2章/祭りは、準備から楽しい(パーティ活動開始、ここからでもお読み頂きます!)

ネリズエンさんは初手はしゃぐ



【壱】



 四月も終わりが見えてきたが、我が校の名物は鮮やかさを絶やさない。

 桜の世界樹は、四季を通して花をつける常花樹とこはなのき。その有様は、大樹学園のスローガンである【新しく踏み出す一歩に、手遅れはない】の言葉通り、千里を始める一歩への旅立ちをいつでも祝ってくれている。

 

 ——それを、これまでずっと、近づかずに眺めていた彼女。

 今は、その麓で門出の花吹雪に降られる姿に、声をかけようとして、言葉を飲む。

 ひらり舞う落花見上げるあけの角、憂いを纏う菖蒲あやめの君。黒き瞳の眼差しに、この光景を崩す無粋を躊躇する。


 大樹学園一年生、ラグラグラミナ・ネリズエン。

 異世界の【魔王】の卵は、賑やかしき桜の下にあってさえ、余人を寄せ付けぬ高嶺の風情をもって佇んでおり——。


「【闇色の魔女王】、【ダークネスプリンセス】、【暗澹を統べる深淵の主】、【ブラッククラックトラック】、【夜、混沌、未知】、【ナイトフォールダウン】——」


 ……爽やかな春風に乗って聞こえる呟きで色々察した。周囲の生徒たちが浮かべる、晩春の陽気に負けず劣らぬなまあったかい視線の意味も。


「お待たせ、ミナ」

「……! ちひろっち!」


 たったか駆け寄ってくるミナの様子は、こう例えるのもなんだけれども、尻尾を振る仔犬のようだ。


「あのねあのね、今、考えてたんです。ボク、これから正式にファンフェスプレイヤーとしてデビューして、だっ、大活躍しちゃったら、必要になるわけじゃないですか、異名。どんなのがついたら嬉しいだろうなって想像してたら、候補が思いうかんでしょうがなくて……むふ、むひゅひゅひゅふひゅ……」


 にひにひ笑う魔人女子。高嶺の花は一瞬にして、路傍の草に成り果てた。

 うむ。それがいい。

 他の人はどうかわからないけれど、俺にとっては……ようやく混ざれるお祭りに目を輝かすミナのほうが、ずっと魅力的だ。


「そういうの考えてる時間って楽しいよねえ。名案が決まったらぜひ教えてよ、アドバイスとかできるかもだし。一言言えるとしたら、呼ばれてアガるやつがいい」

「むむ、貴重なご意見いただきました! けど悩むなあ、どれもこれも捨てがたくって……はっ。ちひろっち、ボクすごいこと考えついたんですけど、捨てがたいなら、思いついた異名候補、全部繋げて一つの名前にしてしまうのはどうでしょう!? これ、ちょっと画期的じゃありません!?」


 黒い目を輝かせて力説するミナ。おお、じゅげむじゅげむ。


「とりあえずは、異名を正式にお披露目する段階になってからだね。はい」


 俺が手渡したのは、エンブレムだ。

 幻想闘祭のプレイヤーに必要な道具……装備を異次元に格納するケースだけど、ここには他の意味が付随する場合がある。


 それは、自身の立脚点の紹介。

 所属するパーティを示すシンボルにもなる。


「——これ。ひょっとして、ボクらの……バーストレンジの、エンブレム……? 作ったんですか? ちひろっちが?」

「素人仕事だけど。材料のストック、まだ押し入れにあったからさ」


 エンブレム素体は小さめの絵馬くらいで、その表面に塗ったり描いたりだのビーズを貼ったりだのの加工は自由。各々のパーティがそこに自分たちの意気込みやら、カッコイイと思うものやらを盛る。


 ドリアードの依頼で木工の手伝いをしたことや、ばあちゃんの誕生日に奉納品を送ったりした経験が生きた。あと、手芸ファンフェス関連商品の大手メーカー、レネレーゼの【かんたんオリジナルエンブレムセット】さまさま。


