第18話 同類



 魔術事件に関しては、刑事部と警備部が密に連携をとり、魔特が迅速に臨場することで人命救助や魔術犯の討伐につながるケースが多い。

 

 そのため、魔術事件に関しては、捜査一課と警備ゼロ課のどちらもが、該当事案の捜査ファイルを閲覧できるよう権限設定がなされている。

 あたしは、市村刑事が調べていた事案の電子記録ファイルをPC端末から確認した。


 事案の概要とともに、市村さんが遺族である幸村早苗さんから録取した内容は見ることができた。だが、あたしは直接被害者遺族を尋ねることにした。

 もしかすると、ここに書かれていること意外にも、何か話が聞けるかもしれないと思ったからだ。


 青木さんは「捜査は刑事の仕事だからお前らは待て」と言ったが、仮に敵が魔術犯なら、早急に魔特の出場が必要となる。

 やはりどう考えても、じっとしていることが良い策だとは到底思えなかったのだ。


 幸村さんの自宅へと着き、インターホンを鳴らす。

 僅かに開いた玄関ドアの隙間から見える表情は、憔悴していた。

 資料では四九歳の女性。化粧はせず、頬は痩せこけている。

  

「あの。幸村早苗さんですか」


「そうですが。どなたですか」

  

 幸村さんは、あたしのことを足元から顔までゆっくり視線を移して確認していく。

 やはりこの格好が信用されていないのだろうか。


 というか、警察関係者だと思われていないのだろう。こういう時はさすがにもうちょっと真面目な格好をする必要があるな……なんて思い至って頭を垂れる。

 いつの間にあたし、不真面目キャラになったんだ?

 仕方がないので、あたしは警察手帳を見せた。


「……ご苦労様です。今日はどのような」


「以前、幸村さんが警視庁へ来られた時、応対した刑事がいたと思います。覚えておられますよね」


「市村さんのことですか。もちろんです。彼は、何か手がかりを掴みましたか」


 目の輝きに変化があった。

 これに答えるのは、少しだけ気が重くなる。


「わかりません」


 彼女は両手で顔を覆った。

 静かに啜り泣く声が聞こえてきた。


 人の気持ちを簡単に「わかる」と言ってしまうのは憚られる。

 異世界人の手によって父を亡くしたあたしですらが、今の彼女の気持ちを正確に理解することはできない。


 あたしは無惨な姿となった父と対面したが、彼女の大切な人たちは未だ消息不明なのだ。

 すがるような思いで待っていたに違いないと思うが、「お気持ちを察する」程度にしか、彼女の苦しみの深さはわからない。

 

 それに、被害者の気持ちを理解しようとすることは良いことかもしれないが、厳密に言うと必須ではない。

 あたしたちの役目は、全てを解明し、適切に処理することだ。

 被害者の気持ちを理解しなければならないとするなら、それは被害者を不必要に傷つけないため、そして、困難な壁を乗り越えるための意志を維持するためだと、あたしは思っている。

 

 あたしは、次の言葉を待った。

 しばらくすると、彼女は顔を上げてくれた。

 

「……ですが、どうして市村さんではなく、あなたが?」


「市村は、消息不明となりました」


 彼女の顔の至る所に深い皺が刻まれていく。

 絶望がありありと現れた表情を作って唇を振るわせ、拳を握りしめながら、幸村さんはうつむいた。


「何度も同じようなことをお伺いしているかもしれません。ですが、あたしたちが真実に辿り着くために必要なことなのです。市村さんがあなたとお話ししたのは、最初の一回だけですか? 彼は、何か言っていませんでしたか?」


 言葉を口にするには、相当のエネルギーを要したようだ。

 彼女は、気持ちを落ち着けようと何度も努力していた。


「……私が市村さんにお会いしたのは一度だけです。彼は、この件には異世界人が絡んでいる可能性があると言っていました。

 異世界転移が原因なのか、それとも犯人がいるのか、そうだとすると人間なのか異世界人なのか、今の時点でどれかに確定させることはできないけど、今、警察は犯人がいる方向で調べていると。

 もし、異世界人が魔術を使って犯罪を犯していたなら、魔力痕というものが残る。それを警察が持っている探知機で検知できれば、犯人へ辿り着くことができるかもしれない。彼はそう言っていました」


「……そうですね」

  

 有力な手がかりは得られそうになかった。

 やはり、粘り強く地道な刑事課の捜査に頼るほかないのかもしれない。


「足で魔力痕を追うのは、犯人に結びつかないことも多いようですね。非常に短い時間で消えてしまうからだと。でも、ほんのわずかでも魔力が残存していれば、それを採取して解析できるから、他の場所で採取した魔力痕と照合することができると。そこで共通点が見つかれば、犯人の居場所や正体も分かるとおっしゃって」


