第19話 真面目な魔特隊員と、クソエルフ



 セントポリア大聖堂があるのは東京都郊外にある人隠市。

 できれば車で向かいたいところだが、あたしは運転が大の苦手だった。


 業務に必要だから、警察官として採用される前に普通自動車と普通自動二輪はマニュアルで取得したが、取得時以上の運転技術の向上はほとんど見られなかった。

 そんなわけで、警視庁での技能検定には合格していない。だから緊急走行もできない。


 あたしは、人生のほとんどの時間を戦闘術の向上にあててきたのだ。

 だから運転は苦手。仕方ない。うん。


 いったん事務所へ戻れば、魔特隊員を現場へ送る専属の職員が待機しているが、今現在警視庁にいるあたしは、このまま電車で行くことにした。


 しかしあのメガネ、一人でだと? ふざけやがって! 

 魔特ですら異世界人との戦闘はヤバいんだ。魔術対策もできない普通の刑事が太刀打ちできる相手じゃない。

 重々わかってんだろが……!  


 タマキに助けられた初事案のことが脳裏によぎる。

 魔特のあたしとて、考えなしに突っ込めば死は免れない。

 それが、勤務初日から心底思い知らされた現実だった。 

   

 異世界人に関する公式書物「異世界人大全」によると、ヴァンパイアは著しく陽の光に弱い。

 昼間に全く行動できないというわけではないらしいが、昼に屋外で見かけることはほとんどない。

 人間社会で働いているヴァンパイアたちは、決まって夜間の仕事に就いているのだ。

  

 これも実戦で確かめたわけではないが、異世界人大全によると日中はかなり魔力が下がるらしい。

 普通に生活するのもしんどいようだ。そのため「凶暴性を秘めた個体であっても夜間行動が原則だ」と書いてあった。


 なら、陽の光が降り注ぐ昼間はどこかで眠っているはず。

 この大聖堂内に隠れているということだろうか? 


 血を吸うことで仲間を増やすヴァンパイアは、吸血自体が生殖活動と同義。

「吸欲」とか呼ばれるらしいが、人間でいう性欲のように、無性に血を吸いたくなり我慢できなくなるらしい。

 そうして血を吸われた人間は、ヴァンパイアとなる。


 異世界人大全では、吸った側を「親ヴァンパイア」、吸われた側を「子ヴァンパイア」と呼んでおり、奴らは「親」が死ぬと「子」も死ぬという謎のシステムで動いている。これの原理についてはまだ解明されていない。


 ヴァンパイアが犯す犯罪の多くは、基本的にこの「吸欲」を我慢できなくなったことに起因するが、これは刑法上、強姦罪とは明確に区別されている。


 ヴァンパイアとなった人間は、二度と元には戻れない。

 さらには、前述のとおり「親」が死ねば「子」も死ぬという、強制的に一蓮托生となってしまう性質がある。

 そのような理由から、より量刑の重い殺人罪に準ずるものとして取り扱われることになっている。


 ヴァンパイアと人間の恋もあるにはあるが、だからと言って、吸血に同意する人間の数はそれほど多くはない。

 誰だって、現実に命まで懸けるのは怖い。


 だからこそ、吸欲が原因で性犯罪が起こったりする。

 人間の性欲と同等の性質を持つこの吸欲は、「一人の血を吸って終わり」ということはあまりない。

 そのため、自分の欲望のために一連の犯罪を犯せば高確率で極刑を課されるという、まあヴァンパイアにとってみれば生きにくい世界であると言えるのかもしれない。


 余談だが、女性ヴァンパイアは風俗関係のお仕事が結構多い。

 いざお店に入ってキャストがヴァンパイアだった場合、サービスを受けるほうも命懸けだと誰かが言っているのを聞いたことがある。

 だが、「実際にはキャストが客に欲情することはほぼ無いので、吸欲が原因で客が襲われることはない」と現役キャストのヴァンパイア嬢がSNSでバッサリ断言していた。


 話を戻すと、本事案の被疑者がヴァンパイアであるとしたなら、人間をさらう目的は、血を吸うためだろう。

 

