第27話 「始まり」兄妹と、不真面目なコンビ



 ミノルが作り出す風の船に運ばれながら、薄暗い地下水路を超高速ですっ飛んでいく。

 自分で姿勢を作るというよりは、風の赴くままという感覚が強い。あたしとメガネさんは、風のままに身を委ねるような形になっていた。

 

 だから、次にどう動くか分からなくてめちゃくちゃ怖い。線路のないジェットコースターのような印象なのだ。

 壁にぶつかりそうだと思った直後に急旋回。あたしが「うあああっ」とか、「いいいっ」とかいう奇声を出しまくっていると、ミノルは「あっはっは」と腹を抱えて笑う。

 

「こんな、速度で、地下水路を、飛んで、んだから、真面目に、やれっっ」

 

「じゃあもっと速度を上げよっかな。行っくよー」


 手加減なしの浮遊魔術が、周囲の状況を無視してどんどん速度を上げていく。

 もうどうにでもなれだ。あたしは無言で歯を食いしばっていた。


 目の前に見えた壁の寸前で急制動を掛けられ、体が潰されそうなほどのGを感じて「ぐえっ」と声が漏れる。

 空中フルブレーキングは宙に摩擦の軌跡でも引くんじゃないかと思うほどに風切り音を奏でて、飛んでいたあたしたちを止めた。


「……このクソエルフがっ、」


「ここだね」


 あたしの罵声を最後まで聞くことなく、ミノルは壁の奥を指し示す。そこには、地下水路から地上へ続いていそうな階段があった。


 横を見ると、メガネさんはオエオエ言いながらゲロを撒いていた。

 あたしは戦闘スタイル上、回転系は得意なのだけど、普通の人には辛かったかもしれない。

 

 階段を上がっていくと、奥は行き止まりだった。よく見ると、天井が扉のようになっている。

 ここへ来る時は、敵の魔術でワープした。だから、地上と地下がどんなふうに繋がっているかを把握していなかったのだ。


「これ……魔法陣が描かれてるよ。きっと魔術で封印されてる!」


「そうだね。『魔封印』とか、『魔術ロック』とか言うこともある。僕が来たときは空いてたけど、きっと、さっきの奴が閉じたんだろうね。大丈夫。もう何回目か忘れたけどこのセリフ。君なら大丈夫だよ」


「え……あたし? ってか、まだ二回目だろ『大丈夫』は。それくらい覚えとけ」


「あはは」


 笑いながら、ミノルはあたしが持つ魔剣を指差す。


「そっか! 魔蝕剣エクリプスは、全ての魔力を無効化する!」

   

 微笑むミノルの顔から目を切って、早速あたしは扉に向かって剣を構えたのだが。

 ん? と思った。

 魔蝕剣のこと、説明したっけな?


 ミノルの言う通り、魔封印が掛けられた扉は、全力で振った魔蝕剣の一撃によって亀裂が入る。

 もっと硬いかと思っていたが、まるで粘性のある液体でも斬ったかのような感触だった。


 この魔剣はこんな使い方もできるのだと、初めて知った。

 本当は、もっと応用力のある武器なのかもしれない。

 そう思うと、体が軽くなったような気がした。これはミノルの回復魔術で体力が全快していることだけが原因ではないと思った。 


 今までやってきた厳しい修行だけが全てであるかのように錯覚していたのかもしれない。でも、そうじゃないんだ。

 まだまだこれから。あたしは、まだまだこれからなんだ!


 希望に照らされて高揚した心で、階段を軽く駆け上がる。

 地上への出入口は、燭台の光だけが視界を担保する、中世のお城のような通路の途中。

 そこに置かれた石のオブジェを動かしたところにあったようだ。


 恐らく、ここは大聖堂にあるどこかの通路だ。

 あたしは慌てて敵を探そうとするが、ミノルは突然、飛びつくようにあたしへ抱きついた。

 あたしの胸に顔をうずめて、スリスリしながら心安らかな顔をする。


「ん──……っ」


「なっ、なっ、何すんだっ」


「いい匂い……と言いたいところだけど血生臭っ」


「ていっ」


 あたしはミノルの首に喉輪をかまして、狙い澄ました正拳突きを柔らかそうなほっぺたに見舞ってやった。

 クソエルフは「へぶっ」と血反吐を吐いて、回転しながら石の通路に勢いよく転がる。

 なんか、こいつとは、こんなことばっかしてんな。


「死ねっ」


「少しぐらいご褒美くれても良くない?」


「そんなことしてる場合か! TPOを弁えろってんだこのクソエルフ」


「大丈夫だよ。君ってやっぱ僕の話聞いてないよねー。言ったでしょ、慌てなくても奴らは逃げるつもりはないらしいから」


「逃げる逃げないの問題じゃねぇ。時間があったら、ここで茶ぁでもしばくんかい」

  

