戦士・魔導士・能芸士


   ■



 世暦のはじまり、異世界交流黎明期。

 地球でも新時代への融和と調整が進んでいたが、その中にとある障壁があった。


【世界観】の違いで生じる文化摩擦、いわゆるワールドギャップの代表格が、である。


 異世界と繋がって初めて判明した事実だが、俺たちの地球は、よそでは当たり前に使われる魔法概念がほとんど未発達という非常に稀かつマイノリティな状況の、隔絶が故の奇抜な発展を遂げたガラパゴスだったのだ。

 その手の神秘に馴染みがないのは仕方がないにせよ、どころかまずいことに「なにそれ知らん、こっわ……」と怯えて忌避さえしてしまいかけたから、さあ大変。


 この巨大な意識の違いを放置していては、押し寄せる時代の波に乗り遅れるどころか、異世界人との間にも大きな軋轢を生んでしまう。

 早急に対処せねばならない課題に対し、ある神が、こんな提案をしたという。



むずかしゅう考えるこたナイんじゃな。知らん解らんが悩みの種、そんならば、知って分かりゃあ一件落着!

 さぁてさて、そんじゃあ作るとしましょうか。天の連中根の連中、よろず総出でこしらえようや。ああそうそう、人の知恵も借りまくろうぜ。うちの世界のあいつらときたら、“この世を楽しむ”ってことに関しちゃあ神々よりも神だかんな!』



 かくして地球の神々は、その権能をもって、遠い別常識に慣れ親しむ為の【異世界体験】が行える“場”と“決め事”を作り上げた。

 それは、この世で最も大掛かりな神業かみわざによる『ごっこ遊び』であり、人々がなりきって体感するのは、以下の三つにプラス一つの枠組みだ。


 異世界人の肉体を体感できる武力の体現者——【戦士】。

 異世界観の法則が再現できる魔力の所有者——【魔道士】。

 異世界上の活動を実践できる助力の専門者——【能芸士】。


 ……あと。

 ちょっとした例外、特別職——【王様】。

 プレイヤーは神秘をその身で堪能し、異世界の常識を身につける。その中で、使いながら競えばより理解が深まる、という流れが自然発生的に生まれ——

 ——これこそが、今日も親しまれる競技の原点となった。


 そう。

 神・人合作の『ごっこ遊び』は、『学習できたし卒業しましょ』でやめられないほど——ちょっとのだ。


 星の数ほどある世界で、周回遅れも甚だしい神秘後進の地球勢が、しかしアタマひとつ抜けてた特徴といえば――なんといっても、“面白い遊びを生み出す素質”であり。

 この発明もまた、地球代表作のうちひとつ。


 異世界間交流を円滑に進めるための研修は、あっという間に用途を超えて広まった。

 拡大の中でルールを調整、本場の意見も取り込み洗練、元から神秘のある異世界にも逆輸入され大ブーム、それを活計たつきとするプロリーグが発足。


 それで現代、世歴三世紀。

 神様パワーで生成された特別な舞台フィールドで、ジョブごとに持つ特色と、選んだ四つのスキルを持って戦う、地球生まれの遊戯にしてバトルスポーツ……【幻想闘祭ファンタフェスタ】は、数々の世界・種族を跨ぐ、超世界的大人気競技となったのでありましたとさ。

