第17話 失踪事件と、メガネ刑事



 次の当番日、出勤するや否や、玉櫛課長は隊員を集めた。

 話の内容は、ニュースでもやっている一連の行方不明事件についてだ。


 ある変死事件を追っていた、警視庁刑事部捜査一課の刑事──「市村いちむら慎也しんや」が、行方不明になった。

 上司の刑事である「青木あおき夏目なつめ」によると、その件について報告を受ける前に、市村刑事は消息を絶ってしまったとのことだった。それは昨日のことらしい。


 まだ捜査一課の捜査中のため魔特が動くことはないが、異世界人絡みの可能性が高く、捜査一課から先立って情報提供があった。

 仮に異世界人の仕業であれば、警察の威信にかけて必ず仕留めるようにと、課長から指示があったのだ。


 あたしは、鈴木さんを通じて課長の命を受け、本事案を担当することになった。

「まだ動かなくていい」と言われたが、刑事たちから現時点での詳しい話を聴取したかったあたしは、警視庁へと向かうことにした。


「担当の刑事さんをお願いします」と依頼すると、しばらくしてダルそうに出てきたのは、ボサボサ黒髪のメガネ刑事。

 黒のスーツにカーキのコートを来た、刑事だなぁ、という印象の刑事だ。


「お前、見ない顔だな。……まさかお前らが今回の?」


「あたしは警備ゼロ課・第二係の月島伊織です。こちらは専属の田中ミノル。今回の事案を担当します。あなたが青木さんですか」


 どうやらこいつが、行方不明者と最後にコンタクトをとった刑事らしい。

 さっそく話を聞かせてもらおうと思ったのだが、彼の反応は芳しくないものだった。


「うちの課長はちゃんと話をしたのかよ。まだ魔特が動く段階じゃないって聞いてないのか? しかも、よりにもよって、こんなふざけたガキどもをよこすとはよ」


 つま先から頭のてっぺんまで、というのを地で行く感じで、あたしとミノルのことを舐めるように見る青木刑事。

 挙句に、腹立たしげにこう言ったのだ。


 あたしの格好は真っ赤なブラウスに黒デニム、ミノルに至っては上下真っ白のダボダボパーカーとスウェットだ。ヘッドホンもしているし、キャップも被っているという相変わらずのB系テイスト。それに加えて今はガムも噛んでいる。

 まあ気持ちは分からんでもないが、それとこれとは関係ない。


「見た目と実力は関係ないと思いますが。余計なことは結構です。早く情報を」


「余計なこと、か」


 ぱっと見でわかるほどに、メガネ刑事は不快感を示した。

 深いため息をワザとらしく吐いて、頭をガシガシと掻く。


「なんですか?」


「俺たち刑事の仕事は捜査がほとんどだ。目立つ格好をして、対象に目をつけられるなんぞもってのほかなんだよ。失敗すれば命の危険にも晒される。

 お前らにしても、捜査業務はしないかもしれないが、敵の不意を突くためには目立たない格好をするほうが有効なのは基本だろうが。

 その重要性は、俺たち刑事となんら変わらない。意識が低いんだよ。お前ら程度が行ってもどうせ殺されるのがオチだ。偉そうな口は基本を勉強し直してから来い」

 

「一般人に近い格好で問題ないと思いますが」


「色のチョイスが馬鹿なんだよ、印象に残っちまうだろが。そんなことも言われなきゃわかんねえのか馬鹿」


 どいつもこいつも馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿と! 普通に話をしようという気はないのか。

 しかし、服装のことを抜きにしても、この刑事は、なんかあたしを信用していない気がする。

 あたしの喋り方が、ちょっとぶっきらぼうだったかな?


 それとも、これが普通なのだろうか。

 初対面の相手を無条件でいきなり信用するほうが馬鹿なのか。


「……結果を出せば文句ないですよね」

 

「結果を見るまでもないから教えてやってんだ。結果が出た後じゃ遅いんだよ馬鹿。お前らみたいなのに任せるくらいなら、今後は俺たちでやると上司に伝えろ」


「玉櫛課長は、あたしに下命しました。それが魔特の意志決定です」


「お前のようなひよっこ隊員に任せるとは、魔特の人材不足はそれほど深刻か? それとも、よっぽど自分のところの隊員を死なせたいのか」


「魔特は戦闘が専門です。あなたが言うように、刑事課は捜査が専門のはず。自分のところの職員を死なせたいのはそっちじゃないですか?」


「お前みたいな新人に何がわかる!」


 メガネ刑事は、突然声を張り上げた。

 事務所にいる他の刑事たちが一斉にこちらを向く。

 あたしたちの近くにいた刑事などは、まるで睨むような目つきだ。きっと話を聞いていたのだろう。

 

「俺たちはな。お前ら魔特を疲労させることなく、無傷で敵のもとへ送り込むために、いつも命懸けの捜査をやっている。そのために、何人の仲間が殉職したと思ってる?

