第10話 ふざけたエルフと、本気じゃない魔女



 制御室の中は、案外広かった。

 一般的な戸建ての二階建て住宅くらいの建物であっても、内部に家具などが無ければ、かなりの広さがある。


 制御盤と思われる装置には、中央に大型モニターが横並びで三つ、その周囲に小型モニターがたくさん設置されている。

 この装置の電源は、鈴木の言う「高耐久魔術」とやらの発動と同時に入っているようだった。


 制御盤と正対するように、後頭部まで背もたれが伸びたゲーミングチェアのような椅子が一脚。

 鈴木は、それに腰掛けた。あたしは奴の斜め後ろで、立ったままモニターを注視する。


 モニターには、ビル街の至る所に取り付けられているのだろう監視カメラの映像が映し出されていた。

 鈴木は、ヘッドギアを頭につける。


「このヘッドギアにも魔術が応用されていてな。『思うだけ』で操作できるんだよ。ったく、魔術様様だよな」


 首だけあたしへ向けて言った鈴木は、特に手を触れることもなく、制御室の中にある放送設備のスイッチを、思うだけ・・・・でONにする。


 同時に、たくさんの鳩やカラスが一斉に宙へと放たれた。

 こんなに鳥がいたのか、とモニターを見ながらぼんやり考える。

 すると、ビルに固定されたカメラの映像とは別に、宙を飛ぶ何かからの映像が映し出され始めた。


 中高層訓練エリアの上空で編隊を組んで飛ぶ、たくさんの鳥たちがすぐ前方に映っている。

 しばらく眺めて、ようやく気づいた。その映像は、「先ほど放たれた鳥たちの視界」だったのだ。つまり、鳥が向く方向の映像が、制御室のモニターに映し出されていた。

 ただの鳥ではない。間違いなく魔術が絡んでいるだろう。


 そうこうしているうちに、この戦場に死角はないのではないかと思うくらいに監視体制が整っていく。

 おそらく制御盤のところにマイクがあるのだと思うが、おっさんはそれを通じて、模擬戦場にいる二人へ話しかけた。


「準備はいいか、坊主」


【はぁーい。問題ナッシング】


 ふざけた回答さえも、スピーカーを通して明瞭に聞こえる。

 これも魔術が応用されているのだろうか。集音マイクだけでは、あの位置にいるミノルの会話を、しかも大声で話しているわけでもない日常会話クラスの声量を、これほど鮮明には聞き取れないような気がしたのだ。


 ここで、ふと違和感を感じる。


 モニターを見つめているだけのあたしでさえ、空気の変化を明確に感じとる。

 さっきまでのふざけた場の空気が、気がつけばヒリついている。

 二人の戦士は、魔力を漲らせた瞳を睨み合わせていた。



「はじめ!」



 鈴木の合図が、中高層訓練エリアに響き渡る。

 タマキは、野球ボールくらいの火球を、体の周りに数え切れないほど浮かばせた。

  

 まさか! いきなり灼熱連球イグニクス!?

 あんなのをまともにブチかましたら、ミノルが蒸発してしまうじゃないか!


「鈴木さん! あれじゃ、ミノルが死──」


「あれは灼熱連球イグニクスじゃねえ。灼熱球イグニス──つまり初級の火炎魔術だ。それをさらに小さくしている」


 どうやら、あの日にタマキが放った火炎魔術には、威力の階級分けがあったらしい。

 一瞬、マジであれをやるのかと焦ってしまった。


【お前、ふざけてると死ぬ】


【ふざけてるって言った?】


【どう見てもふざけてる】


【それは先入観だと思うよー】


【これでわかる】


 タマキは呪文を詠唱することなく、火球を次々とミノルへ飛ばす。

 モニター越しにそれを見たあたしは、目を疑った。


 まるで見えない。


 いや、これは監視カメラだから。

 処理速度やら通信速度の問題で、きっと映っていないだけなんだ。

 あたしは制御室から出て、この目で直接視認しないではいられなかった。


 外へ出た瞬間、身体中に鳥肌が流れた。


 タマキの火球は、あまりにも速すぎてやはり見えなかったのだ。

 威力は低いのかもしれないが、少なくとも速度は相当なものだ。

 直接撃たれている本人ならともかく、二人からそこそこ距離が離れているはずのあたしの位置からでも全く目で追えない。

 

