第11話 まあまあのエルフと、本気じゃなかったはずの魔女




 ミノルは、ビルの外壁に張り付きながら、超高速で上昇する。

 その直下から、まるで下から降る雨のように赤い弾丸が空へ向かって無数に撃ち上がる。

 外壁に接触した火球は弾かれ、別方向の上空へと消えていく。

 おそらくミノルは、壁ギリギリに張り付いて飛ぶことによって、被弾を避けているのだろう。


【ははっ。逃げるのだけは・・・・・・・うまいな】


【そういうルールでしょ! ってか、そっちの照準エイミングが甘いだけなんじゃない?】


 余裕の表情で言い返すミノルは、挑発する意思を明確に込めて口元を歪め、開いている窓からビルの中へと入った。


 ビルの中は、実在のオフィスビルにありそうな構造だと思った。

 実際の戦闘では、窓を割って侵入するだろう。だが、窓が割れたら元に戻すのにお金がかかるからなのか、それとも高耐久魔術の性質上、そこだけ割れるようにはできないのか、建物に設置されているほとんどの窓は、開きっぱなしの印象だ。


 ミノルが入り込んだ上層階の廊下に、形相を変えたタマキも後追いで侵入する。

 タマキの追跡から逃げようとしたミノルがその廊下を脱出する前に、長い廊下の天井一面が、ブツブツとした赤い斑点模様に変化した。


兇徒きょうとを罰する冥府の針よ、我がめいに従い罪深き者のいのち穿うがて──『炎針の刑ペロネリス』】


【げっ。罪、犯してねえって──……!】


 この後に及んで冗談を入れ込むミノルの呻きと同時に放たれたのは、天井から床面に向かって伸びる、明るい朱色の炎で作られた剣山のような無数の針攻撃。

 廊下を埋め尽くすほどの無情な炎針魔術のせいで、ミノルの姿は、監視カメラで確認できなくなった。


「ミノル!」


「こりゃあ……あいつ、結構マジじゃねえか? 死んじまったかもしれねえぞ」


「そんな! これは模擬戦で──」


 不覚にも、そういう言葉・・・・・・を口にしてしまう。

 鈴木はそれに敏感に反応し、ミノルにした時のようにまた語調を変える。

 鋭い視線で刺しながら、今度はあたしに向かって言った。


「お前、自分が所属する部署がどこなのか、自覚してるか? 訓練だから、やられてもいいって根性で取り組んでんのかよ? この程度の訓練で死ぬようじゃ、魔術犯罪者になんぞ勝てるわけねえだろが」


 まあ、その通りではある。

 別に、心底不服だったというわけではない。口を突いて出てしまっただけだ。

 それはあたしだって同じなのだ。こんな仕事を選んだ時点で、いつ何時死ぬかわからないのだから。


 もしミノルがあの世で恨み言を言うつもりだとしたら、最初からずっとあたしが言っていたように、あのクソエルフに真剣味というものが足りなかっただけ、ということになるだろう。


「……まだ終わっちゃいねえな」


 ヘッドギアの効力により、思っただけでモニターに映し出す場所を変えることができる鈴木が選んだのは、ビルの外壁が明瞭に見える映像。

 

 かろうじて廊下を脱出し、なおも外壁に張り付いて屋上へ向かって上昇しようとしたミノルの前に、タマキが浮かんでいた。

 タマキは、屋上で待ち構えていたのだ。おそらく結界でミノルの居場所を把握していたのだろう。


 さっきとは真逆で、今度は天から降り注ぐ朱色の雨。

 まるで壁のようにすら見えるほどに高密度となった弾幕は、ミノルが回避する一切の余地を奪っていた。

 無数の弾丸はまともにミノルを捉え、そのまま地上へと叩きつける。

 

 どうやら地面も高耐久魔術で強化されているらしく、アスファルトは一つたりともヒビ割れることなく、ミノルの体を受け止めた。

 それはすなわち、ミノルに全衝撃が入ることを意味しているのだが──。


【痛った────っっ!! お前、覚えとけよこのクソガキ魔女が!】


 絵に描いたような負け犬の遠吠えをするエルフは、ぴょーんと飛び上がりながら、空にいる魔女に文句を言っていた。どうやら怪我はしていないらしい。

  

 なぜかホッとしている自分の感情に戸惑った。


 本来、ホッとしている場合ではないのだ。

 ミノルがタマキに負けてしまった。それはつまり、あたしの相棒が負けたということ。歯軋りして悔しがってもおかしくない場面だろう。


 まあ、あたしはあいつのことなんて頼りにもしてないし、ただの同居人だからな。

 どうなろうと知ったこっちゃないのだ。


 なにはともあれ、勝負ありだ。

 ルールは、被弾を避けること。

 タマキの球はミノルを捉えたので、これでゲームセットだ。


「五分間以上被弾を避ける」という条件は満たせなかった。

 それが達成できなかったら、鈴木はどうするつもりなのだろう?

