ここから始める、パーティの名は


 壊れたエンブレムは、祭への参加証にならず、装備も共に失われた。


 だが、別の意味がある。

 割れて壊れようと、これはまだ——あの日、二年前。

 道理を斬り裂く神様より、直接の加護を賜った——


「『我に賜りし恩寵、願わくば彼女へ! ラグラグラミナ・ネリズエンへ授けられん! 認められざるこのまれびと、その身のけがれ、断ち禊ぎ、その威さだめる大八島おおやしまのものと迎え受け入れられませ! 恐み恐みも白す!』」


 短縮された祝詞を捧げた、直後。

 エンブレムから輝きの粒子が溢れ出し……それは中空にぱらぱらと散り、細長い無数のちがやの茎を形作ると、ネリズエンさんに向かって飛んでいった。


「ひゃぁぁぁっ!?」


 突然のことに悲鳴を上げる。全身を貫かれる、とでも思ったのかもしれない。

 違う。伝承が示すその効果は、だ。


 ネリズエンさんに飛んでいった無数の茅は彼女の頭上で集まり、見えない手にでもよられているように、大きな輪を形作り。

 そのまま降って、頭から爪先まで彼女を通すと——彼女は淡く優しい光に包まれる。


「……え。あ、れ」


 茅の輪を通過した後、変化はすぐ、明確に起こった。

 彼女の頭……枝分かれの変化を続けていた角が、映像を戻すように逆行し、二本とも芯だけのかたちに返り。

 身体中に浮かんでいた発光する紋様も、薄れ消えていった。


「これ……ボクの、【魔王】が……収ま、った……?」


 ネリズエンさんが呆然と呟いた直後、鵜原さんが尻ポケットから、真っ白なケースに入った激しく震える端末を取り出す。


「はいこちらウ号漆番。あぁご質問は察してますよ、そこら中の世界観狂乱が急にサッパリ消えたんだけどまたぞろお前何かやらかしたか、ってなもんでしょう? ——うはは、そう怒鳴んないでよ。帰って報告するからさ。気風のいい話だ、始末書を書く手も軽くなる」


 ここからでも向こうからの叫びが聞こえた通話が切られ、刑事さんが俺たちに向き直る。


「やってくれたねえ。こりゃまあ、見事なもんを見ちまったよ。須佐之男命直々の、厄病退散茅輪加護ちのわのかご……神々の権能ってぇのは相変わらず、ちっぽけな人間があがいてもがいてる苦労の頭上を、ぴょんと飛び越えていきなさる」


 鵜原さんが掌を下に向けると、出ていた門が沈み、紙片が浮いて手に収まる。


「あ。あの……鵜原さん、これって……ボク……?」

「んーとねえ。簡単にいえば、少年が秘蔵のオタカラで君を治したの。これでまた普通に地球で暮らせるどころか、うん——ずっとやりたがってたファンフェスだって出来ちゃうかも?」

「え」

「感謝はしときなさいね。何しろ、うまく用いれば一生遊んで暮らす金くらいなら余裕で手に入ってたド凄いものを、ぽーんと使ってくれたんだから」


 彼女は大口を開けて絶句し、刑事さんは自分の出番は済んだとばかりに階段へ向かっていく。


「いやー若い、若いねえ……」


 去り際の声は、どこか寂しそうな、けれど楽しそうな響き。

 ふと振り向けば、遠い空にも、いつのまにか、黒い船は消えており……残った彼女に、声をかける。


「ネリズエンさん」

「……ひゃいっ!?」


 声に遅れて反応し、呆然から再起動。元の姿に戻った彼女が素早く俺の方を見る。


「あ。あぁぁぁのボク、このたび、すごくお世話になりまくりまくってしまって……」

「なんのなんの。使い所が見つからなくて、持て余してたやつだったし。……でさ。俺の方針、言ったね。聞いてた?」

「……ほ。ほう、ほれ…………はは、は、はいぃっ!」


 お。よし、わかってくれているようで何より。

 これで、この先の話に行ける。


「君に惚れ込んだ。つまり、君は俺の推しになった。やりたいことが見つかった以上、クエスト請負人も休業で、全力で協力する。当座の目的は、そうだな……秋の大祭で高校生最強、あたりがちょうどいい。俺たちくらいの年頃なら、誰もが夢見る例のやつ」

「……ボクが。神在奉納演舞かみありほうのうえんぶ、に」

 

 そう口にした彼女の目に、爛々と光が灯っていく。

 形になった言霊が、熱を宿し、現実を引き寄せる。


「そ。んで、差し当たって今すぐに渡せるものがひとつ」

「え、」

「君が掲げる、仲間と繋がる、俺たちの箱……パーティ名。学校からここまで来る間にさ、君のことばっか考えて走ってたら、こういうのが思い浮かんで」


 その名前を伝える。そこに付属する由来、託した願い、ちょっとした洒落……憧憬への挑戦。

 それを彼女は、じっと、聞いていた。

 星を眺めるような目で。


「——ってな具合に、二つの意味を込めて、名付けて【バーストレンジ】。派手で愉快な名前でしょ? ああ勿論、そっちにずっとあっためてたアイディアがあるとかであれば」

「バーストレンジ」


 震える唇が、その名を紡いだ。


「バーストレンジ、バーストレンジ、バーストレンジ、ばー、すと、れん、じ——」


 良いも悪いも、問うのは野暮とすぐ悟る。

 噛み締めるように繰り返す呟きは、こんなのどう考えたって、お気に入りのプレゼントをぎゅっと抱きしめる子供そのもの。


 いやはや。

 そうまで喜んでもらえると、考えた甲斐があります。


「これからよろしく。そうそう、パーティメンバーになったからには、他人行儀はむず痒い。新城さんじゃなくって、気軽に千尋って呼んで。ニックネームとかでも大歓迎」

「……ぼ。ボク、も。じゃあ、……あ。あだ名で、呼んでくれたら、嬉しい、です」

「了解。楽しんでいこう、ミナ」


 多分。

 こういう経験も少なくて、慣れていないのだろう。

 彼女はあわあわ、あたふたとしてから、


「よろしく、です。いっしょに、ファンフェス、やりましょう。……ち。ちひ、ちひろっち」


 星の瞬く空と、町に戻りはじめた、いくつものお祭りの窓を背負って。

 屈託のない菫色の笑顔が、いとおしく地に咲いた。



——————————————————————————————


第1章、これにて終了。

これより本格的に、二人のパーティ結成が始まります!

よろしければ⭐︎での応援、コメントなど、なにとぞよろしくお願いいたします!

カクヨムコン一次選考の突破に、どうか皆様のお力をお貸しください...!


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