第9話 試闘の始まり



 突然キレ始める第二係の責任者、鈴木。

 初めて出会った時にあたしのことを怒鳴っていたのとはまるで違う。ミノルのことを睨む目つきは、まるで殺してやるとでも言わんばかりだ。

 異世界人の魔女・タマキはここにはいない。どうしてこんなに強気に出れるのか?


 ミノルが弱そうだからか。

 いや、見えない相手であっても用心を怠らないこいつが、そんな甘い見通しで行動するはずがない……と思うのだが。

 何を本気で怒ってるんだ?


「軽いねえ。返事がよ。まだクソ未熟な馬鹿娘のほうが手応えあったぜ」


「僕は風の魔術師なので。受け流すのは慣れてまーす」


「へぇ。俺がどんなつもりで言ってるのか分かった上で流して、冗談までこいてんのかよ。喧嘩売ってんのかてめえ」


「はぁ〜……めんど」


 ミノルは、背中を丸めてうんざりしたような態度をとった。

 こいつは、あたしと話している時も、こういう感じになる時があった。

 きっと、真面目で熱い姿勢が嫌いなのだろう。


 鈴木は鈴木で、肩をすくめて、わざとらしくデカいため息をつく。

 どうやらこっちも、かなりストレスを溜めていそうだ。

 いつもはあたしのことをおちょくって受け流しているこいつが何故こんなふうになるのか、あたしには皆目見当がつかなかった。


「少年。ちょっとツラ貸せ」


「鈴木さん、どこへいくんですか!」


「お前も見てぇだろ? こいつの実力がどのくらいなのかよ。まさかそれを確かめもせずにぶっつけ本番する気だったわけじゃねえだろ、小娘ちゃんよ」


「そりゃあ、まあ……もちろんですよ」


 それは、あたしが魔特勤務の初日から確かめようとしていたことだった。だから、もちろん異論はないのだが。

 大丈夫か? かなりブチ切れてそうな雰囲気だが。

 

 おっさんは、夢の島・魔術総合術科センターの広大な屋外訓練エリアを横切り、ビルが立ち並ぶ一角へとあたしたちを先導する。


 初日にミノルがあたしの訓練の誘いを断ったおかげで、あたしはこの施設について、十分に確認することができていた。

 今あたしたちが向かっているところは、市街地戦の中でも、商業ビルや高層マンションなどでの戦闘が模擬的に行える、中高層訓練エリアだ。


 遠慮なく全力で魔術をブチかまさないと訓練にならない。

 だが、普通の建物では、この前にタマキが悪魔族兄弟に放ったような爆炎魔術など使えば、一瞬にして粉々になってしまう。

  

 よって、この施設にある建物の壁には強力な魔力によってコーティングが施されている。なんの配慮もせず思う存分、魔術を使った立ち合いができるようになっているのだ。

 唯一リアルに訓練できないのは、建物崩落への対応だろうか。それを実践で何の苦もなく対応してしまうタマキは、やはりまあまあの実力者なのだろう。

 まあ、少しだけ認めてやってもいいと思う。


 あのタマキの術に耐えられるなんて、この施設に術を施している奴は、まさかタマキより強いのか!? ……という疑問が湧いて、あたしは背筋に一筋の冷や汗が流れた。


 どうしても気になったが、鈴木のおっさんに聞くのははばかられたので、後から施設管理職人に尋ねてみた。

 すると、物体保護魔術を仕事にしている異世界人魔術師を百人規模で集めて、時間をかけて魔力壁を張っているとのこと。普通に考えりゃ、そりゃそうだ。そうそうタマキみたいな奴がいてたまるか。

 術者がリアルタイムに張り続けるタイプのものではなく、しかも一度張ると長持ちするので、しばらくは張り替える必要がないらしい。


 話はそれたが、戦闘能力だけを必要とされる「専属」は、常にここで力を磨いているのだ。

 中高層訓練エリアの付近までたどり着くと、そこにはタマキが待っていた。

 

「タマキ。待たせたな」


「わかった。言ってた通り、試してやる」 


「いいよな? エルフ君」


「なにするんすかー。こんな可愛いエルフをみんなして囲んで」


「ちょっと待ってください。タマキが相手するんですか!?」


「病ちゃんに断られたからな。しかたねえだろ」


 ミノルは相変わらず呑気にヘラヘラ微笑んでいる。

 お前だってタマキの術を目の当たりにしてただろうが。

 マジで殺されんぞ!


「おい田中。こりゃ真面目にやらないと──」


「ミノルって呼んでくれる? そっちがファーストネームだよね」


「そんなことはどうでもいい! お前が死ぬって言ってんだ」


「あはは。心配してくれてるんだ。嬉しいな」


 ダメだこりゃ。

 一回死なないとわかんないタイプだ。


「ルールを説明するぜ。使うのは、この『中高層訓練エリア』だけだ。エルフ少年、お前は五分間、このタマキの攻撃を被弾せずに逃れてみせろ。それだけでいいぜ。俺と月島は、制御室でお前たちの動きを見ているからな」


「え? たったそれだけでいいの? 被弾しなかったら勝ちってことだよねー」


「まあその通りなんだがな。くっくっ。できるものならやってみな」


 タマキとミノルは、概ね一〇階建てから二〇階建てほどのビルが立ち並ぶ一角の前で、向かい合う。

 タマキからは、この前の悪魔族兄弟の時みたいな真剣味は感じられない。

 そりゃそうだ。こんなヘラヘラした奴が相手じゃ、そうなるわな。


 そんな二人から視線を切って、あたしと鈴木は制御室へ向かう。

 中高層訓練エリアの外にある、無骨な鉄筋コンクリの建物。

 二階建て戸建て住宅レベルのサイズの建造物だ。

 

 おっさんは、えらくサイバーチックな鉄扉の施錠を、おそらく生体認証であろう方法で開錠する。生体認証だと思ったのは、おっさんが何もしていないのに、扉の横にあるインジケーターが赤から緑へと変わったからだ。


 ブウウン、という腹に響く重低音とともに、この制御室だけでなく、中高層訓練エリアの建物全体が、一瞬ぱあっと緑色に明るく光った。


「鈴木さん。今の光は?」


「この中高層訓練エリアに張られている『高耐久魔術』が発動したんだよ。この魔術は、お前がこの前の戦闘で見たのと同じ仕組みで働いている」


「……罠、ですか」


「その通りだ。この魔術システムは制御室のセキュリティと連動していて、解錠されたと同時に発動するように設定されている」 


 どうやら、建物を保護するというその魔術は、常時張られているわけではないらしい。

 張り続けると、張り替え周期が短くなってしまうのだろうか。


 あたしが異世界人二人組のほうを振り向くと、タマキとミノルは、さっきの位置から少しも動くことなく、互いに向かい合っていた。





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