ドワーフ少女ゲンヌダーロ・平賀の超世界工房



   ■



 というわけでバーストレンジ一同(総勢二名)、問題解決のクエストに出発した。


 の、ですが。


「大概にしろ、この××××が!」


 目的地には先客がいて、放送に乗せられない罵声を上げつつ激しく扉を開けて出てきた。


「どこまでもつけあがりやがって! お前のような罰当たりは父祖の口伝にも吟遊詩人の歌にも類が無い! マドヴォラ鉱山の岩、大親父の鑿、湿らず洞穴のノームも皆が皆見放すぞ! どんな鎚を手に取ろうと、炉はいつでも冷め切るだろうよ!」


 その生徒……1メートル強ほどの身の丈に数倍はある風呂敷を担いだドワーフが、荷物からがちゃがちゃがちゃと金属音を響かせながら大股で去っていく。


「ち。ちっちっ、ちひろっち……」


 俺の背の後ろに緊急避難していたミナが、震えた声をあげる。


「ここが、目的地、なんですか……!?」

「うん。そう」


 大樹学園、文化系部室棟。専門的な活動を行える機材を必要とし、また、活動の数自体が多岐に渡るため本校舎ばりに大きく、怪しげな雰囲気で満ちるこの建物の一角に、その看板は掲げられていた。


【製造 改造 買取 売却 文化元不問 万承よろずうけたまわり 超世界工房 平賀】。


「ここのおやっさん、何回かクエストを受けた馴染みでさ。若いのにそりゃもう凄腕なんだ、きっと作ってくれるよ——ミナの【魔王】を抑えられる装備を」

「…………! そ。そそ、それは嬉しいんですけど、先程の人、なんかどえらい様子ではありませんでしたーっ!?」

「はは。よほどソリに合わない注文したんだろうな。大丈夫。確かに気難しいところあるけど、そこんとこ、俺はよくわかってるから。任してよ」


 いざ、扉の横についている開閉ボタンをプッシュ。

 超世界工房へ、入室。


「どーもー。おやっさん、げん」


 挨拶の最中、返答より先に飛んできた。

 戸が開いた瞬間、ハンマーが俺の真横を通り過ぎ壁にぶち当たり、血の気の引く音を立てる。


「——元気、してるみたいね?」

「しとりゃしません。『つまらん生産仕事だが、冶金ってだけで本望だろう』と前時代的価値観丸出しのやりがい搾取で、おまけに『学生なら値は相場の半値だな』とかほざきくさった阿呆相手に、無駄な時間を取られたばかりなので。しかもたった今、厄ネタが追加ときた」


 部屋の……工房の主、ツナギ姿で頭には作業用の無骨な溶接マスクを被った極めて小柄な人物が、不機嫌極まった声を出す。


「あっはっは。そんなこと言わないでよ。俺たちは善良な依頼者だって、ねえミナ?」

「ひゅっ、こひゅ……はふ……ひへ……」


 返事が言葉になってない。

 不意打ち通過ハンマーの衝撃に、彼女は腰を抜かしてへたりこんでいた。


「その女。角先一寸でもかまちを越えたらへし折って釜の燃料にします。ウチが何取り扱ってて何をやっとるか分かっていて、そんなやばい魔力持ち連れてきたんだとしたら、あんたも粉々ですよ、請負屋」

「“元”ね。それ、先日休業したから」


 圧ある凄みを真正面から受けながら、俺も真摯に、真剣に言う。


「それで、もちろんわかって連れてきた。こんなド級の厄ネタどうにかできるのは、超世界工房の品物しかないと見込んできたんだよ。ひとつ、事情を聞いてくれないかな」


 少しの間と、長い溜息の後、おやっさんがマスクと、それからツナギの上を脱いだ。

 現れたのは、灰色の髪と褐色の肌、尖った耳と濃いクマが浮かぶ目。

 身長は、俺からすれば首を下に傾ける必要があるくらい小さいながら、全身から滲みだす自信に由来する態度のでかさと揺るがぬ硬さは大岩のようで、逆にこちらが見下ろされ、値踏みされているかのようだった。


 ……あと。

 毎度ながらその身体……しっとりと汗を吸ったシャツを内から押し上げる、ドワーフ族女性の身体的特徴は大迫力で、かつ、おやっさん本人がその破壊力に無頓着で、心臓に悪い。


 けど、これで慌てて目を逸らしたりするの、おやっさん本人が『儂が人に見られる時、鍛治のウデ以上に別のものが気になるふうにされるのは、いい気分ではありませんな』とかってよく思わないんだよなあ……うう、心頭滅却六根清浄、ここは男の正念場、怯むな負けるな新城千尋……!


「用件を伺いましょう。場所は食堂のテラスで」

「奢ります。いつものカツ定ですよね?」

「コーヒーゼリー追加。糖分が足りん」

「了解」


 大股でツカツカ出てきたおやっさんは、部室の入口にへたり込んでいるミナの前でかがみ込んで手を伸ばす。……握手の姿勢なのだけれど、うん、申し訳ない。ちょっと見、後輩に凄む不良めの先輩の構図だ、これ。


「どうも、魔人のお嬢さん。儂ゃ大樹学園文化部室にて工房を営んでおります、三年のゲンヌダーロ・平賀です。どうぞお互い、両得の付き合いをいたしましょう」



   ■



 幻想闘祭には、主役が二つある。

 一つはプレイヤー。

 そしてもう一つの立役者が、装備だ。


 時に格好良く、時に美しく、渋さ可愛さエトセトラ……プレイヤーのなりたい姿・やりたいことを支え、対戦の要である特殊能力スキルの付与も行ってくれるそれらがなければ、お祭りの魅力は半減といってよい。


