第20話 赤髪シスターと、笑顔が苦手な仇討ち女子
人隠駅を出て、あたしはタクシーに乗った。
セントポリア大聖堂は、駅から一五分くらいのところにあるはずだ。
人隠市は東京都の北部に位置しているので、都心ほど人通りは多くない。
鈴木のおっさんの言葉どおりに実行するなら、敵のアジトへ着く数百メートルくらい前には、
結界を展開しておく必要がある。
あたしは人間なので、当然そんなことはできないが。
さて、この状況で、どこまで侵入するか。
大聖堂を訪ねる一般の人間は他にもいると思うので、お祈りをするため聖堂へ入る程度なら問題ないと思うのだが。
市村刑事が敵に捕まったのだとするなら、どこまで探りを入れて捕まったのだろうか。
仮に大聖堂の敷地内やら建物内やらが敵の結界領域であるならば、その領域に侵入した時点で、魔力探知機が反応したはずだ。
あたしも魔力探知機は持ってきている。これはハンドタイプの小型なので、ミノルがくれた馬鹿デカいトートバッグに余裕で入る。
ベリアルと対面し、お父さんの仇の手がかりを鈴木さんから聞いた後、あたしは、魔力探知機を常時携帯することにしていた。
思いのほか、手がかりが近くにあるかもしれないことに気づいたからだ。場合によっては、気付かずにすれ違ってしまうこともあり得る。そんな間抜けは絶対にやらかせない。
あたしはこの探知機に、お父さんの遺体を調査した際に採取された敵の魔力紋を設定していた。お父さんの仇が撒き散らす魔力を拾うことができれば、即座に反応するようにしてある。
慌てて行動したせいですっかり魔力探知機のことを忘れていたが、常時携帯しておいてよかった。
本事案の失踪現場で採取できたのと同じ魔力紋が、今もまだ大聖堂で検出できたなら、大聖堂が敵のアジトと見て間違いないだろう。
そこからは捜査じゃない。魔特としての戦闘開始だ。
そうこう考えているうちに大聖堂が近づいてくる。少し離れたところでタクシーを止めさせ、建物の陰から覗くことにした。
夫婦と見られる二人の老人が、建物へ入っていくのが見える。お祈りに来ているのだろうか。
敷地内では、赤髪の美しいシスターが、建物の外で花の手入れをしている。藤の花が、大聖堂の周囲を紫に彩っていた。
平和そのもので、シスターがお年寄りに接する様子にも不自然なところはない。
まずは、この大聖堂が敵のアジトであると確定させる必要がある。それには魔力紋の検出が必須だ。
とりあえずこのまま大聖堂の敷地内へさりげなく進入し、魔力紋が一致するかどうかを確認しよう。
それができたら、次はヴァンパイアの特定だ。
大聖堂にいる人たちが、全員ヴァンパイアだという保証はない。
なんの罪もない一般人を殺すわけにはいかないし、場合によっては人質かもしれないのだ。
本来なら、捕えられている人たちを助けなければならない。だから「貯蔵庫」の場所を突き止める必要がある。
その一番簡単な方法はあたし自身が取っ捕まることだ。だが、それはかなりの危険が予測される。
場合によっては、
そして、敵が尻尾を見せるのを黙って待つ必要はない。
さりげなくこの大聖堂のことを怪しんでいる素振りを見せて、敵の反応をうかがってやる。特別な反応が見られれば戦闘開始だ。
はあ、とため息をつき、「何をやっているのか」とまた迷う。
ここで一人で突っ込むのは、果たして正しいか。
メガネさんも、捜査一課の刑事たちも、鈴木のおっさんも、みんなあたしに「待て」と言ったのだ。
メガネさんの命が危険に晒されているのは間違いない。だが、メガネさんは命を懸けて、今、自分がなすべき仕事をしている。絶対に、敵を逃してしまわないために。
捜査は刑事の仕事。本来なら、魔特のあたしがこんなふうに動くべきではないのかもしれない。
あたしは、なぜ、行くのか。
躊躇いを払拭する理由を探しているうち、捜査一課で話したゴツい刑事の言葉が思い浮かんだ。
彼はあたしに、「自分が大切に思っていた人間の仇討ちを、他人に任せるのか」と言った。
あのメガネ刑事は、あたしなんだ。
あたしは、トートバッグの中に入れた魔力探知機を操作し、本事案の失踪現場で採取した魔力紋を、二つ目の設定枠に指定する。
今から検知する魔力紋と整合するためのモードになっていることと、音声アラームがOFFになっていることを確認した。
◾️ ◾️ ◾️
まずは、赤髪のシスターに話しかけてみることにした。この施設の職員であることは間違いなさそうだからだ。
ただ、現時点ではここが敵のアジトでない可能性もある。
警察であることがバレれば、敵は二度とここへ近づかなくなるかもしれない。だから、とりあえず一般人として振る舞うことにした。