 俺たちにも魔弾の使用許可は下りるが、魔術ってのはそう単純なものじゃない。魔術書に載っていない術だってたくさんある。というよりも、似たような魔術でも、術者によって微妙に特殊効果や発動条件が異なるんだ。お前らだってわかってるだろが。

 そのせいで、銃なんぞ撃たせてすらもらえないことも多い。はっきり言ってなぁ、俺たちはお前らと違って、武器という武器を使わずに、常に丸腰で敵と対峙してるようなもんなんだよ!」

 

 シンとした捜査一課に、メガネの声が響く。

 あたしは、感情のままに言い返すことはやめた。


 彼の言うことは、理屈としては理解することができる。

 だから、同じ警察官として、この事案に真摯に取り組むつもりだった。だからこそ、この段階でここへ来たのだ。


 だけど、対人関係があまり得意じゃないあたしは、やはり少し無神経だったかもしれない。

 あたしが言えることはこれくらいだと思って口を開く。


「でも、それでは、あなたたちが、もっと危険に晒される」


「俺は死など覚悟している」


「あたしも、死は覚悟してます」


「お前のような小娘が、どうしてそこまでして魔特なんかやっている? 仕事など他にいくらでもあるだろう。こんな物騒な事案ばかり対応させられる仕事なんぞ、どうして好き好んでやるんだ」

  

 しばし見つめ合う。

 この刑事に信用してもらうには、きっとこちらも正直に打ち明けなければならないだろうと思った。

 その理由を、あたしは瑠夏意外にはほとんど誰にも話してこなかったが、本気で向き合うなら、本音でぶつからなきゃならない気がした。


「あたしの父は、異世界人に殺されました。あたしは、そいつを討伐するために魔特隊員を目指してきた。どの被疑者も父の仇の可能性がある以上、一度たりとも逃げるわけにはいきません」


 またもや、しばし見つめ合う。

 一瞬、青木の表情が緩んだ気がした。

 それから、また大きなため息をひとつ。


「そこまで腹括ってんなら、もっとマシな格好しろってんだ」


 やがて彼は話し始める。

 あたしは、ようやくこの事案のスタートラインに立つことができたらしい。


「俺は刑事部捜査一課の青木夏目だ。そもそも行方不明者というものは常日頃から発生していて珍しいことではないし、発見されることも期待薄だ。だが、今回の事案は少し様子が妙だった」


 あたしは、青木の話に聞き入る。話の内容は次のようなものだった。


 その被害者は、ラグビーをやっている体格の良い男子大学生で、深夜一時にコンビニに行ってくると言って出掛けたっきり、戻らなかったということだ。

 付近の防犯カメラも調べたが、ちょうどカメラの穴になっている付近で、忽然と姿を消した。

 

 その被害者の母親は、少し前に、夫もが同じように行方不明になっている。

 母親は、「夫は自分に愛想を尽かして出て行ったのかもしれない」と考えたそうだ。

 だが、その二ヶ月後には息子が姿を消した。


 同じ家族が二人続けて手掛かりもないまま行方不明だ。

 母親は必死になって警察に訴えた。

 こういうタイプの失踪事件は、異世界人が絡んでいることも多い。そっち方面の捜査を担当していたのが、青木の部下の、市村という刑事だった。

 

 情報を洗うと、同じような状況で消えた若者の失踪事件が、東京都全域で多数発生していることが判明してきた。場合によっては、他の県警本部の管轄でも発生しているかもしれない。

 失踪時期は、割と固まっている時期もあれば、離れている時期もあり、いずれにしても合計すると半年で五〇人を超える。


 行方不明になっているのは全員夜中。

 人通りが少ない時刻とはいえ、東京の街中の道路上で消え去っていた。

 そしてどの被害者もが、周囲の防犯カメラの穴になっているところで、忽然と姿を消していた。


 聞き込みによると、生きることに絶望していた様子ではないという。

 女子供ばかりを狙っているというわけでもない。この事案などは、そう簡単に誘拐されるとは思えない、鍛えられた肉体の持ち主だ。

 別の事案では、格闘技をやっている男も失踪していた。

 

「そしてあいつは、昨日の朝に出たっきり戻ってこなかった。きっと被疑者の近くまで辿り着いていたに違いない。昼間に行動していたはずだったんだがな。

 ……話はこれで終わりだ。俺たちもまだ手掛かりは掴んでいない。お前の言うとおり、捜査は俺たちの仕事で、戦闘がお前たちの仕事だ。まだ少し待て」

   

 そう言い渡し、メガネ刑事・青木は、あたしの元を去っていく。

 捜査一課には、あたしが訪れた時と同じような喧騒が戻った。


 何も手がかりはない、か。

 仕方がない。あたしたちの本分は、あの刑事が言うように異世界人凶悪犯との戦闘なのだ。

 こいつらが捜査した結果に基づいて、あたしたちは動く。それがルールだ。


 今は、事務所に戻ってミノルの訓練計画でも──と思っていたところでミノルがあたしの肩を叩く。


「ねえ、ちょっと出掛けてきていい?」


「……どこ行くんだよ。また泡姫か? いいよ。行ってこい。そして二度と戻ってくるな」


「違うよ! 断じて違う! 君を悲しませるなんて、僕はしたくないんだ。僕は本当に君のことが大好きなんだから」


「お前のことであたしが悲しむわけないだろいちいち鬱陶しいな! 好きにしろ」


 罵倒されたくせにルンルンしながら出ていくミノルの背中を、刺すように見てやる。

 あいつはここ最近、あたしの心がくすぐったくなるような言葉を急に並べ始めた。何か悪巧みをしているのかもしれない。


 それにしても、あたしらは刑事たちから馬鹿にされてんだよ?

 ちょっとは見返してやろうとしやがれ!





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