 めでたし、めでたし。


「めでたい春先から水差しやがる、忌々しい話だ」


 茶請けの炒り小魚をボリボリやりながら、センパイが事件の詳細を語る。

 つい先日、四月の頭ほどから、大樹市の野良幻想闘祭ファンフェスの場に、妙な人物が出没するようになった。

 それは決まって、その時の試合で負けたパーティに密かに接触し、こんな事を言う——


『悔しいだろう。楽しくないだろう。ねえ、君たちを、勝てるようにしてあげようか』


「うわぁ。それはそれは、なんというか、百点満点な」

「怪しさカンストだカンスト。持ちかける自体、相手をバカにしてるみてえな誘いだよ。ガキでも引っかかりゃあしねえ」


 最初に被害に遭ったのは、近所の幼馴染で組んだ小学生の仲良しパーティ。

 彼らは『だいじょうぶです! へいきなので!』とおりこうに誘いを跳ね除けるも、野放しなままの不審者の方はこれを皮切りに、同じ行為を繰り返しだす。

 敗者への接触と、勝ちへの誘いを。


「幸い、まだ乗ったって話は聞いてねえが、今のうちはってだけだ。このまま活動が続いて噂がデカくなりゃ……マジに縋っちまう連中、面白半分で受ける奴も出かねん」


 この世に魔法はあるが詐欺もある。

 そもそも、ウマい話には裏がある。

 善意に見えるものが本当に善意か、それで誰がどう幸せになるのか——安易に受け取ってはならないプレゼントが、どこの世界でもまあ多いこと。


「新城。改めて言うが、こいつがオレの依頼だ。厄介事が起こる前に不審者をふん捕まえたいんだが、お前には探し当てる手伝いをして欲しい。何分、そいつぁ正体不明でな」

「正体不明……?」

「ああ。それがなきゃあ、ハナから公権力に頼ってる。顔も姿もマトモに映ってる資料……証拠がまるでねえんだよ。おかげでまだ、都市伝説みたいなもんなんだ」


「なんですかそれ。犯人は、幽霊とか吸血鬼とかってこと?」

「いや。鏡に映らねえ写真に撮れねえ、そういう奴らとはなんつうか、毛色が違う。本人も自覚してんだろうな、うまく努力してやってやがってよ。笑うぜ。笑い事じゃあねえが」


 小皿の小魚があっという間に枯渇する。皿まで噛み砕かないかヒヤヒヤした。


「そんなもんで、人相を手がかりにした人探しも不可。目下必要なのは、現行犯で取っ捕まえる為の人手でな。手前は街中のバトル見回って、標的に出くわしたら連絡入れろや。は俺がもらうって話を、ここいらの連中にはもう通してある」


 言葉は荒く、表情は厳つく、裂いた口から覗く鋸の歯はいかにも恐い。

 だが、その態度から透けて見えるのは、徹底して他を助く意志。微塵たりとも私欲が見えず、協力してもらおうとしている相手にも、本気で気遣って配慮していた。


「頼む、新城。手前の力が必要だ」


 ……あー、やばい。

 それ反則です。俺特攻、刺さりました。


「——それを言われちゃったらね。この依頼、」


 受けますよ、と答えようとした矢先、勢いよくセンパイが立ち上がった。

 感動のあまりのリアクション……とかでは、どうもない。その目は他所に向いている。


「……センパイ?」


 目線の先は店内モニター、河川敷での試合を間接的に映していた配信画面だった。

 決着がついた後、バトルを移す中空の窓が消えた後も撮り続けていたようだけど、通信環境が悪いのか、先ほどは鮮明だった画面がひどく乱れていて……。


「奴だ。出やがった」

「え?」

「悪ィな新城、オレぁ行く! 手が要るかはまた連絡するが、準備はしねえで待っとけ! どうせ今回で首根っこひっ捕まえるからよ!」


 言うが早いが、センパイは喫茶店を飛び出していく。巨躯でありながら見惚れる素早さ、何より、即断即決の行動力。泳ぎ方を迷わぬ魚のよう。

 ……で。

 俺は、言いそびれた言葉、動き出そうとしたエネルギーが、持て余されてモニョモニョと。


「おまたせしました。カプチーノとアトランティスパフェでございます」


 呆気に取られていた俺の目の前に、センパイと同じ鯱人の女性、桜色と白の身体をしたウェイトレスさんが注文を運んできた。ふんわりとした泡立ちミルクの質感が優しいカプチーノと、ソーダ色のソースに水色のクリームがいかにも涼し気なアイスデザート、わあ、これは一目でアタリ確定……! じゃなくて。


「あの。俺、頼んだの、カプチーノだけです。いえ、お店の前の看板で見た瞬間から一目惚れではあったんですけど、ちょっと今金欠で」

「そちらは坊のおごりです。こちらが伝言。『新城ォ、ここに来たらアトラン食わねェはねェ。依頼に代金取らねえのは知ってるが、ウチの店の宣伝だと思って食っとけや』だそうで。どうぞ、かっこつけに付き合ってやってください」


