元・最恐引退プレイヤー、今度は勝ちより大事なものの為に見る専【魔王】とパーティを組む

殻半ひよこ

プロローグ/さよならファンタフェスタ

[勇者]を殺した春の夜



 標的位置を足音にて把握。機会絶好、のがすにあたわず。

 行こう。

 3、2、1——突入エンゲージ

 

 外側から猛烈な蹴りを受けた大教会天窓のステンドグラスが悲鳴をあげて砕け散る。宙を舞う極彩色の硝子片が素材の魔力と干渉し眩い光の乱反射を発生させ、狙い通りの目くらましとなった。

 狙いは撹乱と急接近。音と光に乗じ天井の穴から落ちる勢いのまま敵の懐へ、ナイフを構えて襲いかかっていく。


 技能適用全項目スキルアクティブフルセット

 最高速度を最短距離で。会敵時からアクセル全開、ギアは最大へ上がっている。

 助走というならば対戦成立から今日までの時間。

 準備というならば積み重ねてきた戦歴のすべて。


 そう。誰もが知るRPGみたく。実感している御約束ごとそのままに。

 準備万端に育った[勇者]は、勝つのが決まりで、倒せない。


 だから。

 千と数える勝利と屍、それらが爆ぜる燃焼加速先手翻弄をもってして、英雄譚を踏み躙る。


「————こわい、ひと」


 ふと。相手が、誰にともなく呟いた。今際の際の最中さなかにあって優雅の極み、声はかざ鳴る鈴音すずおとが如し。

 なんて恐ろしい相手だろう。

 全くの不意打ちでトラックが突っ込んできたような事態にも関わらず、そこには一部の動揺も見受けられず、パフォーマンスには一切の揺らぎがない。


 躍動する全身に追従する長い髪の艶、精密に操作される四肢のしなやかさは、魅力の塊だ。前提知識に基づく理屈の介助を必要としない、獣であっても見惚れずにはいられないであろう原初の美。


 ああ、本当に、おっかない。

 強さとは美しさ。

 美しさとは恐ろしさ。

 常日頃観客に無尽の歓声で讃えられる有様は、対峙する相手にとっては悪夢そのもの。『素晴らしいもの』からそれだけのわざを向けられる時、気分はさながら悪役で、罪深ささえ抱かずにはいられまい。【自らは悪である】と思ってしまう萎縮こそ、四種のスキルの外側の、自己嫌悪セルフデバフと言えるだろう。

 

 まあ、俺には関係ないのだけれど。

 こっちにはこっちの事情があるし。


 不意打ちに動じなかろうと問題はない。問題は下準備があったかないか、その一点。先行優位の利点を活かし、細かく細かく削りを重ね、八百と五十二手目で振り切る。掴んだペースを離さずに、対応が完成する前に、リードを広げて置き去りに。


 一殺ヒット退避アウェイ隠密ハイド


             二殺ヒット退避アウェイ隠密ハイド


                        三殺ヒット退避アウェイ隠密ハイド


 リスキルを三度重ねてフルカウント。最も重要で最もかたい四度目の正直は、再び頭上から強襲した。

 上方への迎撃に命の九割九分を差し出す。左の横腹から入った刃で右肩までを通り抜けられながら、残った左肩と上半身で相手へ取り付く。


 真正面、吐息さえ感じる距離で、ようやく現れてくれた、相手の目に浮かぶ揺らぎを見た。

 その理由は二つ、かな。

 一つは、これまでずっと右手で振るっていた短剣を、俺が口に咥えていたこと。

 二つは、致死ダメージを受けているにもかからわず行動する俺が、どんなインチキを仕込んでいたのか察したこと。


[能芸士/暗殺者アサシン]のスキル、[簒奪悪食イートミート]。

 トドメの一撃ラストアタックを行った相手から、何かを剥ぎ取り奪い取る能力で——俺が生命力いのちに足しを作っていたのは、今回の闘いでずっと、執拗に、相手の攻撃を受けないようにした後の、最後の最後で“あえて食らう”という選択肢を隠し通すため。こんな事でもしない限り、通常の正攻法では、何人精鋭揃えたところでこの相手には勝てないから。


