ネリズエンさん(17)、はじめての変身バンクす
シンプルに表現すれば、幻想闘祭のエンブレムは変身アイテムだ。
スマホを使ってWebからできる使用者登録で紐付けし、その際に入力した【
唱える文言自体は同じでも、頭で思い浮かべる言葉が違う。
ルビの下の中身が異なる、とでも言おうか。その認証は科学では再現できない、神様たちが管理している【意思と魂の領域】だ。ここを認識できるのは、人間より何段も上の存在だけである。
その、声と意思の二段階認証が正しく行われた時、エンブレムは動き出す。
「わ、わあああああ……っ!」
エンブレムが輝き、溢れ出した光が宣言者を包み込む。
首元に集まった光が【魔法補助のマフラー】を、首から背にかけて集まった光が【旅立ちの外套】を、その手の中に集まった細長い光が【門出のロッド】を、制服の上に羽織る形で
光が晴れた後に立っているのは、制服姿の大樹学園一年女子ではなく——幻想闘祭のルーキー魔道士、ラグラグラミナ・ネリズエンだ。
「すごい……すごい、すごい、すごいすごいすごいっ! ボク今、本当にやってるんですね、ファンフェス……本当になれたんですね、プレイヤーに!」
感極まった様子のミナがぴょんぴょん跳ねる。
「どうですかちひろっち、ボクの晴れ姿! 素直な感想、お褒めの言葉なんかかけてくれてもいいんですよ!」
大はしゃぎで杖を構えてポーズを取るミナは、何を言ってほしいか見え見えだった。うーん、頭撫でられ待ちの犬そのもの。
それに答えるのは友人として、一応は先輩プレイヤーとしての義務かな、うん。
「バッチリビッシリ決まってる。伝わってくるね、将来の大魔道士称号、歴史に燦然と刻まれる名プレイヤーの貫禄がさ。こりゃあ、今年の高校生ファンフェス界に旋風が巻き起こる」
「うやっはっは、それほどでもーっ!」
「そんじゃあさっそく、大魔導士の一歩目を刻むとしよう。初級装備の魔道士が使える
「わからいでか!」
鼻息荒く大股に距離を開け、ミナがえへんと、壁際の訓練用木人に向き直る。
「行きますよちひろっち! ボク史に刻むべきはじめての魔法!」
木の杖を振り上げる。先端に魔力の光が灯る。
「せーのっ……【
唱えられたのは、初級火系魔法。杖の先から火の球を飛ばすそれは、しかし。
彼女が唱えた瞬間、杖には無反応のまま、天井が爆発した。
「……え?」と疑問を抱くより先に、床の木板が倒れては起き上がるのダンシングを始め、四方の壁が突然崩れたかと思えばその向こうには水平線までの海が広がっており、おまけに空間がぎゅいんぎゅいん歪んで、とどめにこんなアラートがどこからか聞こえた。
『緊急警報緊急警報。貸出異世界にて動作想定外の情報体を確認、深刻なエラーが発生しました。空間閉鎖、及び利用者を緊急排出します。命あっての、モーノーダーネー』
有無を言わさず、出入り口へ吸い込まれる俺たち。桜の世界樹前にペペッと吐き出され、戸はぶるぶる震えて煙となり、下の札ごと消え去った。
あいたたた、と打った尻をさすりながら目をやると、そこには杖もマフラーもローブも装備していない、手の中で砕けたエンブレムを見つめるミナがいて、目が死んでいた。
「あー、その……」
気の毒さに声をかけると、ミナはそばにあった自分の鞄からサイフを取り出し、おもむろに中の札を全部抜いて震えた指で差し出してきた。
「ご、ごめ、ちひろっち、いえ千尋くん、新城さま、べ、べべべ弁償したぃっ、するんだけど、ボク、いま、こ、これしか……あぶばばば……そ、それより、せっかくつく、作ってくれた、ボクたちのエンブレムが……」
「まあまあ落ち着いて。大丈夫、予想通りの展開だし。エンブレムは図の原板もあるし」
