1章/君を誘って、お祭りに

大樹高校一年二組、クエスト請負人、新城千尋



【壱】



 みなさんおなじみ、春白昼の逃走劇のきっかけは、その日に受けた依頼から。

 いつかどこかで語りたいね、この縁結びエピソード。 


   ■



「よお。新城千尋しんじょうちひろはいるか」


 四月中ごろ、校庭の桜の世界樹も鮮やかな大樹学園一年二組の昼休み。突然の来訪者にクラス中が息を呑んだ。

 軽く身を屈めねば入り口をくぐれないほどの長身。鋭い眼差しの下、両頬に流れる三段の赤い線。口元から覗くトゲギザの乱杭歯。そして、一本の体毛もない、海陸両生人種・鯱人オルカント特有のつややかな肌。


 ……とかはともかく。

 頭部に立派なヒレを持つ男子生徒の制服ブレザーには、出身世界を示す徽章と、何より、三年生センパイの証のバッジがついている。

 うん。下級生のクラスに、いきなり上級生が来たら緊張するよね。


「今はヨソにでも行ってるか? 昼飯もゆっくり食えねえのか、アイツは」

「いえ。この時間はきっちり休む主義なんです、俺」


 口に運ぼうとしていた卵焼きを弁当箱に戻し、箸を置いて声をかける。


「ばあちゃんが早起きしてこさえてくれる弁当。食い損ねたりなんかしたら、罰当たりすぎて泣けちゃうんで」


 こっちを見たセンパイが一瞬、虚をつかれたような、思わぬものを見たように停止して——それから、満面に愉快を湛えてニィッと笑う。

 身長が大きく歩幅も広く、進路の生徒は揃って道を開け、ずんずんこっちへやってきた。


「お前が新城千尋ってか。冗談じゃねえ。面白え」

「マジですよ。ほら証拠」


 端末を取り出し、生徒手帳アプリを起動。

 表示される学年クラスに学籍番号、フルネームとバストショットと所属世界、そして何より、このデータにアクセス出来たという事実そのものが俺の身分を裏打ちする。


「どこにでもいる一年坊に何の御用でしょうか、留学生のセンパイ」

「三年のヴォルケンノタス・アバドだ。それに、違うぜ」

「はい?」

「足りねえ足りねえ、どうでもいいことしか書いてねえ。オレが用事があンのはな——例の、だ」

「あー。やっぱり、そっちですよね?」


 薄々、いや、初手から予想ついてました、ハイ。


「放課後ツラ貸せ。テメエに依頼だ。断らねえよな? そういう主義って聞いてるぜ」

「勿論。でも、ちょっと遅れて構いません? 今日は先約が二件入ってて」

 

 制服の内ポケットからメモを取り出し確認する。


「モンスター美術部から人間デッサンモデルを頼みたいって依頼、霊体同好会の『春の無断憑依注意キャンペーン』お手伝いの依頼の後で合流します。今日は午後が一限だから身体が空くのは三時半頃の見込みですが、よろしいですか?」

「さすが御多忙人気者。構わねェよ、茶ぁしばいて待ってらぁ」

「OK。じゃ、その前に軽く内容のヒアリングをやっておきましょう。そうそう、もしまた次の機会がありましたら、その時は是非、こちらのアドレスから。公式サイトの依頼フォームより御連絡をどうぞ。そっちのほうが何かとスムーズに運びますんでね」


 胸ポケットの名刺入れから取り出したそれを一枚渡す。

 そこには公式サイトやメールアドレス、QRコードに添えて、このように書いてある。



【困りごと 頼みごと 悩みごとの解決クエスト承ります

 異世界人案件御優待 地球にようこそ お気軽にどうぞ


                            大樹学園一年二組 新城千尋


                   ※ばあちゃんに叱られそうなのはお断りします】



「——ハッ。成程ね。ま、今回は直で口説かせてもらうぜ」


 机に手を突き、顔を寄せ。

 先輩は、実にそそる文句を口にした。


「狩りに付き合え。この町に今、妙な奴が現れてる」



   ■



 むかーし、むかし。この星、この世界の、現代これまでのあらすじ。

 ある時突然、人々の前に、たっくさんの神様が御姿をあらわしなさったとさ。


 各地の神話伝説で語られる大いなる存在があんまりあっけなく実在を証明したのもさることながら、地球誕生以来最大の事件に於ける要点とは、異類同郷の神々が揃って放ったその一言であった。

 以下、意訳。

 

『えー。他所の管轄の神々と話し合いました結果、そろそろ大丈夫でしょ、つか今しかねえっしょってことで、このたび、異世界とのコラボが解禁されることになりました!

