第15話 クソエルフと、泡姫さん

 


 夕方になり、瑠夏や村上さんのような日勤職員が帰って、あたしたちのような常時待機の勤務者だけが残った。

 ミノルがまだ帰ってきていない。

 あいつ大丈夫か? まさか迷子になってんじゃないだろうな。


 あたしが事務所にいると、正面ゲートにミノルが来ていると守衛室から連絡が入った。

 至急来て欲しい、と言われる。

 あいつ、この魔術総合術科センターに勤めている専属なんだから、自分で入れるだろ!

 

 憤慨しながらあたしが向かうと、ブレザーの制服を着た見知らぬ女子高生と、その女子高生に抱きつかれたミノルが、正面ゲートで足止めを喰らっている。

 状況が意味不明すぎて全く理解不能。とりあえずあたしはゲートから出て、敷地の外で話すことにした。


「どうしたんだよ。あんた何やってたの? 遅くなる時はスマホ使って連絡入れるように言っておいただろ」


「えーと。その」

    

 何か歯切れが悪い。

 すると、頼んでもないのに女子高生が説明を始めた。  


「ミノルがなあ、お金払われへんかってん。ウチが立て替えてんねんけど、知り合いっちゅうても一応は一見さんやからなぁ。ここに来たら同棲してる彼女が払える言うから、ミノルちゃんの彼女がどんな女か興味あるし、確認がてら来たっちゅうわけ」


「……はぁ? いちから説明してくれる?」

 

 女子高生から名刺を渡される。

 そこには、異世界人専門泡姫城「魔女王様」と書いてあった。全くフェイク要素がないド直球だ。

 源氏名はリオ。

 住所は、台東区千束……


「……何これ。どういうこと」


「そこはミノルが自分で説明せんとねぇ」


 ミノルの呻き声がかすかに聞こえる。

 あたしはクソエルフをキッと睨みつけてやった。


「ねえミノル。何……ってか、なんのお店。その女の子は何」


「え、えーと。公衆浴場法による浴場業の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業をするお店というか。この子は、まあ……キャスト、というか」


 ブレザーの形態が歪むほどにデカい胸。

 金髪ロングの髪をなびかせた少女は、見た目だけで言うとマジの女子高生だと思ってしまうくらいの若さだ。


 この国では、仮に異世界人であろうと、人間と同様に一八歳で成人と見なされる。


 だが、異世界人は外見で年齢を推し量れないため、パッと見は高校生でもそうじゃないことも多いし、そもそも異世界転移者の年齢など自己申告でしかあり得ない。

 そのため、風俗業界では若く見える異世界人の女の子が引っ張りだこなのだ。


 つまり、この女の子は制服を着てはいるがコスプレであり、見た感じは高校生だが本当はすげー高齢の異世界人なのだろうと。

 ただ、あたしとしては一応確認しておくべきだろう。


「あなた、『人間界滞在証明』を見せてくれる?」


「ええよぉ。んーとね、ちょい待ちぃな。……はい、これ」

   

 女子高生は、バッグの中から証明カードを取り出した。

 これは最初に住民登録した時に渡されるもので、自分の身分証明になるから無くさないようにと厳重に言い渡されるものだ。

 ICチップも入っているし、透かしもある。住所も実在のものだし、一見すると偽造である感じはない。

 見ると、氏名は「佐藤ケイコ」。生年月日は「不明」。


 本当に未成年くらいの年齢なら自分で忘れることはないだろうし、最初から成人として働くことが目的なら、住民登録する時に「一八歳」などと申告すれば良い。

 少なくとも「不明」などとは書かれないだろう。住民登録の際には、この国での成人・未成年の取り扱いについてきちんと説明されるのだ。


 てことは、「実のところ数百年選手だった」なんてことも十分にあり得るわけだ。

 自分の年齢を忘れるレベルの高齢おばあちゃんが、自ら望んで泡姫をやっていたところで誰にも怒られることはない。素で年齢を誤魔化している説も否定はできないが。


 この女の子が人間か異世界人かを、この場で判別することはできなかった。

 ツノやら牙やら、獣人のような毛並みやらも無く、背中に翼も無い。

 肌もスベスベしてそうで鱗に覆われているわけでもない。

 

 一応、異世界人かもしれないなと思わせるところが一つだけあった。

 瞳は、目が覚めるような紅蓮。だけど、これだけで異世界人と断定するのは早計だ。

「異世界人専門店」と銘打ってはいるが、カラコンをつけさせて、未成年の人間をこのような店で働かせているのなら、この場で御用だ。


「あなた、異世界人?」


「えっと。それは僕が保証するよ。たまたま知ってる人だったからさ。だから未成年でもない」


「そう。あんたはそんなことじゃなくて事情を説明しなさいよ。友達がたまたま泡姫やってたから、その人と遊んできた訳?」


「まさか、そんなに高いとは、思わなくて、」


「五万円も渡したでしょ? それで足りなかったっての? どんな高級店入ったの? ってか何に遣ってんの?」


「ごめん! いやほんとごめん! 違うんだ。これには訳が」


 とりあえず、あたしは滝のように汗を流して慌てふためくミノルを無視して、女子高生へここで待つよう伝える。たまたま財布に入っていた分で足りたので、支払いを済ませた。

 あたしが肩代わりして支払うと、女子高生はミノルに手を振った。


「ほな、ウチ帰るわな! ミノル、今度また個人的にあそぼーな! 連絡するわ!」

 

 ガッツリ関西弁のイントネーションでしゃべった女子高生は、ミノルに個人的な約束を取り付けると帰っていった。


「あの、伊織。ごめん……あっっっっっ」


「ちょっとこっち来い」


 あたしは、良い具合に尖っていて、つねりやすいミノルの耳を、ギュウっとつねり上げながら引っ張った。

  

 なんだこいつ。

 やっぱだめだ。こんなのと付き合いしてちゃ、マジでダメになるわ。

 


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