第14話 唯一の友達・瑠夏



「ねーねー、お小遣いが欲しい」


 小学生が言いそうなこのふざけたセリフを臆面もなく吐いたのは、仮にもあたしとコンビを組むクソエルフだ。


 一瞬ぶん殴ってやろうかと迷ったが、「表立って喧嘩を吹っ掛ける前に、こいつが何を考えているのか探ったほうがいい」と自分自身を納得させて沸騰した心を落ち着ける。

 訳のわからん思考回路の奴と、今後ずっとやっていくのは不可能だからだ。


「……仕事してんだから、給料が入ってくるだろ」


「初任給が入るまではお金がないから、それまでは欲しいなあ」


「なんで赤の他人のお前にあたしが」


「僕だって一人のエルフだからさ。生活ってものを充実させたいんだよ。ね、お願い」


 ミノルは、捨てられた子犬みたいな目で見てくる。

 ダメだダメだ! こいつの目をじっと見てると変な気分になってくる。

 まさか、なんらかの魔術を使ってんじゃないだろうな?


「じゅ、住民登録をした時に、市役所から初期費用を渡されただろ? なんで無いんだよ。あんな豪華な家財道具を買いまくるから無くなったんだろ!」


「そうなんだよねー。だってさ、せっかく異世界生活が始まったってのに、楽しまなきゃ損じゃない? 例えばさ、もともと着てた服なんて着たらこの世界じゃ浮いちゃうから、こういう服とか買ったり」


 こいつは出会った頃からB系の格好だ。

 白のスウェットとパーカーはダボダボ。

 首にはヘッドホンを引っ掛けているし、キャップも被ってる。


 耳には変わった形のピアスがぶら下がっているし、ネックレスもブレスレットもアンクレットも、どれもこれも異国の原住民族が着けてそうなデザインだ。こちらはもしかすると転移前からの物なのかもしれないが。


「その他にもさ、お店に入ってご飯食べたり、色々。そんなことしてたらさ、気がついたら無くなってて。どのくらいが標準的な暮らしかイマイチわかんなかったんだよねー」


「くっ……何に使うんだよ」


「まだわかんないよ。この世界を色々知りたいと思ってさ! それも魔特として大事なことでしょ? 大丈夫、ちゃんと節約して余ったら返すから!」


 とりあえず、魔特の専属異世界人であることは証明されているから、身元不明の馬の骨ではないわけで。

 しかも、認めたくないが現在はあたしの正式な相棒。金欲しさに銀行強盗でもされた日にゃ、目も当てられない。


 仕方がないので貸すことにする。

「五万円欲しい」と言われたので「高すぎる」と一蹴してやったのだが、「もう二度と借りないから」とすがるように見つめられて、また変な気分になる。

 つい、言われるがまま五万円を貸してしまった。


 この世界がどんなところか、見てきたい。

 金を手に入れるや否や、そう言い残してミノルはルンルンしながら出掛けていった。


 専属である彼らには、特に事務などの仕事はない。

 事務をするのは警察官の役割だ。専属は、有事の際に戦闘力を発揮することのみを責務としている。


 彼らは戦うことしかしなくて良いが、それは簡単なことではない。

 負ければ即座に死へ繋がるのはもちろん、誰も敵わない異世界人犯罪者が現れた時点で、この国は終わる。

 そんなことも相まって、専属たちは、基本的には魔術をはじめとした戦闘術を磨く時間として勤務時間を過ごす者がほとんどだ。


 が、中には特に訓練などしない者もいるらしい。

 いくら国民の命、国の行末がかかっているとはいえ、異世界人たちにとっては本来どうでも良いことだ。


 専属とはいえ、あくまで自分の意思で職に就いているだけ。

 いざとなれば逃げ出しても全く不思議ではない。


 だからこそ、魔特隊員の役割は重要となる。

 彼らをこの職に縛り付けるのは、魔特隊員の最重要任務なのだ。


 とりあえず、あたしはミノルの選定試験の測定結果に目を通して、長所と短所を把握するところからだ。

 それからあいつの訓練スケジュールを組まないといけない。長所を伸ばすべきか、短所を補うべきか。


 見たところ、戦闘に入って即座に結界を展開しているところからして、最低限の心得はあるようだ。それがまだ救いだ。

 そうなれば、攻撃魔術の強化が当面の課題になるだろう。あいつの尻を叩いて訓練させないといけないな。


 あたしはあたしで基本鍛錬はしつつも、洞察力と思考力、判断力を養わなければならない。

 今日のタマキとミノルの立ち合いみたいな場面でも十分訓練になる。

 ぼーっとしてちゃダメだな。


「なーにをまた難しい顔をしてんの?」

 