 そんなわけでドゾよろしく。あ、そうそう! これからは神も普通に地上に降りるんで、気軽に絡んで遊んでつるんで、ぜひぜひ仲良くしてやってね⭐︎』


 かくして、新時代のはじまりはじまり。

 神々降臨×異世界交流、人類が想像だにしていなかったトンデモファンタジーは、特別から普通になっていった。


 それが、世暦せいれき三百年代の地球。

 人々と神々の築いた現代日本に生きる平凡な高校生——俺、私立大樹学園一年生新城千尋も、こんな時代だからこそできる楽しみ方で、日々ゴキゲンな青春を送っているのでしたとさ。

 めでたし、めでたし。


「どもー。お待たせしました、センパイ」


 放課後。先約の依頼を片した後、指定された待ち合わせ場所に訪れた。

 四方の壁一面と床には海の水面、天井には吸い込まれそうな空が描かれた、わかりやすく両生種族の方々の郷愁に狙いを絞った喫茶店【おーしゃんびゅう】。その窓際席でスマホをいじっていた鯱人が顔をあげ、アイスコーヒーの氷をガリっと噛み砕いた。


「よォ。待ちくたびれたぜ、解決屋」

「おっ。そりゃこっちの台詞ですよ」


 先の昼休み、話はいいところで中断していた。

 明らかにタダゴトではない導入部に、こっちも「なんですかそれめちゃ面白そうじゃないっすか」と目を輝かせて身を乗り出したのだが、先輩に急な連絡と用事が入り、続きは後ほど放課後に合流してからという運びになり、正直午後の授業の間中そわそわしてました。


「まず、お預けだった詳細から聞いてもいいですかね」 


 待ちきれず本題に入ろうとした時、店内でワッと歓声が上がった。


『おーーーーっとォ! ここで動いたぞ、Aパーティの戦士!』


 その声は、店内の巨大なモニターから。実況に釣られて思わずそちらを見る。

 映し出されているのは、ネット配信の画面だ。左側にはリアルタイム映像、右側には流れていくコメント枠。多世界を股にかける動画配信サイトお馴染みのレイアウト、配信者は【喫茶おーしゃんびゅう・闘祭突撃探訪班】とある。


『速い速い、しかも硬いッ! 溜め込んでいたバフはこの為に! これはまるで、そうっ! あの勇者にも迫らんばかりの一人舞台ッ!』


「はは、すっごい持ち上げ。しっかし、こういうことやってる店——闘祭カフェも廃れませんねえ。そこらの野良試合まで取材に行って観戦とか、熱意だなあ」


 映像は、川と川を渡す大橋の上からのアングル。大勢が座り込む河川敷……その上の中空に現れた大きな投影の窓に映る光景を更に撮影し、この喫茶店へミラー中継されている。

 窓の中では、剣を構え鎧を纏った少年が、無人の商店街を突っ走り、ローブを羽織り杖を持った四人の陣営に迫っていた。


 ちらりとセンパイを見たところ、画面を真剣な眼差しで見つめている。

 気になるよね、そりゃ。

 この人はずっと、そっちの側だし。


「大々的に放送される、プロの闘いばっかが全てじゃねえさ。ストリートには、トロフィーをくださる公式の舞台とは違った醍醐味があっからな」

「将来有望な若手でも発見して、デビュー前から推すとか?」

「それもアリだな。でもよ、やっぱりってのが一番だろ」


 センパイの目が、その歯と同じぐらいに鋭く尖り、画面の中のプレイヤーを睨みつける。


「怪物は何も、皆が知る場所にいるとは限らねえ。深い海の底、クレバスの奥の奥へ潜むみてえに、ひっそりと活動してるかもしれねえのさ。例えばあの、【サウザ

「ああぁぁーーーーーーっ!」


 隣のテーブルからあがった叫びが、センパイの呟きを掻き消す。

 画面では、後方からの支援を受けた剣士が魔法で貼られた弾幕を掻い潜り、ついに敵方の結界までも突破していた。


 拮抗は解け、戦況は決し、勝負は決着へなだれていく。

 河川敷で観戦していた人たちがわかりやすい身振りで感情を示し、店内でもそこかしこのテーブルで同一の話題が交差した。 


「押されたら一変だったねえ。構成が仕方ないとはいえ」「魔法偏重はなー。強みと弱みがハッキリしすぎてて」「やっぱ戦戦魔能せんせんまのうが黄金。大抵の相手に互角取れるのは分厚い」「いやいや待って。安定は安定だけど、マップと噛み合った時の爆発力も考えたくない? 今回だってさ、もうちょい自然よりの地形引いてたらどう?」「あ〜〜これかんっぺき他人事じゃないわ〜。ウチも耐久できる前衛タンク欲し〜!」


 画面の向こうとこちら側が空間を超えて連動し、愉快なお祭り騒ぎが伝播する。

 そんな中で、センパイの表情だけは違った。


「話戻すか。いや、これはこれで本筋へ合流だな」


 表情ついでに声色も違う。面倒と不愉快の混じった溜息が、勢いよく吐き出された。


「荒らされてンのは、あの祭りだ。この町の幻想闘祭に、上等くれてる阿呆がいんだよ」


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