 あたしは、鈴木が何を述べるのか、黙って待った。


「まあ、合格でいいだろう。あのレベルの衝撃を受けてダメージを負っていないなら、防御魔術はそこそこってことだからな。外部からの物理ダメージ遮断と、自分の体を守る緩衝措置が、必要十分のレベルで出力されてるってことだ。こっから先は、月島、お前が見極めろ」


 ヘッドギアを置き、鈴木はあたしの肩にポン、と手を置く。

 いつものあたしなら、即座に手を払いのけてやるところだ。

 だが、今はそんな気分にはなれなかった。


 あたしは、タマキのような敵と出会った時点で、簡単に捻り殺される程度の存在なのだ。 

 何に代えても達成しなければならない目的のために、命を捧げるつもりで磨いてきたはずの力が、通用しないことをまざまざと見せつけられた。

 だが、凹んでいる時間はない。お父さんの仇は、今日にでも現れるかもしれないのだ。

 

 あたしは、鈴木と一緒に制御室を出て、中高層訓練エリアへと歩く。

 ふわっと地面に着地してこちらへ歩いてくる二人の戦士は、なぜか同じような表情をしていた。

 頭の後ろで手を組むミノルが仏頂面なのはわかるが、どうして圧倒したはずのタマキがそうなっているのか。


「どうだったよ? エルフ坊やの力は」


「……最低限レベル」


「へーへー。そりゃ光栄ですよ、君の基準は超えたってことでいいわけだ。ありがたやありがたや。誰も頼んでないけどねーっ」


 ベロを精一杯出して、意地悪な顔を作る。

 怪我はしていないとはいえ、ミノルはタマキに完敗だった。

 五分間持ち堪えることもできなかったのだ。タマキの足元にも及ばない。

 

 しかし、なんだろう。

 どうしようもなくイラつく。

 こんなふざけた奴でさえ、戦闘に入る前には結界を張り、目で追えないレベルの攻撃を感知して致命傷を避けたのだ。これがイラつかずにいられるか。

 

 ミノルはあたしの視線に気づき、拗ねた顔をヘラヘラ顔へとすり替える。

 あははー、と笑いながら、照れくさそうに言った。


「ごめんね不甲斐なくて」 


「死ななかっただけマシだ」


「だよね。あいつ、いったい何者なんだろうね」

 

 確かに、あたしが初めて見た「専属」はタマキだ。あたしにとってはあいつが基準なのだが。

 果たして、基準となり得るものだったのだろうか。

 ミノルとの立ち合いを見る限り、実力は飛び抜けている。

 いずれにしても、このままでいいわけはなかった。


 なので、あたしは難しい顔をしていたと思うが、なぜかタマキも、負けず劣らず大概な顔を続けていた。

 とうとう我慢できずにミノルへ詰め寄る。

 

「お前。どうして攻撃魔術を使わなかった」


「はぁ!? 君らが『避けろ』って言ったんでしょうがー。今更何言ってんの?」


被弾するな・・・・・と言ったんだ。迎撃すればよかっただろ」


「え────っっ!! そんなの最初から説明しろよ、わかんないだろ絶対! もう一回勝負しろっ」


「ダメだ。お前の負け」


「納得いかねーっ」


 ミノルは飛び上がって悔しがっていた。


「よお。とりあえず、お前さんが最低限の力くらいは持っているのはわかった。だがな、世の中にはこのタマキみたいに、お前を遥かに超える奴らがわんさか居る。お前が何歳なのかは知らねえが、月島はまだ年端もいかねえ小娘なんだ。くれぐれもそこを忘れるなよ、彼氏さん」


「はーい」

  

 彼氏じゃないって言ってんのに。

 当然の事実として話を進めるなっての。

 

 悔しさで歯をギリギリと噛み締めるあたしに、鈴木のおっさんは付け加えた。

 

「お前らの覚悟を確かめるために、もう一つ行くところがある。ついてこい」



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