 ああ。うまくいってよかった。

 これも、みんなのおかげで、みんなのためだ。


「君は、本当に……勝つためなら何でもやるのですね。千様せんようさん」


 口にナイフを咥えているので、喋りたくても喋れない。けれど遺言を蔑ろにするのはノーマナー。せめてもの誠意ある笑顔で、可能な限り届けと祈って言葉を心の中で紡ぐ。


 ——ごめんね。だって、あなたがこわいからさ。


 そう思い浮かべたゼロ秒後、左手で掴んだ相手の髪を思い切り後ろに引っ張って喉笛を露わにし、こちらは口に咥えた刃ごと、思い切り首を回した。


 ボールがぽんと、飛んで転がる。

 俺の消失より僅かに早く相手の敗北が確定する。

 

 つまり、どういうことか。

 そう、みんな大喜び間違いなしの大勝利、大番狂せの大金星である。

 五体満足で大教会から地球上に戻った俺は、一足先に帰還していて待っていた仲間たちに、心から喜びを分かち合おうと笑って言う。


「やったよ、勝った! みんなのおかげだ! 俺たち、全員で掴んだ勝利だ!」


 それから、揃って話をした。

 勝負の後の、これからの、その先のための時間。

 内容は、

 


   ■



 内容は、


『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎。◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎?』

『◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎。◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』


 耳に、頭にこびりついて、きっと一生、忘れない。



   ■



 話が終わった。

 太陽が去っている。


 勇者も神様もいつの間にかいない。夕焼けを見た覚えもないのに、見上げた先は夜の空。

 目を逸らしたのは、居たたまれなかったから。

 くっきりと瞬く星の光、その連なりが——側にあって、隣り合って、手を繋いでいるみたいな星座の様が、眩し過ぎて直視できない。


 帰らなきゃ、と今更思う。

 独り、とぼとぼ、歩き出す。


 アスファルトに散り落ちた桜の花を踏みながら行く帰り道、いくつもがある。エルフ、竜人、精霊、妖精、闘志と笑顔。そっちでもあっちでも開かれている窓、たくさんのお祭り。今まではワクワクして近づいたもの。今夜からは、彼方の星より遠いもの。

 

 歩き、すれ違い、通り過ぎる。

 歓声が聞こえる。目を逸らす。耳は塞げない。

 今回は特にうまく行った、と喜ぶ声があって、不意に、感触が蘇る。


 ほんの数時間前に体験した、人生最高の五分間。

 積み上げてきたすべてが意味を持ち、余すことなく発揮された全霊で、俺のこの手は確かに、ああ、誰もが愛する人気者の、その首を飛ばしたんだ。 


 嬉しくて。嬉しくて。

 楽しくて。楽しくて。

 知らなかった。

 それが、喜んではいけないことだったなんて。


「——ええと、そうだ」


 信号待ちをしている時。神様を恨めばいいのかな、と頭によぎった。

 自分の身に起きたこと。こうなってしまったこと。

 誰が悪いというならば、こんな運命を自分に与えた奴が悪い。そんなものに生まれつかせたのが酷い。

 凄いくせに。偉いくせに、もったいぶって人を助けてくれない、神様がいけない。


 そうだ。そうじゃあないか。それがわかってよかった。これならすっきりだ。

 よし。じゃあいっそ、これからは、そういうのを初めて見るのもいいかもしれない。

 どうせ、もう祭りに混ざれないなら。祭りに纏わる何もかも。その向こうにいる神様ごと。

 こっちから、嫌いになってしまおう。恨んでしまおう。憎んでしまおう。徹底的に。


 俺は、自分が嫌われ者だと、知ってしまったし。

 しでかしてしまったことに、取り返しなど、つかないのだから——


「おかえり、千尋ちひろ


 ——そんな決意、藁の家。

 玄関の前で、俺の帰りをずっと待ってくれていたその人……細く儚げな小柄の、水草色の髪の、着物を着た童女の、寒さで赤くなった頬を見た瞬間、跡形もなく消し飛んでしまう。

 

