第21話 ねっとりとした罠



 赤髪のシスターに案内されて、昼か夜かも分からないほどに外の光が遮断された大聖堂の通路を歩く。


 建物内は薄暗く、中世のお城よろしく雰囲気満点の建築物だ。柱の影から幽霊でも出てきそうだと思った。

 マジで敵がどこから襲ってきてもおかしくはない。あたしは、汗ばんできた手で魔蝕剣をしっかりと握りしめた。

 

 一つだけ安心材料があるとすれば、「異世界人大全」に書かれている、ヴァンパイアの倒し方だ。それによると、いくらヴァンパイアといえども、生きていた頃に急所だった場所を攻撃され続ければ、いずれ死ぬらしい。


 ミノルが言う「始まりのヴァンパイア」のことについては、公式書物である異世界人大全にすら記述がない。だから、ミノルから聞いた情報が正しいかどうかを確定させることはできない状態だ。

 だが、倒し方については、これまでの魔特隊員が、異世界人大全に書かれた方法でヴァンパイアを討伐してきているという厳然たる事実が存在する。

 これだけは、正しいはずだ。


 その上、あたしが持っているのは、ありとあらゆる魔力を無効化する魔蝕剣エクリプス

 間違いなく倒せるだろう。ならば、あとは不意を突かれないことが重要になる。


 用心しながら歩いていると、前方に、通路の途中にある大きくて赤い十字架のオブジェを手入れをしている若い男が見えてくる。


 シスターよりも少しだけ年上かなという印象だけど、それでも高校生くらいか、卒業してすぐくらいだろう。

 遠くからでもわかるシルバーの髪。

 この青年も、瞳は黒い。

 シスターは、その青年へ話しかける。

 

「精が出ますね!」


「ああ、お疲れ様です。こちらへ案内されるということは、お客様ですか」 


「ええ、私が育てているお花を見たいとおっしゃって。それで、喜んでご案内しているという訳なんですよ!」


 嬉しそうにキャピキャピ喋るシスター。

 それに比べて、銀髪ミディアムの男は感情がわからない表情をしていて、シスターとは対照的なテンションだった。

 さほどの興味もなさげにあたしへ視線を合わせた男は、自分から話しかけてきた。

 

「お祈りですか?」


「いや、ふと通りかかっただけなんだ。お祈り以外でこの大聖堂を訪れる人もいるような尋ね方だが」 


「シスターがおっしゃったように、ここは花が多い。見に来られる方もたまにおられますから」


「そうか。あなたは?」


「私は、大聖堂内の掃除や修理などを仰せつかっている者です」


「ここは長いのか?」


「いえ、それほどは。一・二週間ほど前からでしょうか。前の方が辞められたのと入れ替えに」


「これほど大きい施設だが、施設職員はたくさんいるのか? 花の世話も大変だと思うが」


「それがですね、花は私ですけど、修理や掃除はこのカイさんが一人で担ってくれているんですよ! 本当に大変だと思いますけど、このご時世、お金もそれほどなくて」


 少し警官ぽさを強めてやろうかと突っ込み気味で訊いてやったが、銀髪はひょうひょうとしていて無感情を崩さない。

 シスターも、しつこく続けようとする質問の流れを嫌がらない。むしろ前のめりになって話しながら、相も変わらずニコニコと呑気そうに微笑む。

 

 こいつらがヴァンパイアのなのかどうかを、判断することができなかった。

 

 この大聖堂で、今もなお失踪現場に残されたものと同じ魔力紋が検出されている時点で、ここが敵のアジトであることはほぼ確実だ。

 あとは、どいつがヴァンパイアなのかを見極めるだけなのに……。


 何か、ねっとりと絡みつくような罠にハマっている気分が振り払えない。

 もっとも避けたいのは、異世界人である兆候を一切見つけることができないまま、先制されることだった。


「ミキさんがせっせとお世話しているお花たちですからね。そりゃ是非とも見ていただかないとね」


 カイと呼ばれた青年を通り過ぎ、後ろからの奇襲に神経を尖らせながらシスターに続いて奥へと進んだ。


 進むにつれ、危険度は増す。

 あたしの生存確率は下がっていく。

 それでも、行くしかない。


 ピリピリと肌がひりついているのをシスターに勘付かれないように、あたしはゆっくりと深呼吸した。


 自分から言い出さないのなら、どんどんこちらから仕掛けるしかない。

 あたしは、ここで青木さんと市村さんのことを尋ねた。


「ところで、この大聖堂に、最近、警察官が尋ねてこなかったか?」


 こう言えば、あたしが警察の人間であることがわかるはずだ。

 だが、シスターは、観念してあたしへ襲いかかったりはしなかった。


「警察? ああ、二人ほどいらっしゃいましたけど、お二人とも、この大聖堂をしばらく見てから帰られましたよ。それが何か……?」


 シスターは、きょとんとした顔をする。笑顔を崩さない彼女は、通路にある扉の一つを開けてどうぞと促した。

 先に入るのは著しく危険度を上げるので、あたしはそれとなく先に入らせるように動く。

 だが、彼女はそんなあたしの素振りを気にすることなく、先に自分が入った。


「その警察官たちも、花を見て帰ったのか?」


 シスターはあたしの質問には答えずに、部屋の中央で立ち止まっている。

 不意打ちを喰らわないよう用心しながらも、用心している素振りを隠しつつ部屋に入る。


 突然、落とし穴に落ちたような浮遊感。


 次の瞬間、景色は暗転した。



 

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