 行方不明者の失踪時期は、バランスよくバラけているという訳ではなかった。

 まあそりゃそうだ。こまめに何度も攫うのは手間が掛かり過ぎるだろうし。


 だとすると、ある程度の人数を一度に攫うことになるので、攫った人間たちを一旦貯めておく・・・・・場所が必要となる。

 それに、血を吸った順に殺してどこかに埋めているとなれば話は別だが、吸った後も忠実なる配下として飼うならば住まわせる場所が必要だ。


 普通のマンションなんて使ってしまうと、ヴァンパイアマンションの完成だ。それじゃいくらなんでも怪しまれるし、金もかかる。


 ネットで見た感じ、この大聖堂は広そうだ。

 確かに、根城にしている可能性は十分に考えられると思った。


 メガネさんが異世界人に対して使える武器──「魔弾」は、この前に鈴木さんが使ったような打撃力タイプだけってわけじゃない。

 火、水、氷……他にも電気系だってある。電気系には、麻痺とかの特殊効果が自然と付される。

 これなら、昼間に襲えばメガネ刑事でも片付けられる可能性はあるかもしれないが。


 だが、陽の光で著しく弱る奴らが、昼間にノコノコ現れてくれるだろうか?

 どうやって陽の光があるところへ引き摺り出す? 

 悪い予感がする。何かわからないが、今のままではダメな気がする。


 くそ。嫌な気分だ。前のあたしならこんなふうに迷ったりしなかった。

 自分の力に絶対の自信を持ち、どんな敵であっても倒してみせるという気概に溢れていたはずだ。どうしてこうなったのだろうか。


 その理由は明確だ。


 タマキを見てから、大切なものが揺らいだ。

 圧倒的な強さを持つ異世界人。到底勝てない奴がいることを思い知らされた。

 あたしは、お父さんですら殺した異世界人を仇にしているんだ。今のままではダメなんだ。


 ふと、頭に浮かんだのはクソエルフの顔。  

 別に助けてもらおうと思ったわけではないが、まがりなりにもコンビを組んでいる相手に、自分が行く先も知らせないのはどうかと思ったのだ。

 うん。それだけだ。


 というか、それならあいつも、あたしに行き先を知らせないといけないだろ!

 あいつ、一体どこをほっつき歩いてんだよ!


 大聖堂がある人隠駅で電車を降り、改札から出る前にあたしはミノルへ電話する。

 電話はすぐに通話状態になったが、何やら電話口の後ろでいろんな音が。

 音楽、金属音、大きい雑音。

 これ、パチンコ屋じゃないか?


「ちょっと。その音、何」


【え、いや、その。ちょっと待ってね!】

      

 雑音の音量がなくなった。

 だが、自動ドアが開いた際に漏れているっぽい音が、さっきの雑音と同じだ。


【もう大丈夫! な、何の用!?】


「もういいわ。あんたなんか頼ろうとしたあたしが馬鹿だったわ」


【もう! 僕のこと頼ってよ! 伊織のために何かできるなんて、嬉しくて堪んないんだからぁ】


「白々しい……。これから異世界人退治に行くんだよ。あんたもって思ったけど、もういいって言ってんの」


【えっ、そうなの? 連れてってよ! じゃないとクビになっちゃうじゃん! 敵はどんな奴なの?】


「知らんわ! 肝心な時に居ないお前が悪い。……たぶんヴァンパイアだと思う。まあ、今は真っ昼間だから大丈夫でしょ」


【なんで?】


「あ? ヴァンパイアは陽の光が苦手だからに決まってんでしょ。エルフのくせにそんなことも知らないのかよ」


 ったく、ここまで馬鹿だとは。

 仕事中にパチンコするし、やっぱりこいつはもうダメだ。

 コンビ解消だな。この仕事が片付いたら課長に進言しよう。

 