 神様否定の大悪党とか。

 なってたまるか、そんなもん。


「手、冷たいねえ。お風呂、すぐあっためなおそ。ゆっくり浸かって、お休まり。ごはん用意して待っとるよ。話したいことあったら、なんぼでも聞くからねえ」

「……うん。ありがとう、ばあちゃん」


 かくして、闇堕ち、此処にならず。何年振りかにわんわん泣いて、久しぶりに一緒に寝た。

 次の朝、起きてまず一番に、机の上に投げ出されたエンブレムが目についたのだけど。

 ついに自分を表す存在すら描かなかった、何の絵柄もない無地の表面が——中学二年、十四歳の自分そのもののようで、笑えてしまった。



   ■



 ——そんなふうに笑うしかなかった、あの朝の俺へ。

 ハローハロー。こちら二年後、高校一年の新城千尋。


 背、中々成長しなくて不安だったけどちゃんと伸びたぜ。もう少しで170だ。

 表情柔らかくなったろ、髪も短くしてて驚いたか? 正体隠すために伸ばしがちだった髪型含めて、イメチェンには努力したんだ、褒めてくれ。

 大樹学園の制服、似合ってるよな? 明るい桜の差し色の、ブレザータイプがいかしてる。


 まあ、要するにだな。

 落花を踏み締めたあの帰り道も今や久しく、これからやることもわからなくなっていた君に一言、「安心しな」と伝えたいのさ。

 胸にぽっかり空いた喪失感は、決して軽くなかったけれど……君は立派に立ち直るし、いつまでも、手持ち無沙汰な放課後なんて過ごさないんだ。


 ほら、ごらん。

 爽やかに晴れ渡った春の夕暮れ、特売セールを満喫したオークの奥様やジョギング中のケンタウロス男子が行く川沿いの道を俺が、未来の君が駆けていくよ。

 ほら、なんてひたむきな顔。これこそまさに全速力、心の底から一生懸命さ。


 どうしてかな? なんでだろうね?

 その答えは、あちらをどうぞ。


「うおおおおおおおあああああああああああっ! 逃ぃぃぃがぁぁぁぁすうううぅぅぅかぁあぁああああああぁっ!」


 はい、追われているからです。

 それは、様々な店のチラシをツギハギにして作った異様にでかいお手製紙袋を頭にかぶった、身長2メートル近いジャージ姿の何者か。その圧はまさしく鬼気迫るという他なく、通りすがったゴブリンの童女は摘んだばかりのタンポポの束を落としてギャン泣き、すれ違った誰も彼もがすわ何事かと振り返る。


 では。

 皆さんを不安にさせぬよう、最低限の説明なんぞを。


「すみません、お騒っ、がせっ、しまーーーーすっ! あのこれっ、大丈夫、な、やつなんでっ! 通報とかは、しないで、くださーーーーいっ!」

「ああ、なんだ。いつもの活動のなんか?」「また物好きなことやってんのか」「大変だねえ……がんばれー、請負人ー」


 そんなこんなで通報を免れる。これも普段の行いの賜物、ちょっとはあってくれた知名度のおかげさま……なのはいいとして、叫んだもので脇腹が痛い。速度が落ちかけ追いつかれかけ、悲鳴をあげて加速する。周りの目以上に、こっちも切羽詰まっている。


 拝啓、二年前の俺。心配するなと言ったけど、ごめん。やっぱりもう一言だけ追加いい?

 体力と素早さのステ上げといて。

 これマストで。



   ■



 ああっと。更に追加でもう一言だけ。

 これが君の、新城千尋の——これから最高のゲームを一緒に楽しむパーティメンバーで、スタープレイヤーどころかスターを撃ち抜く伸び代しかない、おもしろビギナーとの出会いってわけ。



 大丈夫。

 しかもちゃんとヒロインですよ、彼女。




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勝利至上主義の最強プレイヤーが、世話の焼ける見る専初心者との出会いをきっかけに、「本当に味わいたかった体験」を目指す物語、はじまり、はじまり。

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2024年11月29日 18:00
2024年11月30日 18:00
2024年12月1日 18:00

元・最恐引退プレイヤー、今度は勝ちより大事なものの為に見る専【魔王】とパーティを組む 殻半ひよこ @Racca

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