新たな指針、新たな依頼(メインヒロイン登場)
【弐】
二年前。
中学二年の春の終わり、新城千尋はある趣味から引退した。
それに合わせて、ぼんやり考えていた留学の出願もナシと決めた。
留学といえば、もちろん異世界留学だ。世暦では、異世界で過ごした経験、そこで培った技術や経験が未来の選択肢に直結することも多い。何より、公的な補助支援の元で異世界で暮らせるのは楽しく美味しい。一つの世界に立脚点を作った後の大人ほど、「もう一度味わいたいなあ! 今度はまた別の世界で過ごしたい!」とこの制度を羨ましがるとか。
さて、そういう状況であるので、地域からそのまま地元に進学希望は少数派。
当時の担任の熱血エルフ先生に相談したところ、『そっかー。で、第一志望は大樹? あーあー、いいとこだよねー、あそこ。校風とか設備の充実具合とか。うっし、そういうことなら推薦枠での合格目指そっか! 先生、爆・応援するよ!』とサムズアップして頂き、進路については目処がつく。
……ただ、その時言われた、もう一つの言葉。
『味わってやろうな! 留学しなかったからこその、地球での青春!』
これについては、しばらく処理に苦労した。その頃が丁度、時間の持てあましがピークだったもので。
青春の過ごしかた。
確かに、それは必要だった。
手持ち無沙汰でいると、考えないでいいことばかり考える。それに……俺の変化を察したあちゃんが、心配そうにしていたし。
——それまでの趣味に変わる、新しい活動。
考えて。
考えて。
考えつかないで、気分転換の散歩に出たある日。
立ち寄った図書館で、一冊の児童書が目に留まった。
それは、異世界の偉人を紹介する伝記で……世界間交流が始まったばかりの黎明期、二丁の銃とナイフを使い、異世界から自分の住む町へやってきた人々の間で起きるたくさんのトラブルを解決して慕われた、お人好しの物語。
格好良くて、暖かくて……小さなころに大好きだったけど。ずっと忘れていた話。
それを夢中になって読み終えた後、ひらめいた。
異世界交流が当たり前の時代。別々のものが境界を超えて交わる際、トラブルが生まれることや、そこでしか出来ないことへの需要がはままある。
なら。
俺も、彼みたいなことをしてみよう。
異世界渡航者絡みのお願いを解決する、そういう趣味を。
それがきっと、留学しないからこそ出来る、留まる側ならではの、青春の使い道だ——と。図書館からの帰り道、決心を固めた。
これが【クエスト請負人】のはじまり。
誰かの依頼を募って引き受ける。本文は清く正しい学生生活、動けるのはそれらを差っ引いた余暇で、神様ならぬ人間の手じゃあやれることなど知れたもの。
それでも、熱意と誠実で取り組んだ行動には反響があった。
始めたばかりの頃は信用もなく怪しまれるばかりだったが、コツコツ積み重ねた実績のおかげで、依頼人の口コミを経て知名度上昇信用獲得。今では『よっ、噂のクエスト請負人』『あなたに頼めば一安心』とお声がけ頂くこと多数。
これなら、留学から同級生が帰ってきた暁にも、負けない思い出を誇れるだろう。企業の面接とかでだってネタになること請け合いだ。『特に鍛えられたのは、初対面の人との会話ですね。急に声を掛けられても、ちょっとたまげる無理難題を振られても、焦らず迷わず相手の目を見てスムーズに応対出来るようになりましたよ。ほら、今みたいに!』ってね。
……うし。
前振り、こんなもんでいい?
「ん」
朝七時半過ぎの大樹学園昇降口。下駄箱に手を伸ばしかけていたところで、スマホにセンパイからのメッセージが届いた。
【今日は学校休む 連絡も見れない 悪い】
「……ありゃりゃ」
今朝は少し早めに登校し、センパイのクラスに直接お邪魔して依頼キャンセルの謝罪と事情の説明をするつもりだったのだけど……重要な話だから対面で、と思ったのが裏目に出た。
『了解です』と送ったメッセージにも既読がつかない。何か、手を離せない事態が発生したのだろう。異世界留学生絡みの何かか、それとも——例の、幻想闘祭荒らしについて、とか……。
「……あの後。無事に帰れたかな、彼女——」」
「おはようございます」
不意の声に、そちらを向いた。
そこにいたのは——どうやら、俺の登校を待機していたらしい、実に“高い”女子だった。
目の位置は俺の鎖骨あたり、頭頂まで含めても口元くらいではあるが、そこにオシャレなパーツをプラスで丈が増す。
角。
側頭から生じ、弧の軌跡を描いて上へ伸びる、地球人には無い身体部位。
こうしたものを生まれながらに持つ人間は、二種に大別される。
一つは、固さや鋭さなどで、それ自体が道具としての物理的役割を備える、獣人。
もう一つが、魔力に関する器官として有する、いわゆる魔人だ。
彼女が後者なのは、一目で……わかりすぎるほどわかったせいで、上履きを取り落とす。
「——どうも。おはようございます」
声が震えて恥ずかしい。上履きに足を突っ込みつつ、意識もしないで観察している。
流麗な朱の角に加え、肌は上品な
一般に魔人の三要素と言われる角・肌・眼、これらの揃った美には、世暦初めの頃、偉大な芸術家たちもこぞって魅了された。その中には日本の天才浮世絵師・
「え……っと。すみません、どちらさまで、何の御用?」
そんな相手が目の前にいきなり現れたとなれば、咄嗟にスムーズな応対が出来なかったりもする。こちとら、クエスト請負人以前に、普通で平均的な男子高校生だし。
「一年六組、ラグラグラミナ・ネリズエンです。今朝は、これをお渡ししたくて参りました、新城千尋さん」
慎ましく瞳を伏せながら、両の手で、たおやかに。
彼女が俺に渡そうとしているのは、便箋だった。
「こちら、受け取って頂けますでしょうか?」
「はい、承知」
両手で差し出された便箋を、手軽気軽に片手で受け取る。魔人さんはにこりと微笑み、「ご検討、よろしくお願いします」と一礼、颯爽と去っていった。
今しがた展開されたやりとりに、周囲は「青春だ……」「青春……」「見ちゃった、青春……」とざわついているが、ここではっきりと言っておきたい。誤解であると。
だって、ほら。
今しがた受け取った便箋の表に書かれていますのは、【御依頼書在中】の文字。
——まーね。
ちょっとドキっとしたのは、否定しきれないんですが。
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