第3話
宇田川のお屋敷には、数日に一度、街からの御用聞きが通っている。
その男によると、普段顔を合わせる使用人といえば、家令と女中の老夫婦のみ。しかし、その家令が足を痛めて生活に支障が出るようになり、いよいよ夫婦ともに職を辞して街場に居を移すことになったのだとか。
春風を荷運び用の荷台に乗せ、馬を歩かせながら男は早口でまくしたてた。
「あのご夫婦がいなくなるって聞いて、あっしも御用聞きは
街からお屋敷までの、長い道のり。深い緑の木々の梢が空を覆い、荷台に乗った春風の頭上にまばらに光を落としていた。
山道のせいか、昼間でも肌寒い。風が吹くたびに緋色の小袖の袖口から冷たい空気が入り込む。春風は木蓮の描かれた羽織りを胸の前でぎゅっと摘んだ。満足な支度もできない春風に、女学校の先生が「自分が昔着ていたものだけど」とこっそりと
「私は良い仕事を頂けたと思っています」
「この山の中、楽しみは何も無いよ? 街で女学校に通っていたお嬢さんが耐えられるだろうか」
「大丈夫です」
春風はつとめて明るくはきはきとした口調で答えた。
街中で暮らしていても、遊びとは無縁。留奈と違い、お小遣いもなく、家にまっすぐに帰ってその日の仕事をするだけ。学校を卒業まで通わせてもらえただけでも御の字だった。
就職をして家を出ると言った春風に対し、伯父は露骨に「お家柄の良い方だ。お手つきになったらそれなりの暮らしもできるだろう。せいぜいご機嫌を損ねないことだな」と言っていた。そのとき春風を舐め回すように見た目は、しばらく忘れることが出来そうにない。
時折男から振られる話に相槌を打ち続ける。
やがて道の先に、春風の勤め先となるお屋敷がその威容をのぞかせた。
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