「ええ。確かに、そう──」


 そう言いかけて、一つ思い出した。

 魔力痕のことだ。


 魔力を受けた物体には魔力痕と呼ばれるものが残るが、魔道具「魔力探知機」を使用すると、それは指紋のような感じで人それぞれ異なる紋様を呈する。ちなみに、これを警察では「魔力紋」と呼んでいる。


 仮に被疑者が魔術を使っていたとしたなら、必ず魔力痕が残っているはず。

 だが、どんなに長くとも、魔力痕は二四時間以上その場に残留しないと言われている。

 だから、魔術の絡んだ捜査は早さが命なのだ。


 市村刑事は魔力探知機を使って調査していたはずで、その結果をメガネさんへ報告する前に彼は姿を消してしまった。


 しかし、魔力探知機で計測した魔力ログは、リアルタイムで警視庁のデータベースに同期され記録される。

 もし市村さんが敵に捕まっていたとしても、採取できたなら記録は残っているはず。データベースに残っているなら、あたしでも閲覧可能だ。


 あたしは事務所に戻ってログを確認することにした。




◾️ ◾️ ◾️




 電車に乗って夢の島にある事務所へ帰っている間、自分は何をやっているのかと悩んだ。


 捜査は刑事の仕事。

 あたしたちは、捜査によって刑事が掴んだ情報を使い、敵を叩くのが仕事。

 こんなことをやっている暇があったら自分の戦闘力を磨き、ミノルに訓練させなければならない。それが魔特としての本分だ。


 魔力ログを確認したら、それを最後に捜査ごっこはやめようと思った。

 青木さんのような捜査の専門部署がやるからこそ、有効な捜査ができるのであって、あたしが適当にやって良いことではない。


 それに、中途半端に遺族へ接触したせいで、また感情的になってしまいそうだ。

 先日の悪魔兄弟のときも、被害者のことを思い出した結果、沸騰した頭が正常な判断力を鈍らせてしまった。


 どうしてもお父さんのことがフラッシュバックして、怒りがコントロールできなくなってしまう。

 これが自分の弱点であると、明確に認識する必要があった。


「無心」。時間を掛けて磨き上げてきた、敵と対峙する時の極意だ。

 これを守らずして、人間であるあたしが人智を越える力を持った異世界人犯罪者たちと互角以上に戦うことなでできはしないのだ。


 事務所に戻り、PC端末から本事案の電子記録ファイルへもう一度アクセスする。


 記録には、魔力ログは紐づけられてはいなかった。

 それはそうなのかもしれない。仮に市村さんが魔力痕の採取に成功していたとしても、彼は警視庁に戻ってくることなく行方不明になったのだから。

 紐づける時間など無かった可能性はある。だから、ログは個別に検索する必要がある。


 システムで検索するのは、使用者の名前だ。

「捜査一課」の「市村慎也」で検索をかける。

 すると、昨日の午前一〇時二三分に、彼が残した最後の記録が見つかった。

 

 市村さんが失踪したのは昨日だ。

 彼が手掛かりを掴んだという青木さんの予想は当たっていたのだろうか。


 さらに見ていくと、被害者の行方不明現場に残された魔力痕と、ある場所で採取した魔力痕が、一致したという記録が見つかった。

 どうやら、やはり市村さんは手掛かりを掴んでいたようだ。

 その場所を、あたしは声に出して読み上げる。


人隠市ひとかくし、セントポリア大聖堂──え」


 このログを閲覧した職員の記録を見て、あたしは固まった。

 今日の午前九時一〇分、この魔力ログを最後に閲覧したのは捜査一課、青木夏目。

 

 すぐさま捜査一課へ電話した。だが、誰も青木さんには繋いでくれなかった。

 急いで支度をして事務所を駆け出し、あたしはすぐに警視庁へとんぼ返りする。

 捜査一課の事務所へ入るなり、大声で叫んでやった。

  

「青木刑事はいますか!」

 

「ああ? なんだお前──」


 一番近くに居た奴が凄もうとしたが、あたしは先に胸ぐらを掴んでやった。 

 

「いいんだよそんなことは! 青木はどうした!」


「……んだぁ、朝の姉ちゃんかよ。ったく、威勢のいい新人だな。魔特も大変──」


「うるせー。早く言え、殺すぞ」


 最高に殺気を込めて言い放つ。

 ガタイのゴツい刑事が、微妙に後ずさった。

 ここで遠慮しているわけにはいかない。時間がないかもしれないのだ。

  

