第16話 調教



 退庁し、翌日。  


 昨日の事情を詳しく聞いた限り、歓楽街をフラフラしていたら良い感じの店があったので入ってみたらしく、料金のことなど気にせずサービスを受けたら支払えなかった、ということらしい。


 あの街をフラフラしてて、たまたま入った?


 馬鹿言うんじゃないよ。目的意識のない奴があんなとこ行くか。

 そしてこいつは、あの女子高生からしっかりサービスを受けたわけで。

 ああ、なんかフワフワした好青年の印象は消え去ったな。クズだこいつは。


 あたしが家に帰ろうと駅へ向かうと、ミノルもついてくる。

 そうだ。いい加減、こいつを追い出さなければ。

 

「おい。お前は自分の家をちゃんと探してるのか?」


「うん。でも、なかなかいいところが見つからなくて。本当にごめん。君に迷惑をかけたいわけじゃないんだ」


 傷ついたようにしょんぼりするミノル。

 あたしはなんだか胸が痛んで、可哀想になってしまう。

 結局は、しばらく面倒見てやるしかないのか……。


「わかったよ。だけど、部屋は真面目に探せよ」


「うん! ありがとう! でもね、それまでの間、四六時中ずっと君と行動を共にするってわけにもいかないでしょ。だから、スペアキーが欲しいな」 


「まあ……それはそうか」 


 あれ? 

 この流れ、あってる?




 ミノルと二人でご飯にする。

 あたしは筋肉のことしか考えてないようなササミと豆腐のみの夕食を食おうとしたが、ミノルが美味しいものを食べたいとごねるので、サラッと野菜炒めを作ってやった。

 冷蔵庫にあったもので作っただけの一品だが、このエルフは満足したようだ。

 

 夕ご飯が済んでしばらくした頃。

 ブルーライトカットのメガネを掛けたミノルは、PCでネットサーフィンに夢中なので、あたしは瑠夏と電話をすることにした。


「かくかくしかじかで。マジで厄介なことになったんだけど」


【あんたそれヒモじゃない?】


「給料が入ったら、ちゃんと生活費入れてくれるって言ってた」


【へー】


「なにその気のない返事」


【既にあんたは五万円の小遣い渡して一瞬で使い切られた挙句、追加で豪遊費の未払い分を払わされてんでしょ?】


「う」

  

「伊織〜。お腹が減ったよー。なんか作って」


 電話の最中、ミノルが叫ぶ。

 だんだん遠慮がなくなってきた。


「あたしはあんたの召使いじゃない! ってか、さっき食ったばっかだろ!」


【どうしたの?】


「なんか腹減ったって。しょうがないな……」


【くっくっく】


「なんだよ?」


【いや、なんでも】


「ったく。どうしてあたしが」

  

 やむなしに文句を垂れながらも鍋を振るう。

 あたしはスピーカーホンで瑠夏と電話しながら、チャーハンを作ることにした。

  

【一回さ、私にも会わせてよ】


「え〜? どっかでフラッと会えるって言ったでしょ。敢えて会ってどうすんだよ」


【伊織を任せられるかどうか、見てやろーっての】


「じゃあ、もう結果は決まってるよ。不合格。ってか彼氏じゃねえ。仕事上のパートナー」


【はは。あんたのお金で泡姫と遊ぶしね】


「そのうえ怠惰で、だらしないし」


【そういうのって、既視感覚えるんだよね】


「ダメ男ばっか渡り歩いてるもんね、瑠夏は」


【あ、言ったな。あんたこそ、そろそろちゃんと男見つけなさいよ】


「あたしは別に恋愛に生きてないから。やらなきゃならんことで手一杯」


【ま、それも大事だけどさ。自分の幸せも考えていいと思うよ?】


「目的に一直線なのが、あたしの幸せ」


【耳タコ】


「なら言うなって」


「伊織〜! まだ〜?」


「うるさい黙って待ってろ! ……ねえ、それはそれとして、こういう奴って、魔特の相棒としてはどうだと思う?」


【くっくっく……。性格相性ぴったりみたいだから、いいと思うけど】


「ふざけてる?」


【とりあえずはさ、あんたは強いわけだから様子を見てみたら? ってか、私はそもそも魔特なんて危険極まりない部署にあんたが配属されること自体、断固反対なんだけど。ずっと言ってるでしょ、ほんとに分かってんのかなこいつは】