「クエスト請負も休止して、時間もいっぱいあったからね。おかげでこれ作る時間が取れた」


 中心には朱色の二本角、その先端から放たれる光が、彼方へと届いていく様子。

 それだけといえばそれだけで、幾分盤面がすかすかで寂しいが……ご安心を。きちんと意味がございます。


「目標は掲げてるけど、現状、俺たちは足りないだらけ。一歩ずつ進みながら、その余白を埋めていこう」


 要するに、進行と連動で解放される要素ということで。

 俺たちが夢に手をかける時、エンブレムも、沢山の彩りで満たされるのだ。


「……はい! ボク、なってみせます! このエンブレムに、相応しいプレイヤーに!」


 受け取ったエンブレムをぎゅっと握りしめ、ミナは、意欲に燃えて宣言した。

 ——あの、展望台の夜から数日。

 諸々後片付けやら準備を終えて、今日が初めての、俺たち揃ってのファンフェスパーティ活動初日だ。


 当面の目的は“秋の大祭”——【幻想大闘祭・神在奉納演舞】(学生部門)への出場、いや、優勝。遠く困難な表彰台へのロードマップの第一歩目として俺が提示したのが、そう。

 ファンフェスビギナーのミナに、実際のファンフェス装備を纏ってもらうことだった。


 ……あ。海洋Cの件はノーカンで。

 アレ、公式戦じゃ使えない、【魔王】化専用のイリーガル装備だし。


「それには、俺が駆け出し時代に使ってた初心者用の魔道士装備が入ってる。初手から本命のネキュローズ系もアリだったんだけど……あの一式、めっちゃめちゃクセ強いし、持ってなくてさ。ごめんね」

「い。いいえ、謝られることなんてありません、むしろ感謝感謝のありがとオンリーです! まずは初期装備で魔力操作と魔法使用の感覚を掴むのはファンフェス魔道士特訓ルートの基本ですし、ちひろっちが着てた装備を着れるなんて最高ですので!」

「はは、そう言ってくれると嬉し……ん?」

「いやもちろんご利益的な意味ですが!? ゲン担ぎというか、宿った思いの加護がありそうというね!?」


 わかるようなわからないようなわかってはいけないような。

 とりあえず、高速で手を首を振るミナを刺激にしないようにしつつ準備を進める。

 取り出しますは購買部で買った札。裏面のテープを外して地面に張り、二礼、二拍、一礼。


「掛けまくも畏き八百万の神々よ。大八島と高天原、その狭間に在りし名前なき土地、お借りしますと、恐み恐みも白す」


 略式祝詞を上げると、札が光り、地面からニョッと戸が生えてくる。

 この向こうは、別世界。神の加護で一般人も貸してもらえる、ファンフェスの装備を使っていい練習場だ。 


「さ。初体験行ってみよう」


 その声でミナも正気に戻り、俺はお先に門をくぐる。

 今回のレンタルは、市民体育館くらいの広さと高さを持つスペース。床も壁も天井も木張り、内装は訓練用木人が一体の簡素なもの……だが。


「……わぁぁ……!」


 入ってきたミナの口から、感動の吐息が漏れた。

 ファンフェス見る専でずっと我慢してきた彼女にとって、こういう場所……プレイヤー側に立てたということが。そして、地球の世界観からはみ出して、【魔王】への変異が始まっていない、というのが……どれだけの喜びで、感動なのか。

 そんなもの、あえて聞くまでもない。


「感動も程々に。こっち側に立つのなんて、これからは当たり前だからさ」


 ミナの表情が、数秒の間で「きょとん」→「ハッ」→「満面の笑み」にシフトする。


「手っ取り早く始めよう。ここは今日いっぱい使えるけど、青春の足はどんな盗賊より早いと来てる。さて、今君が立ってるのはどこで、その手に持ってるのは何で、ここで一体、君は最初にどうすべきかな?」


 果たして彼女が浮かべたのは、言わずもがな、という“ニヤリ”だった。


「昨日一晩、夢の中でも考えました」


 その手が大きく掲げられる。自分のエンブレムを、彼女は握り。


「聞いてください、ちひろっち! ボクの【宣言】!」


 そして、唱える。

 夢に向かって、高らかに。


「【ボクのお祭りボクらのお祭り、スターティング・神さま皆さまご覧あれ!ファンタフェスタ】」


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