きっかけキーワード



「う……うーん……」


 悩ましい。怪しさ判定ファンブルとはいえ、別にリアルタイム悪事の真っ最中でもなく……そもそも、俺は面倒ごとに首突っ込むのが好きというわけでなし。

 ほら。別に、勇者みたいな善の塊とか、そういう柄でもないからね。


「……よし。今回は、黒寄りのグレーってことで」


 推定無罪、推定無罪。今見たことは忘れましょう。それがきっと、互いのため。

 あっちに気付かれた感じもないので、俺はそのまま、再び前を——


 ——向こうとしたところで。

 路地裏にうずくまる不審者の肩が、身体が、小刻みに揺れているのに、気付いてしまった。


「あっ……ちゃあ」


 しまった、手遅れだ。

 俺は何も、手放しの善人じゃないけど。

 すぐそこでひとり泣いている誰かを見過ごして、今日一日をめでたしめでたしと締められるほど、図太くはない。


「あの。そこの人」


 前でも後ろでもない、横道の路地へ踏み込む。

 声と足音でこちらに気付いたお相手は、と尻で後ずさる怯えの様子で、ワケアリのディテールを、少し掴む。


「大丈夫。君が抱えてるトラブルとは、関係ないほうからの干渉ね。無関係も無関係、通りすがりの第三者。いぇい」


 近づき過ぎず、少し離れて……チラシの紙袋に開いている覗き穴の部分から、こちらがよく見えるよう屈み込む。警戒心を解くために、努めて笑顔、ピースもセットにつけちゃう。


「ねえ。なにかあった? もし手伝えることがあれば」


 一言、そう頼んでもらえたら——と、言いたかったんだが続かなかった。

 何故ならば。

 突如、紙袋さんが飛び掛かってきて、押し倒されたからです!


「うえっ、えええっ!?」


 不意を突かれた上に、距離が近過ぎて反応が間に合わなかった。

 なになに、もしかして俺マズった? 選択肢間違えた? バッドエンドで救済コーナー? 


「あ、あの……?」


 ふたたび対話を試みるも、返事がない。紙袋の覗き穴はなんだか制服の胸元辺りをロックオン中で、漏れ聞こえる吐息も鼻息も荒い荒い。


「こ。ここここ、これっ、このステッカー……しょしょっしょっしょっ、初期のヴィンテージモデル……! すっごいよぉほんものだよぉ、この目に映ってるぅ……!」


 紙袋頭怒涛の早口が、紙袋の奥から漏れだす。——この声の感じ、若くて、女性?

 そう推測が浮かんだところで、状況は更なる介入……第三者の叫び声でかき乱された。


「ああぁっ! い、いたぁぁぁぁっ!」


 押し倒されての逆視界で路地の入り口に見えたのは、驚愕の表情を浮かべている、俺と同年代くらいの若者たち四人組だった。

 ……というか、なんか、見覚えあるね。

 それもついさっき——喫茶店で……直ではなくて、画面越しに。


「こ……こいつッ! ついにやったなッ! やはりそれが本性か!」

「ついに無関係の一般人にまで手を! レッドアラート! レッドアラート!」

「そこの人、安心して! すぐに助けますからね!」


 場所が狭い路地、かつ人質アリの構図なため、迂闊に近づけないのだろう。若者たちは目を合わせて頷きあった後、二人が入ってきて、もう二人は左右に分かれ——ああ、逆側の出口に回り込もうとしてるね。うん、連携がちゃんとしてる。


 一方こちらはディスコミュニケーション。

 紙袋頭は自分が騒いだせいで見つかったこととか、そもそも声をかけてきた相手に何をやらかしていたかに気付いたらしい。多分、チラシ袋の下に隠した顔面を蒼白にして震えていた。

 これならば、跳ね飛ばして退かせるのも、離れるのも、後の手筈をお任せするのも容易い。


 ……それは、全部わかっていたのに。

 その、弱々しい仕草とか。追い詰めれている様子とか——負けている雰囲気、とかが。

 もうずっと使っていなかった心の部分を刺激して、こんなふうに口が滑った。


「ねえ。もし、まだ何かやり残しがあって、このままじゃ納得できないなら、こう言って。助けて、って」


 やってくる入り口の連中には、聞き取れない程度の声での呟き。紙袋頭は、当然、わけのわからないことを言われた、という反応だった。

 それでも、そいつは言った。

 小さな声で、かすかに。


「…………たす、けて」

「依頼、了解。じゃあこうしよう」


 腹に力を入れる。次の一瞬の準備を、誰より早く、知られることなく、先行して整える。


「今から俺、逃げるから。もし追いつけたら……このステッカー、あげる」


 呟いた瞬間、俺は紙袋頭を退かすように跳ね起き、入ったきたのとは逆へ走り出す。通りへ抜けるところで、回り込もうとしていた二人とすれ違う。


「ええ!? あなた——っわぁっ!?」

「とぅおぉぉっ!?」


 困惑する二人、男女のコンビは、次いで現れたもう一人にぶっ飛ばされた。

 見よ。それはダッシュで駆け抜ける、百点満点の不審者、ペーパーバッグジャージマン。そいつは物欲という最高のエネルギーを馬力へ変換し、全力疾走で俺を追う。


「ステステステステステステステステステステステステステッカぁーッ! ブルーバイトの、最初期ヴィンテージモデルぅぅぅぅぅぅぅ!」


 活気に賑わう橙色の商店街、空腹いざなう惣菜の匂いを感じながら駆け抜ける。一日の終わりの太陽を映す河を越えて鉄橋を渡る電車の音を耳に受けながら、タンポポの咲く堤防の道を行く。

 なんて爽やかな、春めくランニング・ロケーション。すれ違う人も、若者よ青春ガンバレと応援したくなること必至。

 この状況に、背後から迫る怪人さえなければね!


「うおおおおおおおおおおッ! 絶・対・逃がしませんからぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわあああああああああッ! 言っとくけど! さっきの条件、【生死を問わず】じゃないからねええええええッ!?」


 世暦の夕暮れ。

 日本の夕暮れ。

 陽春の夕暮れ。

 新城千尋は今、謎の巨頭紙袋女と、小学生でもここまではすまいという必死さで、全力の鬼ごっこをしております。


 ——いやあ。マジでなぁにやってんでしょうかねえ、俺。

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元・最恐引退プレイヤー、今度は勝ちより大事なものの為に見る専【魔王】とパーティを組む 殻半ひよこ @Racca

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