 この速度レベル、おそらく見てから反応するのは困難だろう。

 あたしのように、魔蝕剣エクリプスから流れ込む魔力で強化された神経があれば拳銃であっても反応できるが、普通の人間には無理なレベルだ──。

 

 ……と強気に解釈しながら制御室へ戻って、今度は大型モニターにアップで映し出されているタマキを観察しているうち、やはりその考えは修正せざるを得ないのだと、あたしは認めることにした。

 事実を捻じ曲げては、これ以上の高みは望めないのだ。


 すなわち、「むしろ拳銃だからこそ反応できるのだ」と。


 神経が強化され、相手の目や指の動きさえ見逃さないほど研ぎ澄まされた感覚があるからこその回避。

 波一つない湖面のように精神を鎮めている今のタマキには、視線を含めて一切の予備動作がなく、それによって回避をさらに困難にされている。


 灼熱連球イグニクスではなく灼熱球イグニスですら、今のあたしには防御不能。

 すなわち、タマキクラスの敵に鉢合わせた時点で、あたしは死ぬ。

  

 ミノルは、トリッキーな動きで回避行動をとっていた。

 まるでステップを踏むダンスのよう。

 いや、ブレイクダンスのよう?

 ところどころ、バスケでディフェンスを抜こうとするオフェンスの動きのようにも見える。


 型にハマらず自由自在に動くミノルは、全ての弾幕を残像で受けていた。

 ってか、なんであいつ、回避できんだよ!?


 ミノルは浮遊魔術を使って宙に飛び出し、地上戦から離脱する。

 タマキもまた、ミノルを後ろから火球の連射で追撃しながら、浮遊魔術を使って追いかけた。

 

【あっぶな。本気でやんの、やめてくれる?】


【これで本気? なら、お前の結界、大したことない】


 結界?

 出してるのか? ミノルが?


「必要最低限のことはできるみてぇだな。選定試験を通過するぐらいだ。このくらいはやるか」


「ミノルは今、結界を出してるんですか?」


「それ以外に、あの速度の魔術を回避するすべはないだろ馬鹿。タマキの灼熱球イグニスに予備動作はない。あれを見てから避けるなんてこと、普通の反射神経でできると思うか? 常識で考えろっての、何回言わせんだ大馬鹿」

 

 なるほど、と納得させられる。

 これこそが「結界」に課せられた最重要機能のうちの一つ。

 目で見えない・追えない敵の攻撃を、攻撃前の段階で魔力の立ち上がり方によって判断し、確実に予測・回避することだ。


 もう一つ、納得させられたことがある。

 魔力を感じ取ることができないはずの鈴木さんが、ミノルの結界の存在を即座に確信していることだ。それは、初見の敵と命の奪り合いをするあたしたちにとっては、何より重要なものだろう。

 やはりあたしには、まだまだ知らなければならないことがあるらしい。


 それとも、考える力が足りないのだろうか?

 それは、どうすれば身につくのだろう。

 

 お父さんの形見である魔剣を使いこなすことだけを考えてきた。

 命の懸かった真剣勝負で、怖気付くことなく戦えるように鍛えてきた。

 それでようやく土俵に上がった程度か。

 まだまだ足りないのだ。


 あたしは、知らぬ間に唇を噛んでいた。

 自分の力が足りないことほど悔しいことはない。


「どうしたよ?」


「……いえ」

 

 平静を装えていないことに気づく。

 このジジィには気取られたくないので、あたしは咳払いをして深く息を吸った。


「ま、何も感じないよりゃマシだ」


「なんのことですか?」


「いんや。なんでも」


 猛スピードでビルの合間を駆け抜ける二人のことを、あたしはモニターで見守りながら拳を握りしめていた。







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