「へ……?」
べしょ泣き痛ましいミナの横に、安心させるよう腰を下ろす。
「おさらいしとこう。ねえミナ、そもそも、幻想闘祭ってなに?」
「え。えっと」
質問の意味。ここで問われているのは何かを推測したミナが、おずおずと、その切り口でファンフェスを語る。
「……意識と魂を、自分とそっくりな【
ここで注目するのはまさにそこの観点。俺たちの魂……存在の中核を担う要素を、一時
「うん。だからそれが、さっきの異常の原因だね」
「え、え……?」
首を傾げるミナに、木の枝を拾って、地面に図を描き解説する。
「分霊ってのは元々、神様の権能でしょ。自分と全く同じ【同一の本体】を複製して、東西南北津々浦々で活動するための理……それを、世暦に入ってから一般の人間にも、一部を利用できるように解放してくれた」
こくん、と頷いてくれたのを見て話を進める。
「分霊システムは、現代だと主に危険が伴う仕事に従事するに際して使われる。工事現場とか、異世界への転居に関わる調査に当たる、役所の人とかね。それから、レジャーやスポーツ方面にも」
コピーを用いれば、競技中に事故があっても、本体は無事で済む。
更に。人間の分霊には、追加の加護も付け足せる。
「ファンフェスでの分霊は、ゲームのための特性を得る。身体バフや魔力の付与がなきゃ普通の学生やサラリーマンが戦士とか魔道士なんてやれないし、痛みとかの選別削除なしに、攻撃なんて受けてられない」
変身の際に身体を包む光の粒子は、スキャニングでもある。
情報を読み取っての分霊形成、装備の出現、元々の肉体をエンブレムの内部へ格納する……それらの工程が、同時に行われているのだ。
幻想闘祭はリアルな肉体を使う、スーパーハイレベルな体感ゲームとも言え、そして、今回はそのリアルさこそが俺たちの障害だった。
「ファンフェスの根幹要素、分霊形成。今回はその、読み込んだ対象が大変だった」
「……あ」
話の流れで気づいたらしい。ミナがぽかんと口を開ける。
「分霊再現されるミナ……その【魔王】データが問題なんだろうね」
活動範囲が広がったとはいえ、彼女が【魔王】である根本が変わったわけじゃない。
スサノオ神の加護は幻想闘祭というゲーム、分霊のシステムでは再現しきれず、最悪のエラーを吐いてしまった。
「ファンフェス用アバターに移った時、ミナは世界観狂乱を再発してしまう。世界がバグって、システムがダウンして——さっきの通り、フィールドから強制退場を食らうんだ。まあ、反則というかチートデータを使ってるようなもんだしね」
ラグラグラミナ・メリズエンの、ファンフェス参戦。
俺は現状、そこには解決すべき【三つの難問】がある、と思っている。
そしてこれが、懸念していた一つ目の問題——【バグ発生要因】。
解消しないことには、そもそもプレイヤーとして対戦すら始められない、ドデかい壁。
「はあー、成程成程、そうだったんですね。我が事ながら知りませんで。では、ちひろっち」
「うん」
「あじゃっした……ラグラグラミナ・ネリズエン、普通の見る専に戻りましゅ……よぉしまた多目的室の予約取るぞお、今日も見どころいっぱいだぁ……」
涙目で呟くミナを「まあまあ」と宥める。
「ここまでは予想できてたところでさ。それがわかってて、ただ落胆させるために確認したわけじゃない」
目をぱちくりさせるミナの肩を叩いて立ち上がり、手を差し出す。
「どうにか出来る心当たりと、やってくれそうなツテがある。ほら、ひとりじゃどうにもなんないのを知恵と協力で突破するのが、パーティプレイの醍醐味でしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます