高度に成熟したオタ語りは呪文詠唱と区別がつかない
「はいそこですよねやっぱり気付いちゃいました!?」
次の瞬間、目の前に顔面があった。
視界いっぱいに広がるのは、歓喜に染まった菖蒲色。机から身を乗り出し、目を爛々と輝かせた表情は、下駄箱の時のクールでも、多目的室に来た時の落ち込み反省でもない。熱と圧を纏った、第三のモードがここにある。
そしてその口から、濁流が溢れ出した。
「ファンフェスは数字の比べっこなんかじゃありません! 敵のスキル構成に得手に練度に考慮すべき要素はいくらでもあり、戦士と魔道士の
繋がるのです、と言い切るのと同時に、自分がしていることに気付いたらしい。
熱を帯びた表情が急激に冷め、『やらかした』という雰囲気に凍り付く。乗り出していた体が戻り、そして、再び椅子の上に三角座りで顔を埋めてしまった。
「ボクっていっつもこうなんです。独りよがりで視界が狭くて興奮すればするほどよい結果にならないというか調子に乗ってやらかしちゃって後から後から後悔ばっかでソロ反省会を開いても開いても追っ付かなくってそれで誰とも気まずくなって距離をとって関係フェードアウトが恒例で、あははははこりゃ高校生活三年間も無事暗黒時代と決まりましたので皆さんどうかお達者で、ボクは陰でダンゴムシになってますぅ……」
顔を埋めた膝に隙間から届く、石清水めいた声。
このまま彼女は、天岩戸が天照のごとくに、膝の間に引きこもってしまったのであった……とはさせられないので、魔法の言葉でオープン・セサミ。
「お。西側の勝負、動いたっぽい」
「まじです!?」
ネリズエンさんの顔が跳ね上がり、曇っていた目が再び輝く。
丘の上の大樹学園、その三階の多目的室からは、よく見える。
グラウンドに座す桜の世界樹が……広がる街のそこかしこに浮かび上がる、たくさんの幻想闘祭中継画面が。
「花、か。そういう言い方、全然不足じゃないよね」
その周りには人が集まり、その様を眺めて日常の喜びとする。
種族も出身世界も垣根とせず、みんなで一緒に楽しめるお祭り競技は、確かにこの国、いや、この世界に咲き誇る花と呼ぶに相応しい。
「——にしても。こんな一度にとか、相当なファンフェスフリークだね、ネリズエンさん」
「……えへへ。ボクは、自分じゃやらない見る専なんですけど」
幻想闘祭は競技と同時に“祭り”であり、祭りとは他への捧げものだ。だから、行われていることを周囲と共有する為の窓がセットとなる。
それを更に広める為、闘祭専門チャンネルでの放送や闘祭カフェ店員による中継など様々あるが、“現地でしか拝めない対戦”も数多い。著名プレイヤーが絡まない野良試合などは見れるかどうかが現場に出くわせたかどうかで決まりで、“無名の名試合”が数少ない観戦者から伝説的に語られ広まる、なんてことも日常茶飯事だ。
そういったものも、ここからならさぞ発見も観戦もしやすいのだろう。何より、どれだけ興奮しても人目を気にしないでいいのがいい。
一年の教室も同じく三階だけど、彼女の席が窓際だったりした場合、難儀しているだろうなと想像する。授業を妨げる誘惑に、本性を表してしまう危惧のダブルパンチだ。うちのクラスにも放課後が近づくほどソワソワしてる窓際の席の奴がいて、そいつは自分も早くあそこに混ざりたい、ともどかしそうな眼差しで——。
「——ねえ。ネリズエンさんは」
『自分ではやらないの、ファンフェス』。
そんなことを、つい、聞こうとした。
これだけ熱をあげているにもかかわらず、『誰でも異世界常識体験を!』が根底の理念だけに、プレイヤーとなる間口は広く敷居も低く、子供から老人までやれる幻想闘祭を……眺めているだけで足りている理由を、知りたくて。
ただ。
それより先に、彼女の方から問われていた。
「新城さんは、どんなプレイヤーなのですか?」
「……え?」
言葉には、奇妙な確信があった。間違いない、とする気配が態度から伝わってくる。
「今回、お花見にお誘いしたのは、その……一緒に色んな試合を眺めて、見る専ファンフェスオタクならではの知見が、プレイの一助になってくれれば、恩返しになって嬉しいなー……というのも、あったんですが。それよりやっぱり、どうしてもそっちが気になって」
てへへ、ともじもじされる。
「エース戦士の持つ頼り甲斐、魔道士の知的プレイも似合う判断力、能芸士を担えば貢献間違いなしの気配り、王様だって似合うに違いありません。昨晩は、眠くなるまで考えても答えが出ませんでした。ぜひ、答え合わせを希望します。あとついでにプレイヤネーム、所属パーティなどもお聞きできたら……ボク、これからは、新城さん全力推しになりたくって!」
「いや俺、ファンフェスやってないんだよね」
「ぴゅポッ」
また妙な音が出て、すごい顔された。
「え? え? ドッキリ? もしかして、試されているのはボク? カメラどこですか?」
「全部マジなんだけど……。というか、どうしてそう思ったの?」
そりゃまあ、大人気でお手軽な
それにしては、確信の度合いとショックの受け方が尋常じゃなくない?