「さあな。朝イチに一人で出て行ったが、行き先はわからん」


「……あのバカ刑事が!」


「待て!」


 他の刑事たちが、駆け出そうとするあたしの行く先を塞ぐ。

 何人かが腕を組んで入口に立ち、あたしを睨む。

 どうも様子がおかしい。こいつらは、何かを隠している。


「なんだ? お前ら何を隠してる。吐けコラ」


 だんだん口調が鈴木のおっさんみたいになってきた。

 このままじゃあいつみたいになってしまうかもしれない。それはあまりにも不本意だ。


「市村のログを見たな」


「……お前ら、知ってたんだな」


「魔特の仕事はまだだ。青木から待てと言われたろうが」


「このままではあいつは死ぬぞ! 魔特を一緒に連れていけばいいだろうが! お前らもお前らだ。最初からわかっていたんだな? どうして一人で行かせるんだ、自殺願望でもあんのか!」


 言ってしまってから、またハッとする。

 言い過ぎだ。あたしはここで喋るのをやめたが、もう手遅れだろう。

 致命的に関係を決裂させてしまったかと思ったが、刑事たちは特に激昂したりはしなかった。


「この件に魔術が絡んでいるのは間違いない。その場で殺しているのではないし、行方不明者の失踪時期が被っていることからして、捕獲してしばらくは置いておくのだろう。それなら、多数の人間たちを保管しておく貯蔵庫が必要だ。潜入しなければ尻尾を掴むことは難しい。もし大聖堂がアジトでなければ、下手を打てば逃げられてしまう可能性がある」


「失踪現場と同じ魔力痕が大聖堂で検知できたんだろ!? なら、そこが被疑者のアジトの可能性大だろうが。あとは魔特に任せれば終わりだ」


「被疑者がたまたま訪れて、そこへ市村が鉢合わせただけのケースも現時点では考えられる。個人宅ではなく、不特定多数が出入りする施設なんだ。まだ確証はない」


 また感情が湧き上がってくる。

 それを止めることもできずに、あたしは吐き出した。


「だからってバディも組まずに行かせたのか。お前らがやってることは見殺しだろうが!」


 言いたいことを言わずして、先に進むことはできない。

 こいつらの気持ちはわからないし、正しいとも思わない。

 あたしの感情をまともにぶつけられても、ガタイのゴツいこの刑事は、感情の波を荒立てはしなかった。


「潜入する場合、複数で行けば怪しまれてしまう。それに、今回の件に関しては、昼間に行けばさほどの危険性はないはずだ」


「あのメガネもそんなことを言っていたな。何を掴んでいる? 何を根拠にそんなことを言っているんだ」


 あたしと喋っているゴツい刑事は、隣にいる別の刑事と目配せをする。

 そいつが頷くと、ゴツい刑事は続きを話し始めた。


「失踪直前、市村は青木に電話し、大聖堂内にいる一人の人物の瞳が赤く光っているのを目撃したと話した。それと同時に、長く伸びた八重歯もな。ヴァンパイアであることは間違いない。奴らが陽の光に弱いというのは、公式書物である『異世界人大全』にも載っている弱点だ。昼に行動する限りは、飛躍的に危険性を下げることができる」


「失踪者がその場で殺されていないのなら、お前らの言う通り、捕獲されている可能性が考えられるだろ。つまり、奴らはそういう戦法をとる。接触しに行くのが昼か夜かは危険性の高さと関係ない!」


「本事案の失踪者は、すべて夜に行方不明になっている。それが何よりの証拠だ」


「全員が夜とは限らないだろ! 夜に失踪した奴らが多いからこの事案に気づいただけだ。それに、市村さんの行方不明になった時間帯が午前中だってのが、何よりの証拠だろ!」


「市村の場合は、自ら敵に近づいて勘付かれたんだろうから例外だと言える。その件があったから、敵はもうアジトを引き払っているかもしれんがな。いずれにしても、青木は『この件を片付けるのは自分の責務だ』と言っている。そう言ったあいつが、まだ待てと言っているんだ。だからお前らはまだ待て」


「どうしてだ? なんで」


「お前らにはわからない……と言いたいところだが、お前・・にはわかるはずだ」


「どういうことだ?」


「お前、月島だろ。月島隼人の娘の」


「ああ。だからなんだ」


「お前は、自分が大切に思っていた人間の仇討ちを、他人に任せるのか?」


「…………仇って何だ。市村刑事が死んだとは限らない」


「恐らくそうなっているはずだ。この捜査には相当の危険性が伴うし、青木は誰にもこの役目を譲るつもりはない。これは青木の意志だ」


「なら、ここで追いかけるのも、あたしの意志だ!」


 あたしは、出入口を塞ぐ屈強な刑事どもを、力づくで押し除ける。

 セントポリア大聖堂へ向かうため、急いでエレベーターへ向かった。


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