というわけで、できるだけ優しい表情を作ってみる。
でも、ずっと他人を睨み倒してきたあたしは、優しい表情というものがどんなものか良くわからない。つまり、顔の筋肉の動かし方がイマイチわからない。
スマホでチェックしながら試してみたが、表情が余計に不自然だし、まるであたしじゃないみたいで気持ち悪い。
笑う必要など無いと今まで断じてきたが、それがネックになる時が訪れるとは想像もしなかった。
帰ったら、少しは鏡の前で笑顔の練習でもしてみようか。
道路を渡り、大聖堂の敷地内へ入る前にシスターを遠目で観察してみた。
あたしと違って、優しい表情をするシスターだ。
瞳だって黒い。今は魔力を使っていないだけなのかもしれないが。
年齢は高校生くらいに見える、柔らかく優しい印象の顔つきをした、可愛い女の子。
今のところ、異世界人だと判断できる特徴はない。髪色が派手なくらいだ。
シスターに気づかれる前に、魔力探知機の確認をしたい……
と思っていたのだが、あたしが敷地内へ入る前に、シスターに気づかれた。
彼女はすぐに笑顔を作って、あたしに声を掛けてきた。そのせいで、トートバッグに視線を落とすタイミングを失する。
「こんにちは! お祈りですか?」
「いや。綺麗に手入れが行き届いている協会だなと思って、つい
「ありがとうございます。こういったお花や草木を
「ああ。そうしてみるよ。もしよければ、庭をしばらく見せてもらっても構わないか? 花なんて育てたこともなかったから、少し興味がある」
「いいですよ。そうだ、屋内でしか育てられないお花もあるんですよ。皆さん、お祈りをするからってお花に興味があるとは限らなくて、見てくれる人も少ないんです。ぜひご覧になってください」
「ああ、見せてもらえるかな」
「よかった! 育てていた甲斐がありました」
シスターに建物内へと案内される。
無骨な喋り方をするとよく言われるあたしは、シスターと喋り始めてから「あっ」と思った。
警察官だと疑われただろうか。
まあ、それならそれでいい。先に反応を見せてくれれば、順序が逆になるだけだ。
その後に、検知器の結果と合わせて判断すればいいだけのこと。
だが、期待に反して、シスターは何の反応も見せてくれなかった。
彼女は、建物正面にある中央聖堂の大きな入口ではなく、聖堂の両サイドに配置されている通路へあたしを案内した。
彼女はあたしの隣を歩きながら、終始あたしのほうを向いて喋っている。
別にバッグの中を見たらダメだということはないが、何となく、そんな視線の動かし方が不自然に思われそうでできなかった。
スマホでも確認しているように装おうか?
しかし、このシスターは純朴そうな瞳でガッツリあたしの目を捉えて喋っているのだ。
大聖堂というだけあって、中は結構広い。そして造りは頑丈そうだ。
昼間にもかかわらず、中世の城をイメージさせるように暗い。
カンテラのように灯る燭台が至る所に取り付けられていて、通路を卵色に照らしていた。
これほど外部の光から隔絶されているとは思っていなかった。
陽の光が苦手なヴァンパイアのために建てられていると言っても過言ではないほどの完成度。
歩いていると、たまに窓の隙間から差し込んだ光が確認できたが、それもごく僅かなものだ。
たとえ始まりのヴァンパイアでなくとも、弱ったりしないのではないかと思った。
「ここ、暗いでしょ? 雰囲気は抜群なんですが、一日中居るとさすがに陽の光を浴びたくなるんですよ。だから私は、外でお花の世話をするのが楽しみで。他にも職員はいるんですが、あ、ほら、彼も」
シスターはあたしの前に出て、前方にいる職人さんのような男に近寄っていく。
ようやく隙を見せてくれた。あたしは、バッグの中にある魔力探知機をさりげなく確認する。
画面には、「一致」の表示。
素早く目を滑らせ確認すると、一致した対象ログは、本事案の失踪者の現場のほうだ。
あたしは魔力探知機から手を離し、代わりに
ずっと外にいたこのシスターは、外にいる時も弱っている様子は見られなかった。
なら、このシスターは人間か……もしくは「始まりのヴァンパイア」ということになるだろう。
頼みの綱である魔蝕剣はデカいトートバッグの中で鞘に収まっている。
不意を突かれたら即座には反撃できない。
だが、今はまだその時ではない。このシスターが敵だという確信がない。
シスターを先に行かせて、あたしはその後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます