第28話 トップ・ウィザード



 こんな時にまでマウントをとってくるミノル。

 あたしは頭に血が昇り始めたところだったが、しかしこいつの知識も侮れないのだ。


 異世界人大全に書いてあることが一部間違っていることは、実際に証明されてしまった。

 まあだからといって、こいつの言っていることが全部正しいとまだ決まったわけではないのだが。


 妙な説得力があるのもまた事実。それに、こいつにしても、ある程度の実力があることはさっき示したのだし。

 あたしは深呼吸し、文句を言わず素直に従うことにした。


「……大変申し訳ありませんが、馬鹿なこのあたくしめに教えてくださいませ」


「うむ、よかろう、教えてしんぜよう」


 ミノルは得意げに人差し指をピンと立てる。

 いつか魔蝕剣をケツにブッ刺してやるからなこのヤロー。

 

「ヴァンパイアは、基本的には既死生命体アンデッドなんだ。

 だからと言って、アンデッドというのは『死なない』ってわけじゃない。

 生物的に見て『死亡状態』ってだけなんだ。痛みを感じないから物理攻撃で弱らないって特徴はあるけど、炎みたいに弱点もあるし、剣とかでも急所を狙っていけば倒せないことはない」


「それじゃ、なんであたしが首を切り落としても効かなかったんだよ! お前の知識も大したことないなーっ」


「まあ落ち着いて聞きなよ」


 ミノルにやり返すことしか頭に残っていなかったあたしを尻目に、こいつはいきなり真面目な調子で話し始める。

 これじゃまるで、あたしがふざけてるみたいじゃないか。


 だがまあ、ここまでのことは、異世界人大全と同じことを言っている。

 現在判明している異世界人の特徴を記した書物「異世界人大全」には、動かなくなるまで斬り続けたり、人間だった頃に急所だった部分を狙ったり、炎系魔術を使用したりと、案外、一般的な攻撃で倒せる感じで書いてあったのだ。


 異世界人大全は公式書物だ。全国の都道府県警に展開する全ての魔特がこれを参考に異世界人を退治している。人類が持つ、異世界人に関する知識の集大成と言って良い。


 だが、あのクソヴァンパイア──赤髪シスターは、魔蝕剣で急所を直撃されたにもかかわらず、弱りさえしなかったのだ。

 ミノルは、二本の指をピンと立てる。


「アンデッドには二種類いる。死霊秘術を掛けられてアンデッド化させられた奴と、自らアンデッドになった奴。

 アンデッド化させられた奴ってのは、自分に魔術を掛けた死霊秘術師が死ねば、自分も死ぬ。だけど、『自ら成ったアンデッド』は、体は・・不死身なんだ。

 そういうのを『知的既死生命体リッチ』っていうんだけどね。彼らは不死身の体を得る代わりに、自分の命を体から分離しておくのさ。それを『核』というんだ。

 ヴァンパイアは、厳密にはリッチとは違うんだけど、アンデッドの派生進化型ってことで、そのあたりの性質は変わってなかったりする」


「それならおかしいだろ。どうして『何度も斬ったら倒せる』なんて書いてあるんだ? 『人間の頃に急所だった場所が効く』とか書いてあったぞ」


「あはは。きっと、何度も攻撃しているうちに偶然核に当たったんだろうね」


 話が見えなくなったあたしは、ミノルに「だからなんなの?」と言い捨てる。

 ミノルは、あはは、と笑ってまた誤魔化す。


「ここからが本題だ。普通のヴァンパイア・・・・・・・・・は、そんなに遠くまで核を本体から離せない。魔術のレベル的に限界があるんだ。

 だから、核の形を変えて、装飾品に擬態させて身に付けたりしてる。そうやって急所であることを隠しているんだけど、広範囲攻撃が得意な奴には案外コロッとやられちゃう。だが、『始まりのヴァンパイア』は違う」


「そうか。だから市村が」


 何かを察したメガネ氏が目を見開く。

 なんかムカつく。あたしは、まだわかんねーのだ。 


「はっきり言えよ。それともあたしが脳筋だってのか?」


「つまりね。始まりのヴァンパイアも『核』を壊せば死ぬ。だけど、その『核』は、普通は自分の体の近くには置いておかないわけさ。この中に市村さんって人が居ないなら、その人があの二人のうちどちらかの核を持って逃げているのかもね、って話。まあ、そうだとするとちょっとイレギュラーだけどねー」