 よーし、と気合を入れ直すあたしに、真正面から声をかけたのは、三原みはら瑠夏るか

 うつむきながら考え事をしていたので、全く気づかなかった。

 今日は、こちらが気づく前によく話しかけられる。それもこれも、朝から調子を狂わされているせいだ。


 瑠夏は、村上のおばちゃんと同じく、魔術総合術科センターの警察事務を担う行政職員だ。

 だが、村上さんと違って、瑠夏と知り合ったのは、ここへ配属されてからではない。


 彼女と知り合ったのは、あたしが当時勤務していた交番がある東京都郊外の神隠市かみかくしだ。ちなみに、あたしは今も神隠市にそのまま住んでいる。


 瑠夏と出会ったのは、あたしが交番勤務をしている時だった。

 夜中とはいえ交番の近くだというのに、男が彼女にしつこく付き纏っていたのだ。

 

 茶髪ロングにウェーブをかけたスタイルの良い瑠夏は、色っぽいお姉さんタイプ。

 韓ドラ狂の村上さんに言わせると、韓国女優でいうイ・ファギョンらしい。あたしにはよくわかんないが。

 それと、目線を下げたら見えてしまう胸の谷間に、男が吸い寄せられたのだろう。


 女性が男に絡まれているのが交番の中から見えたので、あたしは出ていった。

 あたしの体格を見てどうにでもなると思ったのだろう、その男はあたしの肩に手を回して「お前が相手してくれるならこの女は見逃してやる」と言った。

 もちろんその場で投げ飛ばしてやったのは言うまでも無い。

  

 交番の中に瑠夏を入れてしばらく話をしてみると、彼女は警察事務をやっている行政職員だと言う。

 しかも、勤務先は魔術総合術科センター。魔特の選抜試験に受かればあたしが配属されることになる、目標の場所だ。


 それから、あたしと瑠夏は友達になった。

 中学・高校と武道一筋で友達など作らなかったあたしの、久しぶりの友達だ。


 瑠夏は、あたしのお父さんのことを話してある数少ない人物のうちの一人だ。

 あたしが魔特に受かった時は、「そんな危険な仕事しちゃダメだよ!」と真剣に怒られた。

 でも、「これがあたしの生きる道」だと説明すると「パッフィーかよ!」と体をのけ反らせてツッコんでから、諦めてくれた。


 瑠夏は日勤職員なので、あたしとは勤務時間が合わないが、プライベートでお茶することもある。

 というか、武道一筋のあたしにお酒を教えたのはこいつだ。

 こいつのせいであたしは……まあその話はよそう。

  

「相変わらず今日も仏頂面してるじゃないか、伊織。憤懣ふんまんやるかたないとはこのことだね」


「悩みの種が尽きないせいだ。前の当番日に初任務に行ったばかりだよ」


「危険だという私のアドバイスが身に沁みたでしょ? これに懲りたら──」


「やめないよ。これがあたしの生きる道」


「もういいってパッフィーは。あんたマジでファザコンだよねー。もうそろそろ親父が好きだった曲とか聞くのやめなって」


「そ、そんなんじゃ」


「ま、冗談言う余裕あるなら心配ないか。あんたは強いもんね」


「…………」


「どうしたの?」


「さっそく壁にぶち当たったと言うか」


「早くない? まだ一日しか働いてないのに。そういや相棒はどうなったの」


「ちゃんとあてがわれたよ。高校生みたいなエルフ君。今一緒に住んでる」


「えっっっ!?? 男!? まさか同せ──」


「タンマっ! 声がでかいってマジで。上司が監察官にチンコロしてやろうかって言ってるくらいなんだがら」


「彼氏?」


「まさか」


「ふーん……」


「なに?」


「紹介しなさいよ」


「またいつか……ってか、間違いなく近々ここら辺で鉢合わせることになると思うよ」


「わー、たっのしみー! 男免疫ないくせに顔だけ・・・は可愛いあんたのことだから、初めての男には、きっと手玉に取られると思うなー」


「『顔だけは』ってなんだよ。やってらんないよほんと」


「男のことになると急にしどろもどろになるなんて……可愛すぎるっ! どうせ振り回されてんでしょうね。見たすぎるわそのシーン」


「死んでも見せん」 


 手を振り合って瑠夏と別れる。

 友達として話せる人物は、あたしには彼女だけだ。


 正直、目的達成のためには、友達などいらないと思っていた。いや、むしろ邪魔なのだとすら。

 

 だが、こういうのがないと、肝心の武道で行き詰まった時に余裕がなくなる。

 そのせいで、物に当たったり人に当たったりと良いことがなかった。特に魔特の試験が近づいてきた頃はひどかったのだ。


 彼女はあたしに余裕をくれる。自分都合のために友達付き合いをしていると言えばあまり良い印象は持たれないかもしれないが、それが本音だ。

 



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