壊れた世界の住人 ⑵
私は目を覚ました。
生き残ってしまった。
目を開けると両親が映った。私のお見舞いに来てくれたのだろう? きっと世間体を気にして来たのだろう。
頭の中が???で覆い尽くされた。
両親は私に一切の負の感情を向けていなかった。今までは怒り、不満で満たされていた。もしくは無だった。
しかし、今の両親の心はほとんどが愛情で埋め尽くされていた。
私が死に瀕しているから? 違う。私が死ぬことを両親は望んでいる。
両親の感情が理解できず、視界から両親を消すために俯く。足が見えた。コンクリートの地面が見えた。
私は立っていた。
病院のベッドで寝ていると思っていた。身体のどこも痛くないことにも気づいた。
何が起きているか分からなかった。理沙は混乱した。
隣に水たまりがあり、そこを覗くと小さな少女がいた。
若返った? 今まで夢を見ていたのか?
そんな疑問が湧いたが、すぐに否定された。その少女は妹の露光凜だった。
「りんちゃん。いくよ」
右手を引かれた。
手を繋ぐのは何年ぶりだろうか。両親が私に触れたのは幼稚園の時が最後だった。暴力を振るわれるときに触れられたことはあったが。
両親はこちらを見て笑っている。
しかし、その笑顔の裏に隠している本心があることを知っている。だからその笑顔は作り物でしかない。
でも凜に向ける感情には嘘偽りがないのも事実だとわかってしまう。
眠気が突然襲ってくる。
意識が遠のき、真っ暗になる。
再び目を覚ますと、家の中にいた。
家族3人で食事をしていた。
二度目の目覚めだったこともあり、理沙は落ち着いていた。
「ママ。お姉ちゃんはいつ帰って来るの?」
今の状況を確認するために聞いた。両親が死んだ私のことを心配してくれているなどとはまったく思っていない。期待もしていない。そんな気持ちはとうの昔に失っている。
でも心はモヤモヤした。
「お姉ちゃんは遠くに行っちゃったの。しばらく帰ってこないのよ」
母の言葉から、妹の凜は姉(私)が死んだことを理解していないことが分かった。
そして両親は私の死をなんとも思っていないことも分かった。
冷静に脳が思考している。状況分析をしている。別に何とも思わない。予想通りのこと。
脳から情報が身体に通信されていく。
パリン。
心臓のあたりから音がした。何かが壊れて、何かが溢れてくる。似たような感覚を飛行機で感じた気がする。
食べ終わり、家の中を歩いた。テレビが置かれた棚には写真がある。透明なアクリルフォトフレーム。4枚入れられる枠が木の写真立て。合計5枚の写真には私、理沙が映っていない。
心臓あたりが痛む。右手を心臓に当てる。
「りんちゃん。どうかしたの? 痛いの?」
さらに心臓が痛む。溢れた何かが肌を突き破り出てこようとしている。左胸を右手で掴む。痛みを抑えようとする。
「大丈夫」
「そう? 痛いときは言うのよ」
頷いてリビングから出た。2階に上った。私の部屋はすでになくなっていた。教科書、ランドセル、机が全て無くなっていた。私が持っていたのは必要なものと年少までに買って貰ったおもちゃだけだった。年中以降はおもちゃなど買ってもらえなかった。別におもちゃが欲しかったわけではない。何が欲しかったのかを思い出そうとすると、脳が拒否反応を示す。
この家から私がいた証はなくなっていた。
カレンダーを見ると私が死んでから1ヶ月も経っていなかった。
醜い。
体の中から暗い靄のようなものが放出される。今まで抑えていたもの。封印していたもの。
両親は親じゃない。人間じゃない。
いや、両親だけではない。全員が醜い存在だ。
この世界は壊れていると死ぬ直前に理解したではないか。私は奇跡的に妹の中に生き残って、この世界まで変わったと勘違いしていた。そんなことはあり得ないと頭では分かっていたはずだ。なぜ期待したかはわからない。心では両親が私の死を悲しんでくれると期待していたのかもしれない。
いや、期待なんて初めからしていない。期待する気持ちなんてもう失っている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
これからも壊れた世界で生きていかなくてはいけない。壊れた人間が溢れた世界で。
私はこれからも醜い人間の心を見なければいけないのか。また肩身が狭い思いをしなくてはいけないのか。
なぜ? 私だけが苦しい思いをしなければいけない。
そんなことは間違っている。私だけが醜い存在などではない。
両親も、先生も、大人も全部醜い。
醜い。醜い。醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い
なぜ私が醜い人間に遠慮をしなければいけない。
そうだ。
私も自由にやろう。この力を自分のために利用しよう。他人がどうなってもいい。
もうすでに壊れているのだから。
まぶたが落ちてくる。
舞台の幕が落ち、新章が始まるための準備をする時間が来たようだ。
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