クエスト:お花見お付き合いを受注しました



   ■



【拝啓 新城千尋様

 

 時下ますますご清祥のことと存じます。

 春たけなわの四月、我が校が名を冠するグラウンドの大樹も一層美しく、季節を寿ぐように枝葉を揺らし、風物詩たる御姿を爛漫と示しておりますね。

 つきましてはこの度、“御花見をご一緒して頂きたい”という依頼をしたく、書状をしたためました。


 恥ずかしながら当方、生まれてこの方密接なる交友関係というものに縁もゆかりもなき立場、すなわち年季と気合がこれでもか、エイとばかりに入りまくった“ドぼっち”が故、口下手やら、熟成された拗れ具合などで御迷惑をお掛けすること必至ではございます。


 それでも万が一、青春の貴重なるひと時を共に過ごして良いと、神的お慈悲で賜われるのであれば、本日の昼休み、校舎西棟三階の多目的室Eへとお越しください。

 心ばかりのおもてなしをご用意して、お待ち申し上げております。

 どうぞ、御検討の程、宜しくお願い致します。



 敬具

 学籍番号ま–665K  一年六組 ラグラクラミナ・ネリズエン】


 

「ううううううう、やらかしたやらかしたやらかしたぁ……もうダメだぁ……」


 それは言うなれば、満開のお花畑。

 昼休み、約束の時間に訪れた多目的室E……様々な用途での使用が許可されている空き部屋は、入学時の新入生歓迎モードの教室もかくやの飾りに彩られていた。


 壁には折り紙で作られた金銀の星々がきらめき、輪になり連なった色取り取りの画用紙が中空を幾重に渡り、【WELCOME】の横断幕が入室者を熱烈歓迎する。


 向かって右手に電飾ビカビカのクリスマスツリー、左手には立派な雛壇に並んだ無数の招き猫、よくわからないがめでたさだけは尋常ではない、逆ラスボスの前の通路みたいな道が各種縁起物で出来上がっていて……しかし。

 それらの光の大半を、窓際の“闇”が吸収していた。


「なんっだよあの無愛想……自己紹介はスカスカのゼロユーモア、要件だけ伝えてそっけなさはマックス、挙げ句の果てに手紙の内容は絶対スベり散らかしてるでもうメチャメチャ……。どの面下げて会うんだよぅ……」


 ガラスの向こうに広がる青空と桜の花を背景に、鬱々少女が膝頭へ頭を埋める。

 本日の主催が椅子の上に三角座りで、戸を開けたこっちに気付かないほど熱心な独り言の真っ最中なのだった。


「はー……ふぅ……ひぃ……ひゅー……よし、落ち着こ。落ち着くんだボク。大丈夫だから。ここからでも全然挽回できるから。第一印象0点どころかマイナス100ポイントスタートだけど、それって逆にチャンスじゃん。いっこでもちゃんとやれれば、ギャップで逆にめちゃくちゃやれる奴に見えるやつだよ。むしろアレがベストな対応だったまである……あれ? これ、もしあの人が来なかったら……? てかあんな初対面であの手紙読んじゃったら、むしろ来ないが普通じゃない……? ——ふーっ、なぁんだ! びびらせやがって! だよねだよね、そうだよね! いくら新城千尋さんが心ひろひろ請負人でも、さすがにこんだけ見えてる地雷、常識的に考えなくてもナイス回避がド安定——」

「こんにちは」

「プァペェァ」


 椅子から転げ落ちながら、へんな音出す魔人さん。


「し。新城千尋ぉ!? ……さん!? なっ、ななななな、なな、なんでぇ?」


 なんでもなにも、クエストですし。君が出した依頼でしょうに。

 というか、それより。


「ネリズエンさん、そっちが素?」


 ただでさえぽかん、と開いていた口が「……はっ!?」となってもう一段開いた。

 うーん。見れば見るほど、今朝下駄箱の前で会った【高嶺の花】とは別印象。


「あ、ああぁぁのその。……そ。外では。みんなが見てるところでは。ちゃんとやろうってしてて。るん、してるん、だけど。猛がんばりで」


 こちらとは目を合わせず、彼女はもごもごと早口で言う。


「……あ。改めまして。ラグラグラミナ・ネリズエン……です。ご。ごめんなさい、がっかり、です、よね。せっかく来たら、こんなので……騙された、みたいな感じで。……い。今からでも、えと、キャンセル……か、帰っても、全然! こっちは歓迎で! ……あ! そ、その、これは、新城さんに来て欲しくなかったって意味じゃなくて、……う、ううぅぅ……」

「はい、失礼します」


 窓際に置かれた机、ネリズエンさんの対面に腰掛ける。

 彼女のおもてなしで置かれた背もたれと座布団は、ふっかふかで頬が緩む。


「……え?」

「思うんだけどさ。ニガテ克服しようとか努力してる人って、感心とか尊敬しかなくない? 俺、かなり好きだな、ネリズエンさんの事」

「——、…………ッ!? す!? すすっ、すッ!?」

「こっちからも確認だけど。クエスト、依頼通りにやっていい? 見られたくないところ見られちゃって、一緒に居るのしんどいなら——」

「お」


 相変わらず、目は合わなかった。

 でも、彼女の震えは止まって、はっきりと言ってくれた。


「お願いします。どうぞ……ヨロシク、です」

「うん、よろしく。でさ、依頼は【一緒にお花見を】なんだし、かしこまったのはナシで。肩肘張らず、肩並べて楽しもう。目は合わなくても、おんなじ方を眺めてね」


 硬さもいくばくか取れた彼女が、柔らかな笑みを浮かべる。

 ……んん。

 いかんなあ。いきなりそんな顔されると、今度はこっちが緊張しちゃいますよ、ネリズエンさん。


  