「それがあたしの生きる道」


【耳タコだっつってんの】


 電話を切って、最後の味付けに醤油を垂らす。

 PCに夢中のミノルの前に、皿をドン! と置いてやった。


「わぁい。ありがとーっ!」


 あたしの作った焼飯を美味そうに食うミノル。

 マジでこういうところだけ見てると天使のように無邪気な笑顔だ。


 普通に近所の子とかだったら優しく接してあげられる気がするけど、いかんせんこいつは生死を共にする相棒。

 このまま甘やかしていいわけはない。

 厳しく調教してやらねば!


「ところでさ。あの佐藤ケイコって女、どういう知り合いなんだよ」


「えーと。前の世界で、ちょっとね」


「ちょっとって何」


「まあいいじゃんそんなことは。ねー伊織、ところでさ、僕、君にプレゼントがあるんだ」


「何だよっ」

 

 あからさまに話を変えるミノルにムカついて、ぶっきらぼうに答えるあたしへ奴が渡してきたのは、服。

 赤のカーディガン、白シャツ、黒スキニーデニムを一式で買ってきやがったのだ。


「なんで服?」


「伊織の普段着って、スウェットしか見てないからさ。伊織の真の可愛さを発揮させるにはどんな服が似合うかなー、って考えてて。これだ! ってなったんだよ」


「あたし、あんまこういう派手な色は、ずっと避けてきてて──」


「でしょ? だから買ってきたんだよ。家で着てるスウェットですら上下黒じゃない? 黒以外の服を着てるところ、ほぼ見てないんだよね。だからさ、きっと似合うと思って」


「……ありがと。まあ気が向いたら着てみる──」


「仕事の日も着て行ってね」


「はぁ!? なんでだよ! 怒られちゃうじゃないかっ」


「誰が怒るの? 僕が見た感じ、警察の人っていろんな服を着てるよね。大丈夫じゃない?」


「あれは、一般人に紛れるために色々……」


「じゃあ余計に大丈夫だよ。僕らの仕事って、そういう側面強めでしょ? むしろ黒づくめの人なんて、すぐに警戒されちゃうんじゃない。だから動きやすそうな服を選んだんだよ」


 正論でもある。

 確かに、カーディガンは別として、シャツとデニムなら別に動きにくいってことはないし。

 でも、この赤のカーディガンはちょっと色味が派手すぎる気が。それに、課長の許可も得ないといけないし……。


 まあ、女子高生のコスプレで出勤する奴がいるくらいだから大丈夫か? 

 ってか、課長自身がイカれた真っ白なスーツだ。絶対に大丈夫だな。

 そういやこいつ、なんであたしの服、サイズわかったんだよ?

 

「休みの日みたいに髪を下ろしてる時も、仕事の時みたいにポニテにしてる時も、きっと可愛く見えると思うよ。僕ね、伊織みたいに肩くらいの長さの髪の人、すごく好きなんだ」


 なんだこいつ!?

 可愛いとか好きとか……恥ずかしげもなくこういうことをいきなり!

 そのせいで顔が熱くなる。マジでやめてほしい。


 職場の同僚や敵としての男は、ただの生物として扱うので問題はないのだが。

 こうやって、異性としての「男」を匂わせる奴は、こいつが初めてなのだ。

 自分の中に基準が無さすぎて、どうするのが正解なのか全くわからない。

  

「それにね、こういうバッグも買ってきた」


 ミノルが差し出したのは、ちょっと大きめのトートバッグ。


「なんで?」


「せっかく一般人らしいファッションしてんのにさ、そんな馬鹿デカいナイフなんてぶら下げてたら台無しじゃん。だから」

 

 こいつ、マジで仕事の時にも着させるつもりで買ってきたのか。

 まあ、これを全部合わせても五万円には到底いかないだろう。

 あたしはこんなもので誤魔化されないぞ!





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