 幻想闘祭の参加は、装備を揃えるところから始まる。公式規定は存在するが、レギュレーションはかなり自由で幅広い。盤上やトラックでの競技と異なり、彼我の手札が平等とは限らず、事前に何を準備出来るかも左右するのは、ある意味では実際の用兵、対人型ネットワークゲームの色を持つといえるだろう。


 それもまた、幻想闘祭の醍醐味だ。

 幻想闘祭が巨大な娯楽なら、その周囲の商いも巨大なビジネス。大手メーカーが販売する品質・流通量が安定した品もあれば、地方で個人の作り上げる、独特でピーキーな少数生産の品もあり。年に数回、首都では専用の大規模即売会も開かれるほど。


 装備に七色あり、宿るスキルに十色あり——祭の盛衰これにあり。

 そう、つまり。


「おやっさんに、この子の専用装備を作って欲しい」


 大樹学園第二食堂テラス席の対面で、がつがつとカツを食らう、ゲンヌダーロ・平賀先輩。

 この人は異世界からの留学生ではなく、別々の世界から地球に帰化したドワーフとダークエルフのご両親から生まれた、世界籍を有する地球人だ。


 大樹学園には特待生として入学し、動機は自由な校風と充実した設備、即ち野望の足がかりと堂々と言い放ち、入学直後にはもう部室棟の一角で【なんでも作る】をモットーとする工房を開設、営業を開始。

 以来、授業も半ばそっちのけで仕事に打ち込み、気に入らない注文はにべもなく跳ね除けて我が道を行く天才職人……とのコネを、今回使わせてもらいました。


 いやー、やっておくものだね、クエスト請負人。


「超世界工房なら作れるでしょ。俺らのお悩み解決の品」

「やれやれ。初めて客の側で来たと思ったら、けったいな注文を」


 ミナのお祭り参加のためには、クリアすべき【三つの難問】がある。

 その一、【分霊バグ】。

 その二は【装備調達】。

 おやっさんの助けがあれば、この二つを一挙に解決できるのだ。


「確かにそんな無茶、そこらの店じゃあ百軒回っても空振りでしょうな。魔王体質を抑えるなんざ、ファンフェス史上需要が有った試しだってなかろうもんで。そもそも祭りに混ざりたい【魔王】って時点でひと笑いの種になる」


 おやっさんのいかつい三白眼がミナに向く。先程のハンマー投げ以来怯え切っている本人は目を伏せたまま、震えて冷や汗を掻きながら「ゥス、シャッス」と相槌を打つ。


「既製品に無いならオーダーメイドって発想は正しい。ですがね、はっきり言いましょう。さすがにその注文は無理難題です。手に負えない、出来るわけがない」


 率直に断言され、ミナの震えと、冷や汗が止まった。……それ以上の感情が、彼女の心を塗り潰したからだろう。


「で。——です、よ、ね。あ、あはははっ、すみません、無駄なお時間使わせてしまって。やっぱり、ボクはボクでしかなくて、無理な夢を恥ずかしくも見ちゃいまして——」

「は? 何を仰っていますか、あなた」

「……え?」

「無理難題。手に負えない。出来るわけがない。そういう文句はですね、儂が言う時に限って——『壊し甲斐のある壁だ』って意味でしょうよ」

「そ、そうなんですか!?」


 そうなんだよなあ。

 他人の不可能を自分の不可能と考えない、むしろ俄然燃えるのがおやっさんで、実際にそれが成し遂げられるところを俺も何度も目にしてきた。


 だから。

 この問題が予期された時、持ち込むならこの人しかないと思ったのだ。


「何をどう用いて何をこさえるかの図面、大方頭に引けました。あなたの抱える魔王体質、分霊の非適合による世界観へのダメージ発生、然るべき道理を然るべき様に組み合わせれば遮断抑制不可能ではない。何より……一度、似たようなことを神がやったのでしょう? なれば、同じことが人の手で再現出来ないわけがあるものか」


 言葉には、どんな炉よりも熱く燃える炎の熱。

 おやっさんは静かに、しかし硬い意志で断言する。


「道具とは、製造とは、人が限界を超える術。超世界工房ゲンヌダーロ・平賀、その壁を打ち壊す槌を振るいましょう」


 じわり。

 じわり、と。

 熱に当てられたミナの瞳から、雫が滲む。

 顔をくしゃくしゃにして、視線を上げ、おやっさんと目を合わせる。


「できるん、ですか」

「はい」

「ボク。大丈夫、なんですか」

「はい」

「…………おやっさん、さん。本当に、ありが」

「料金はしめて一千万」


 ぎし、と固まった。

 感動と歓喜の涙が、引っ込んだ。


「へ? ……い、せま?」

「技術料材料費その他諸々必要経費込みでの価格です。納品予定日ですが、早く見積もって三年後を目処に」

「あ……え? え? え?」

「スタートは少し遅れますが、一生不可能でないだけ希望的でしょう。支払いにつきましても、当工房は物品引き換え・ローンの相談も受け付けます。青春を費やせば、もしくは将来プロリーグ入りを果たせれば、決して無理でも非現実的でもありません。あなたの限界突破、心より応援いたします」


 業務用の笑みも浮かべぬ、淡々とした、しかし本気の発言。

 それを受け、ミナは見えない槌で後頭部をブン殴られたように勢いよく机に突っ伏した。


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