第13話 韓ドラ好きのおばちゃんと、ホラ吹きエルフ



 クソッタレ堕天使とのご対面を終えたら、腹の虫がグゥーっと鳴る。

 ちょうどお昼時だった。あたしとミノルは、本館の中にある食堂へ入る。

  

「へえ〜! 結構満員になるんだねぇ。僕、ここへは来てなかったんだよ。外でラーメンばっか食べてるから」


「他のところとなると、ちょっと離れるんだよ」

 

 ふざけた暮らしぶりを打ち明けるミノルを、あたしは無視する。

 エルフは長寿だと言われているが、こいつはきっと成人病で、短命のうちに死ぬに違いない。


 あたしはヒレカツ定食大盛り。

 ミノルは煮込みハンバーグ。

 二人の量を見比べると、あたしのほうが完全に大食いみたいになっている。二人で外のお店に入ったら、きっと店員さんは、持ってきた料理の置く場所を間違えるだろうな。


「めっちゃうま〜! これはこれで良いもんだね。人間界って、食べるものおいしいよねぇ!」


 さっきタマキにコテンパンにされ、しかもあの強力な悪魔・ベリアルを目の当たりにしたにもかかわらず、底抜けの能天気さ。


 あたしだったら、悔しさで他のことなど考えられなくなっているだろう。まさに今、そうなっているのだ。

 なのにこいつときたら。


「……まあ転移する場所にもよるだろうけどな。この国は異世界人の魔術犯罪があるとはいえ、戦争とかは無いから食べ物も普通に手に入るし」


「そうなんだ。この世界でも戦争があるんだねぇ。僕のいた世界でも、戦争はあったよ」


「そうか。どんな感じなんだ?」


「魔術を使った戦争だよ。一番大きな争いは、魔王が率いる悪魔軍と、神が率いる天軍かなあ」


「……なんか現実離れした話にしか聞こえないな。魔王って、さっきのベリアルみたいな奴か?」


「まあそうだね」

 

 ほんとかよ? 

 ホラ吹いてんじゃないだろうな。こいつがあんなレベルの悪魔と戦えるイメージが全然湧かないが。


「ミノルは、どこの勢力に属するんだ?」


「僕は中立だよ。世界樹に住んで広大な大森林を守護する、妖精の一族さ。僕らは、侵入者から大森林の聖域を護る役目があったんだ。だから、侵略してくる魔王軍とも戦ったことはあるよ」 