 ふと、妙なことに気づく。

 ヴァンパイアの奴らは、ミノルの長話にじっと聞き入っているのだ。

 どうしてだろう? なぜミノルの解釈を黙って聞いている? 喋ってる間に攻撃したほうが合理的だと思うのだが。


「始まりのヴァンパイアは、普通のヴァンパイアとは比べ物にならない高度な魔術を使える。

 吸血魔術『変化へんげせき』は、単に血が武器になるだけじゃない。

 遠く離れたところにつけておいた血に、物体を移動させられるんだ。人間を攫ったのもきっとこの魔術だね。それは他人や物だけじゃなく、自分の体も例外じゃない。もちろん全部じゃなく、一部だけ、でもね。普通、核はそうやって隠す」


 銀髪男の表情は一切の変化を伴わなかったが、赤髪シスターのほうは苦虫を噛み潰したような顔だ。きっと図星だったんだろう。

 この一点だけを見ても、赤髪よりも銀髪のほうが手強いということが理解できる。 

 だが、その銀髪も、しらばっくれる気はないようだった。


「お前……なぜそれを知っている」


「えー? だから言ったじゃない。僕は『最強の魔術師』だって」


「言っていないが?」


「あははー。そうだっけ」


「ミノル。笑ってないよ、敵」


「当たり前じゃん。この状況で笑う奴いるー? 自分たちの弱点を暴かれちゃったんだよ」


 そうだ。これで「始まりのヴァンパイア」の弱点が割れた。

 なるほど、奴らが黙って聞いていた理由はこれだ。


 自分から喋り始めるなら、勝手に喋らせておいて情報を取得しなければならない。

 最低でもミノルがどこまで知っているのか確認しておかないと、瀬戸際で命取りになるからだ。

 言い換えれば、奴らはこれから命のやり取りになることを確信している。

   

 しかし、だからと言って、市村さんの手にこいつらの核があるという保証にはならない。

 だって、それじゃ隠したことにならない。市村さんは、誰の目にも触れないところでずっと隠れてなきゃならないことになるのだから。


 それに、もしその予想が当たっていたとすれば、核を持った市村さんが核ごと倒されれば、あのシスターか、その横にいる銀髪のどちらかも死んでしまうのだ。どちらかというと、これまでのやり取りからして恐らくあの赤髪シスターの核なのだろうが……。


 そもそも、配下のヴァンパイアに自分の命たる核を渡すなんてこと、始まりのヴァンパイアがするだろうか。

 そう、だからこそそれは、ミノル自身が言った通り「イレギュラー」なのではないか。

 ……という目で、あたしはミノルを見てやった。

 

「でも──」


「でも、やってみる価値はある……でしょ?」


 銀髪の吸血鬼が、顔のシワを深める。


「最強の魔術師……まさか、四強トップウィザードの一角、妖精王レヴィ・アスカロンか? 世界樹の大森林を護ることが使命で、決して穴蔵から出てこない貴様が、なぜこんなところにいる」


「そっくりそのまま返すよ。こんな穴倉に隠れてるヴァンパイアだってそうだし、そもそも異世界転移に理由もクソもないでしょ」


「穴倉から出てきて戦ったところを見た奴はいないともっぱらの噂だが? 取り巻きに護られるだけの怠惰で軽薄な王よ。どうせ噂の独り歩き──」


 ミノルは、人差し指をピンと立てる。

 敵は、まるで虎に牙を剥かれたインパラのようにビクッと震えて構えた。


「戦闘に入ってから生かして帰した奴なんて、ほとんど記憶にないからね」


 キイイイイイ、と、頭に響くような音。

 それは、ミノルが人差し指を立てた瞬間から鳴り始める。

 人間が、魔力を感じ取ることなんてできるはずはない。

 はずはないのに──……


 ミノルは、さっき見せたのと同じような暴風を発生させ、大勢のヴァンパイアたちを、また細切れに吹き飛ばした。

 いつもの優しい笑みのまま、始まりのヴァンパイアへと宣言する。


「さあ……討伐の時間だよ」




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