 あはは、と笑ったミノルは、眉間に力を入れるあたしへ手招きをする。

 まるでこの建物の従者であるかのように、あたしとメガネさんを迷うことなく先導した。

 

 さっきまで嘔吐していたメガネさんは、幾分、顔色が良くなってきたようだ。

 彼は、あたしの隣で歩きながら、あたしの顔を不思議そうに横目で眺めていた。


「お前らは、魔特隊員と、その相棒だよな?」


「そうですよ。だからなんですか」


「付き合ってんのか?」


「違います! だとしたら顔面に正拳はおかしいでしょ」


「そういうのが趣味の異世界人なのかと」


「どこをどう考えたらそういう発想になるんですかね。自分がそうだから思いついたとしか思えませんね。良かったら殴って差し上げましょうか?」


「遠慮しておく」


 自分の趣味趣向については否定しなかった。

 こいつ絶対ドMだ。そのうち機を見てぶん殴ってやろうと思う。

 きっと泣いて喜ぶだろう。うまくいけば手下にしてやるからな。


 それにしても、なぜかあたしまでクソエルフのペースに汚染され、こんな緊迫した場面でくだらないやり取りを始めてしまうという有様。

 ミノルには、調子を崩されっぱなしだ。


 そのクソエルフは、通路の途中で歩みを止める。

 目の前にある古びた扉を引いて開けると、そこは広大な空間だった。おそらく中央聖堂だろう。


 採光が無く、まるで洞窟の中にあるかのような古い聖堂。だが、一つ一つの装飾品は煌びやかで、燭台の灯りに照らされて輝く様は幻想的で豪華な印象を受ける。

 中央の奥にある巨大な十字架の前には、紅蓮の瞳を光らせた、三〇体はいるかと思われるヴァンパイアたちが勢揃いしていた。


 そのヴァンパイアたちの中央には、記憶にある人物が二人。

 一人は、さっきまであたしを散々痛めつけてくれた赤髪のシスター。

 もう一人は、銀髪の若い男だ。確かこの大聖堂に入った時に、薄暗い通路で一言二言交わした、「カイ」と呼ばれていた男。

 あたしたちが口を開く前に、赤髪と銀髪が先に口撃をした。

 

「お兄ちゃん、こいつだよ! なんかわかんないけど、攻撃が効かないんだ」


「ふん。心配するなミキ。俺の妹をいじめてくれた奴は、誰であろうと死人形にすると決めている」

 

 殺してやるという意思表明を、明確にあたしたちへ叩きつけるヴァンパイア兄妹。 

 それに対して、何を喋ってやろうかとあたしが思考を巡らせていると、うんざりしたような声を出すミノルに先を越されてしまった。


「あーあー、お前もかよ。揃いも揃って、なんで僕のこと知らないかなー。ちょっと自信なくしちゃうよ」


「お前みたいな餓鬼、誰が知ってるもんかよ」


「市村がいない」


 異世界人二人の口争いに割り込むように、メガネさんが呟く。

 確かに、市村さんは、牢屋からあたしたちを解放してから、一度もその姿を見せていない。


「そうですね。これだけヴァンパイアがいて、どうしていないんですかね」


「なになに? まーた二人でコソコソ話して。僕も仲間に入れてよ」


「『また』って、コソコソは初めてだから」


「あはは。そんで?」


「……えーと。いやね、このメガ……青木さんの部下の市村さんがヴァンパイアにされちゃって。そんで、さっきはいたんだけど、今は、勢揃いなさっているあの皆さんの中に居ないな、って──」


「もういいぞ『メガネ』で」


「あたしは真面目なので。年上の方にあだ名を使うのはどうかと」


「手遅れだよ。そんな気持ちが微塵も無いのは体中から湧き出てる」


 失敬な!

 ってか、この緊迫した場面で、こいつまでこういうことを。


「ふーん。じゃあ、その市村さんて人が、あいつらの核を持ってるのかもね」


「核?」


「え? そんなことも知らないでヴァンパイア倒そうとしたの? 伊織ってば冗談きついや」


「くっ……」


 相変わらずムカつくな。

 こんな不真面目で怠惰で軽薄な奴に小馬鹿にされるなんて心外だ。

 あたしは真面目に「異世界人大全」をちゃんと読み込んでんだぞ!


 


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