「へぇ〜……」


 口をもぐもぐさせながら、両手をいっぱいに広げて興奮した様子で説明する。隣の席との間隔が狭いので、隣の奴が鬱陶しそうにのけぞった。

 それにしても、こんなガキみたいなのが魔王軍と戦うなんて、一ミリも想像できないな。


「僕がいなくなって、あいつら大丈夫かなぁ。心配だよ」


 ミノルは、美味しい食べ物で幸せいっぱいになった表情を取り繕おうともせずそう言った。少なくとも仲間を心配している奴の顔ではない。


 それに、「僕がいなくなったら」なんて大口を叩いてはいるが、ふんわりした雰囲気のこのエルフはどう見てもそんな大物だとは思えない。


 さっきのタマキとの立ち合いで見た実力の限りでは、こいつの力で魔王なんてものを退けるのはほとんど不可能だろう。

 魔王がどういう存在かはよく知らないが、鈴木さんの話が本当なら、あのベリアルくらいの奴だろうからな。


「ま、異世界人のことなんぞあたしは興味ないけど」


「そういやさ。伊織はどうして異世界人が嫌いなんだっけ? まだその話聞いてなかったよね。わかった! さっきの『お前が望む敵』発言と関係あるんでしょ」


「なんでそんなことが知りたいんだ」


「これから長い付き合いになる相棒のことを知りたいと思うのは、自然だと思うけど?」


「あたしはまだお前を相棒だとは認めてねーぞ」


「月島さーん!」


 あたしの隣の席に座りながら声を掛けてきたのは、村上むらかみ智子ともこさん。

 彼女は、夢の島・魔術総合術科センターの行政職員として働いているおばちゃんだ。


 ここに転任してから初めてできた知り合いだと言って良い。

 食堂で一人ご飯を食べているあたしへ、なぜかこの人は声を掛けてきた。


 あたしは、魔特になって初めての出勤だということで、舐められてはならんとガンを飛ばしまくっていたのだが、そんなあたしのオーラを感じていなかったのか、それとも感じていながら敢えてだったのか、いずれにしても、気さくに声を掛けてきたのだ。

 

 最初の一言は、


「あなた、キムユジュンに似てるわね」

  

 その時のあたしには何の事かわからなかったが、どいうやら彼女が見ている韓ドラの女優にあたしが似ていたらしい。

 いきなりこう言われても「そうですか」としか返せなかったのだが、彼女はお構いなしに喋り倒した。

 スマホで検索してその女優の顔をあたしに見せて、


「ほら、この女優さん」


「……似てます?」


「めちゃくちゃ似てるわよ! 男を紹介したら一発で結婚相手が決まりそう。可愛い顔してる」


「そうですか。『人を殺しそうな目をしてるね』とはよく言われますが」


「あっはっは。怖い顔してたもんねぇ」


 そんな顔をしてるあたしに話し掛けてくるこの人も相当変わった人だと思う。


 とりあえず、その女優が出演しているドラマを観てみてほしい、と興奮した様子で語られた。

 無視を決め込んでも良かったのだが、別にあたしに対してマウントをとってこようとするわけでもない。初めての職場で、せっかくこんなふうに話しかけてくれたのに、無下にするのも悪いと思った。 

 

 趣味など持つ必要がないと断じていたあたしは、家にテレビなど無かった。

 就職活動で使ったノートPCで、仕方なしに触りだけでも観たのだった。

 

 そして今日も彼女は、あたしに話しかける。 


「おはよ! ねえねえ、昨日ね、新しい韓ドラ始まったの。現実世界に死神がいるって設定の話でね、イジャンギが出てるのよ!」 


「それ男ですか? 女ですか?」


「男よ、男! 月島さんも一回観てみて! あなたのタイプがどんな男なのか知りたいわぁ〜」


「なんであたしの男のタイプを」


「いつも怖い顔してるからね、男の子になんて興味ないのかと思って。でも今日は割と優しい顔してるわね。……あ、そっちの彼は?」


「……相棒です」


「相棒でーす」


「警備ゼロ課の? じゃあ、すごく強いのね」


「さあ。それはこれから見てみないとわかんないですね」


「強さは別として、彼女のことはきちんと満足させているつもりです」


「おい! お前、誰視点で言ってんだ! しかも事実に反することをペラペラとっ」


「あ! やっぱり・・・・彼氏さんだったんだぁ!」

 

 あたしは眉間にグッと力を入れる。

 なんか知らんが、ここは正念場な気がしたのだ。


「やっぱりってなんですか!? 違います!」


「彼氏じゃないかと思ってたのよー! 今日はちょっと様子がおかしいと思ったのよね! とんでもなく優しい顔をしているし。彼氏と一緒に選抜試験を受けたんでしょ? そーよねー! あなたみたいな女の子を、男の子が放っておくわけないもんねー」


「ちなみに僕らね、同せ──」


「違いますっっ!!」

 

 あたしはミノルの口を塞いで叫び倒す。

 ミノルは意地悪そうな顔をして、おかしそうに笑った。

 この部署にやってきてから、未だかつて、あたしの「違います」発言をまともに信じてくれた人が一人もいないのはどういうことだろう。


 どうしてこうも、あたしの意思とは違う方向に話が進むのか。

 こんなことは初めてだ。それもこれも、魔特に入ってからだ。


 気に入らない。どいつもこいつも、あたしの調子を狂わせにくる。

 


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