【普通のヴァンパイアなら陽の光は苦手だろうね。でも、そいつらが『始まりのヴァンパイア』だとしたら、そんなの効かないけど。そうじゃない根拠はあるの?】


 不意に告げられた未知の情報に困惑した。

 そんな話、噂話としてすら、一度たりとも耳にしたことがなかったからだ。

 あたしは、思考が停止したまま聞き返していた。


「…………何それ」


【全てのヴァンパイアは、死んだ生物から始まるんだ。死体が、地中を流れる魔力の大河『龍脈』の影響を受けて蘇る。つまり、アンデッドだね。最初の頃はドロドロの血の怪物で、陽の光は致命傷だよ。

 だけど、数十年、数百年をかけて徐々に生前の形に近づき、やがては完全な魔法生物になる。そうなった完成形をヴァンパイアっていうんだけ──】


「そんなこと知ってるよ! 舐めてんのか? この世界でも『異世界人大全』って書物に載ってる。だからその始まりがどうとかってのは何なんだよ」


 そうだ。異世界人大全は公式書物。それは、今まで人類が積み上げてきた、異世界人に関する知識の集大成。

 多くの人間が犠牲となった上に積み上げられた、対魔戦闘における貴重な財産。

 人類にとっては途轍もない価値を持つ、絶対的な情報源だ。

 

 魔特を目指すあたしは、当然の如く、どの警察官よりも、穴が開くほどこの書物に目を通してきた。

 だからこそ言い切れる。こいつが言っていることは、絶対に異世界人大全には載っていない。


【あはは。せっかちだなぁ伊織は。まあ聞きなよ。死ぬ間際に『強い思念』を抱いたまま死んだ個体は、通常のヴァンパイアとは比べ物にならない強さを誇るようになるんだ。

 強力な残留思念は龍脈の影響を受けてさらに増強し、その強さは、この人間界で定められてる『異世界人に関する国際基準』でいうとおそらく支配者級マスタークラスに相当するだろうね。この世に初めて生まれたヴァンパイアがそうだったから、そう名付けられたってわけ】


 突拍子もない話に、また言葉が止まる。

 支配者級マスタークラスというのは、場合によっては一体、少なくとも二、三体いれば、そいつらがその気にさえなればこの人間界に存在する一国を滅ぼせるレベルの強さを持つ、上位の異世界人だ。


 信じられない。きっと適当を言っているんだ。口でなら何とでも言える。

 こんな馬鹿の言うことを、間に受ける必要はない……。

 その思いとは裏腹に、あたしの喉は、いつの間にかカラカラに乾いていた。


「……お前の見込み違いだろ。た、たかだかヴァンパイア風情が、そこまでの実力を手に入れるなんて信じられない」


【まー、あくまでそれは最悪の場合だよ。死ぬ前にどの程度強い思念を抱いていたかが鍵になる。

 完成形になった彼らは魔法生物だ。日中だってほとんど弱ることなく普通に外を歩けるよ。

 特に厄介なのは『吸血魔術』だねー。これは普通のヴァンパイアも使うんだけど、『始まり』の奴らは血を吸えば吸うほど桁違いに強くなっていくから、たくさん吸っちゃう前に倒さないとマジで支配者級マスタークラスになっちゃうよ?】

     

 なんの根拠もない、しかも怠惰で軽薄なこのクソエルフの話に、どうしてこんなふうに胸をかき乱されてしまうんだろう。

 仕事中にパチンコに行くような奴の言うことだ。むしろ信じるほうがどうかしてる。


 だけど……もし。

 万が一、本当だったとしたら?


 わかっているだけでも、既に五〇人以上が同じ手口で行方不明になっている。ヴァンパイアがこれほどの規模で人間を攫ったという犯罪の記録は、未だかつて存在しないのだ。

「万が一」が的中していたとするなら、メガネさんは確実に命を落とすことになる。


「……ミノル。奴らの外観は、異世界大全通りか?」


【そうだね。瞳は魔力を使った時には真っ赤に光る。あとは、八重歯が尖っていたり。それ以外は、普通の人間とそんなに変わんな──】


 電話を切って、駅の改札を走り抜ける。

 駅を出た時には、あたしはミノルの話が真実であることを前提として、これからの行動を考え始めていた。


 支配者級マスタークラスの力を持つというヴァンパイア。

 太刀打ちできるかどうかなんてわからない。

 でも、行かなきゃダメだ。これはあたしの仕事なんだ!


 

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