちり苦労して進むよ。そうでなきゃ経験値も上がんないし、代金だけスポンサーに払ってもらったところで、おやっさんは認めてくれないでしょ? その時は多分、製造予約の順番待ちが十年後くらいになるとかかな?」
「あら、バレとりましたか。嫌ですなあ、馴染みの間柄というのも」
飄々と言いながら、おやっさんは机の上に大きな紙を広げた。
それは図面、設計図だ。
俺たちが求めたもの、魔王体質を抑える装備の。
「——きれい……」
魔人の唇から、うっとりとした声が漏れる。
設計図には完成予想図のスケッチが添えてあり、黒の鉛筆で描かれているのは、宝石を称える指輪だった。
「過去の文献から類似する事例を参考にしました。一番の手がかりは世暦一年、異世界グリィシィドアの災厄を解決した【邪神婚姻譚】。幻想闘祭の祭祀場、世界観保護の緩い環境下で能力が暴発するなら、自身の一時的再定義による対応、“在り方を改める”という概念そのものを身につければよい、という塩梅で」
図面には、作業工程が同時に記載されている。その項目の膨大さと――そもそも、制作方法という千金に値する情報をこうも堂々と晒すのは、知られたところで自分の商売には何の関係もない、生半な腕ではこれを完成させることは出来ない、という確信からか。
「そして、こちらが制作に必要な素材です」
おやっさんが差し出した次の紙には、十枚の写真と解説が併記されていた。
「どれも稀少さは馬鹿馬鹿しいです。もう原生世界では絶滅した生物のものもある。これらを現代の品で代替するには、あれくらいの金が要るというわけで。ま、プリンセス・カグヤのわがまま五つ揃えるほうが、いくらかましな難題ですな。で、おまいさん方は」
「それは当然」
集めるべき品々のリストをもらい、懐にしまう。
「素材調達のほうで挑ませてもらうよ。学生はいつの世も、金欠がお決まりなもので」
「きゅふっ。お兄ちゃんが言うなら、アリーシャもそれ♡」
「……よ。よろしくお願いします。ボクも、がんばります」
俺たちの言葉を受け止め、おやっさんは柏手を打ち唇を裂く。
「よござんしょ。これらの希少素材を集められ、救世具を再現する機会をいただけたならば。貴重な体験をもらった分、代金は差し引きましょう。不当な利得は、職人を腐らせますので」
「へえ。その場合、一体お代は如何程で?」
ぴっ、と。
長く、荒れた――美しい、技術と共にある鍛冶師の指が立てられる。
「火龍亭のマグマそば大盛り葱増し卵付き。私ゃあれが、この世界いち好みでね」
俺たちは揃って、大股で愉快げに工房へ戻っていく小柄な背を見送る。
……個人では、ちょうど休止したばかりだが。
幻想闘祭パーティ、バーストレンジとしては、初のクエスト受注だ。
「わ。うわうわ、うっひゃあ……さっきは図面に気を取られてしまってたんですけど……これ、もれなくとんでもないものだらけですよ、ちひろっち……!」
人数分貰った素材リストを見ていたミナが、顔を青くして声を上げる。
「お。わかるの、ミナ?」
「ボク、飛び出す異世界幻想動植物図鑑も愛読書だったもので……幻想闘祭の装備は、基本的に異世界素材製ですから……」
なるほど、そりゃそうだ。
異世界体験をしようって道具は、地球世界観のものからじゃ作れないもんね。
「たーいへんだねえ。おっきなスーパーでも、アングラなネットでも並んでないし、異世界をたっくさん回ったってそうそう見つからないよ? ウチでも入荷できないようなのばっか! ……な、の、にぃ」
薄々と察しがついているらしいアリーシャが、俺の首筋を指でなぞる。
「おにいちゃん、ハートの音が落ち着いてる。それってなんでか、アリーシャたちにも教えてよぉ」
「勿論。……と、言いたいとこだけど、また放課後ね。授業サボったりした日には、ばあちゃんに叱られるからさ。そっちと違って」
「きゅっふ。仕方ないねえ。アリーシャちゃんは心ひろひろだから我慢したげる。んじゃ、この辺りに来るのも久々だし、散歩しーよおっと! そだ、野良の試合にも混じっちゃおう! 耳がピクンって来る人いればいーなー、きゅふっ!」
「えっ。あ、あの、レネレーゼさんは、授業に出なくても、大丈夫なんですか……? ととというか、この時間に他校にいるのって、その、まずいんじゃ……?」
「アーシェでいいよ、おねえちゃん。同じパーティでしょ?」
「ばッボっ」
軽率な間合い詰めで、限界ファンを仕留める愛らしウサギ。
「心配してくれてありがと。アリーシャは平気なの。今通ってるところの卒業資格とか、入学前に取っちゃってるし!」
「……はえ?」
世暦の日本では、教育の制度や学力の認定も柔軟だ。確かアリーシャは、本籍を置く世界で既に、こちらだと大学卒業くらいの試験を既に突破しており、だからこそ、出席日数や単位取得に縛られずファンフェスセミプロプレイヤーとして活動ができているだっけ。
「あーでも、こうなったからには、ここの学校に編入するのも面白いかも。おねえちゃんやおにいちゃんの、まだ知らないコトいっぱい知れそうだし!」
「特に」と、アリーシャがこちらの耳に唇を寄せてくる。
「おにいちゃんが、あーんなたくさんの装備を、どこでどうやって手に入れてたのか。ずっと気になってたの、やっとわかりそうで、ドキドキワクワクしちゃうなあ」
「駄菓子屋」
囁き声にはっきり返す。
「……きゅふ?」
「……だ。だが?」
重なるハテナ、首傾げ。兎の耳と魔人の角が揃って傾く中、特に秘密でも大袈裟でもない、過去の答えと未来の希望を、新城千尋が回答する。
「普通の駄菓子屋で、俺の実家。自慢じゃないけど、結構品揃えいいんだよ、ウチ」
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