 モノマネは結構似てた。

 感謝しつつ、頂きます。うっすセンパイ、ゴチになります。


「……うわ、うんまっ」


 じっくりゆっくり味わいながら、ふと、再びモニターを見る。

 そこに映る映像は、河川敷から移動して、違う現場のバトルを映している。


 学校や仕事が一段落する夕方以降こそ、幻想闘祭のゴールデン・タイム。野良を探せば当たる棒には事欠かず、千変万化の試合模様を見物することができるだろう。


 もう、映像は荒れていない。

 青年と壮年の剣士二人が、年齢も職業も種族も出身世界も超えて、楽しそうに戦っている。

 ……目を瞬いて、立ち上がり、入口のレジで呼び鈴を鳴らした。


「はいはい。なんでしょーかね、お客様」


 応対してくれたのは店長さんだった。鯱のアップリケが入ったエプロンを纏った、これまた鯱人の女性。さっきのウェイトレスさんのお母さんってかんじかな。


「お会計なら大丈夫だよ。さっきヒッショリノ……っとと、ムスメが言ったでしょ?」

「そうなんですけど。これは伝えておきたくて」

「うん?」

「ごちそうさまでした。カプチーノも、パフェも、すごくおいしかったです。また来させていたできます」


 鯱人のお姉さんが、大きく口を開けて笑った。


「そっかそっか。話はケンから聞いてたし、本人はどういう子かと思ってたけど……なんだ。普通にいい子じゃん、きみ」


 店長さんがすっと手を伸ばし、俺の制服の胸元に、とんと触れる。


「おばちゃん、お節介しときたくなっちゃった」


 視線を落とす。

 店長さんに触れられたそこには、エプロンのアップリケと同じ鯱のデザインを使った、魔力由来の優しい素材で貼って剥がせるステッカー。


「……ちょ。え、これって」

「おっと。そういう表情になるってことは、きみ、それの意味もわかってるんだな。ま、いいから取っとけ取っとけ」


 ニヤリと笑う店長さんに、肩をぽんと叩かれる。


「それ、次から持ってくれば——ま、忘れてきてもあたしがその顔覚えたんで、お会計から10パーオフ。いつでも気軽に遊びにきな。あいつも絶対喜ぶわ。ああ見えて、強がりで寂しがりの子供なんでよ」

「へえ。そりゃあ良いこと聞いちゃいました。俺とおんなじだ」


 喫茶店を出て、ふいに、陽が沈んでいくほうを見る。

 あの河川敷がある方角。センパイが向かったであろう先。


「あー……今回、もらうばっかりしちゃったなあ」


 受けてばかりは気が引ける。この埋め合わせは、別の形できっとしよう。

 今はとりあえず、今できることを。


「神様。どうかこの一件、うまーくまるーく収まりますように」


 西向け西、センパイが向かった件の河川敷の方角に向け、礼を二回、拍手かしわで二つ、もいっちょ礼。

 神頼み、聞いてもらえる時は、結構聞いてもらえるもんだし。やっといて損はないよね。


「——うし。帰るか」


 意図せず時間が空いてしまったが、今からでは流石に、新しい依頼を詰め込むには時間が足りない。ウチに厳密な門限は無いけど、あんま遅くなるとばあちゃんが心配するし。……うん、だったらいっそ、久しぶりにたっぷりばあちゃん孝行しよう。店番を代わるもよし、肩たたきをするもよしだ。……前みたいに洞掃除ほらそうじができればそれがよかったんだけど、こればっかりは、申し訳ない。


 そうしてぐるり踵を返し、踏み出すのは河川敷とは逆の側。

 一歩を踏み出し、ふと目をやった路地裏に、変なのがうずくまっていた。


「…………え?」


 異世界交流世暦時代、多種多様な外見的特徴を持つ種族が行き交う現代では、外側だけで人を判断するのはナンセンス。

 とはいえ、その。何事にも例外っつーか。


 無数のチラシを張り合わせて作られた特大特製紙袋をスッポリ被ったシュール極まるクソデカ頭のシルエット、プラスジャージ姿で手袋つけて一切肌も露出してない人物は、ハイ、世暦基準でもバリ怪異です。


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