   ■



 さて。

 持ち込みクエストは、ここからがまことの始まり。


 大樹学園校舎西棟、三階の多目的室からは、グラウンドがよく見える。

 授業に部活に、身体を動かす生徒たちを見守るように生えている、我が校のトレードマーク桜の世界樹は今日もドーンと悠然だ。


 百五十年前の創立と同時に植えられたそれは、世界樹としてはまだまだ小さな部類に入るが、桜としては立派も立派。この季節は休日にグラウンドの一部が一般開放される観光名所にだってなっている。

 開け放った窓から見える光景、入ってくる新鮮な空気は昼休みの多目的室を爽やかにし、弁当に伸ばす手も進む。


「桜の麓、満員御礼だねえ。上も上ですごいなあ、見下ろす桜の海は、ハーピーとか天使とかの有翼種や、乗竜部の特等席だ。でもこうやって、花を見て楽しむ皆の賑やかさまで含めた光景を味わうのも乙だ。これぞ世暦の味わいってかんじ。ネリズエンさん、いい趣味してるね」

「え、えへへ。側にいないからこそ見えるもの、味わえる楽しさって、ありますもんね」


 この頃になると、ネリズエンさんの舌の回りも幾分滑らかになってきている。互いの弁当のおかずを交換しあった効能ありと見た。ありがとばあちゃん! ナイス卵焼き!


「ボク、進学先を大樹学園に決めたのは、街を一望出来る丘の上の学園って、すっごく素敵だなって思……ん゛ん゛ん゛っ!」

「んんん?」


 何?

 今、和やかに桜を眺めている時のじゃない反応エモート出たね? 


 どうしたの、その、唇を噛み締めて眉をひそめたお顔。

 ……いや、深入りすまい。魔人特有のなにかが出ちゃった可能性は大いにある、ここは流すが吉と見た。


「——いいよね、大樹。学校は毎日通うトコだからさ、設備や学科に校風もだけど、立地で決めるってのも重要だ。好きでノレる環境にいるかどうかって、調子に出るもん」

「です、ですっ。そういう意味でも、ボク……この学校も、地球も好きなんです。もしできるなら、ずっとこの世界にいたいなあって思ってるくらいであ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーっ!」


 軌道修正の努力も爆散、何事かと周囲に怪しまれかねない奇声がふたたび飛び出す。

 いやどこから出たの今の絶叫。


「——っと、ぉ。……あっという間に、時間って、過ぎちゃう、か、ら……今この瞬間を、エンジョイ、です、よね。ぃへっ、ぬへへへへへ」


 ヌ゛ヂャァッとした笑顔と、思い切りが悪すぎるせいで握ったスイッチでも押そうとしているようなサムズアップが飛び出した。

 俺は「だよね」と平静に答えながらも、ある可能性について考える。


 表向きはクール、しかし実は人付き合いの苦手な彼女、ラグラグラミナ・ネリズエンさん。

 そのことを本人は気に病んでいて、隠しておきたい……だがしかし。それが、悪意ある誰かに知られてしまっていたとしたら?


 秘密を保つために、彼女は何らかの要求を飲ませられているのでは。

 そいつは無理な環境にネリズエンさんを送り込み、慌てふためきドジをしてしまった様を後から報告させて楽しもうとしている?


 ……いや。あるいは、黒幕は俺に恨みを持つ誰か、というのも有り得ないだろうか。

 多目的室で生徒男女が二人きり、ネリズエンさんに奇態を行わせ、それを元にスキャンダルを捏造し、新城千尋の失脚、社会的信用の失墜を画策する——なんということだ。

 ああ、思えば……俺をわざわざ花見に誘う、というのも奇妙な話ではないか。


「ネリズエンさん」

「…………、ぇはいっ!?」


 窓の外をじーっと眺めていた彼女が、慌てたように返事をする。——やはりだ。単に花見に夢中になっている、というには挙動がおかしい。


「もし、今何か、人には話しづらい、困りごとで悩んでるなら……改めて相談して、別件として依頼してほしい。そのクエスト、きっと解決してみせる」


 真剣な口調で、相手の深刻さに寄り添う本気で話した俺の言葉は、しかし。


「……んっ。……もうっ。——あぁっ、そうじゃないです、逆逆逆! ……くぁー、むぅぅ、ぬんっ! …………おっ! それ! それはイイ、ないす突貫っ! でも、推し職的にはいと複雑ぅ……!」


 うん、聞いちゃいませんぞコレ。

 すぐ隣にいる俺の声が届かないいほど、ネリズエンさんは窓の外に熱中している。身体は激しく揺れ、身振り手振りも混ざる。

 今彼女には、花見どころではない何事かが進行している。その推理はきっと正しい。ただ、何が起こっているのかが想像とは違うっぽい。その正体を探るべく、俺もネリズエンさんの横顔から窓の外へ視線を投げて——。


「————あ。あーあーあー。はいはい、はい」


 そっか。……もしかして、そういうコト?

 散らばっていた点と点が頭の中に結びつき……その推測の答え合わせに、ひとつ、カマをかけてみる。


「今の魔道士、惜しいね。いやでも、あんなマイナー条件で発動する戦士の食いしばりスキル、想定してろっていうほうが無理なんだけど。しっかし、よく最後まで隠してたなあ」


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