「そ。それ、は……その、そうですよ、あの展開、あの場面の試合で、雷撃魔法の特性とタンク剣士の装備からの最適解を即答出来るなんて。実際の、それも経験豊富なプレイヤーの目線でも無いと……」
「たまたまだよ、たまたま。見る専だって、選手ばりに目が肥えてることもあるでしょ。それを言ったらさ、ネリズエンさんもプレイヤーってことになるじゃん」
「ぼ。ボクは、その……たまたま、です。実際に自分があの場に立ってたらどうするだろう、って、見ながら考えることが、多かったから。ただそれだけで、プレイなんてしたことなくて……あ」
「うん、それとおんなじ。実際にやってなくても、この場面にどうすりゃいいかくらいは、データさえ揃ってれば導ける」
大事なのは、それを瞬時に、実戦の中で思いつけるかどうか、なんだけどね。
フィールドの内と外は、近いようでいてかけ離れている。その空気も、背負うものも。
そして。
俺はどうしたって、もうその中には入れない。
「ネリズエンさんがどう期待してくれても、新城千尋は祭りの参加者じゃないよ。今となっては観戦すら、こういう付き合いでもなきゃしないくらい」
「……新城さんは。幻想闘祭、お嫌い、なんですか?」
「みんなが楽しんでるコトに、わざわざ強い言葉は使いたくないな。そうだな、苦手、っつーか……うん。逆に、俺の方が祭りから嫌われてる、って言った方が正しい。グッズとか手元にあると、持ち腐れで申し訳ないくらい」
「……仰ってることは、よく、わからないんですけど。……新城さん本人は、お好き、なんですよね」
「——へ? なにそれ?」
「だって。これをくれる時……本当に、優しい渡しかただったから。軽い調子だったけど、でも……大切にされてほしい、って思ってるのが、伝わったから。お礼、しなくちゃって。何か、少しでも、返したいって——」
彼女が、ポケットから取り出そうとしたものを……ちゃんと見てしまう前に、目を逸らす。
それは、間違っても繋げちゃいけない点だ。もし、もうひとつの点と結びついてしまったら、こっちには完了すべき先約が立ち上がってきてしまう。
いやいやというか、そこは君さ、自分でバラしちゃいけないことだよ!? 何のために、あんなゴツいの被って、ジャージに手袋で一発で当たりがつく特徴まで隠してたのって話! さっきの『恩返し』発言も、何げにアウトの失言だしさ!
「——あーっと! やっべ、そろそろ昼休み終わりだー!」
目を逸らしたまま、空になっていた弁当箱を大慌てで片付ける。強引に話の流れを変えて誤魔化されて、今彼女がどんな表情を浮かべているか……それは、またしてもわからない。
そういうのでいい。
頼まれてもいない事情に踏み込むのは、怖すぎる。
「今回のクエスト、【一緒にお花見】はこれで完了ってことで! もしまた何かございましたら、その時はどうぞお気軽に! んじゃね! ネリズエンさんも急いだほうがいいよ!」
「おお、そいつの言う通りだ。午後授業の開始までにケリぃつけようや、魔人女」
……は?
一方的に状況を畳んで多目的室を出ようとした俺は、室内から聞こえようはずもない、いなかったはずの人物の声を聞いて振り返る。
彼が……ヴォルケンノタスセンパイが、そこにいた。
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