第8話 魔特課長と、やさぐれる警部補



「月島くん。ちょっといいかい」


 課長である玉櫛たまぐしハクトは、出勤して自席にカバンを置くなり、あたしへ手招きした。

 警備第ゼロ課の課長。それは、異世界人による凶悪犯罪から首都・東京を守護する要、警視庁・対魔術特殊部隊の統率者だ。


 課長には、初日にも挨拶した。

 どんな強面なのかと思いきや、彼は比較的若そうで、背の高いイケメン優男やさおとこだった。


 ウェーブのかかった前髪で片目が隠れているせいかキザったらしい印象はあるが、物腰は柔らかくて、警視庁の女性職員から人気が高いのも頷けるというものだ。初対面からいきなり新人をイビリ倒すどこかのおっさんとは大違いだ。

 ただ、真っ白いスーツに身を包んでいるのが、頭のイカれ具合を示している気がしてならないのは気のせいか。


「月島くん。鈴木警部補との同行研修はどうだったかな? 初日からどうかとは思ったんだが、職務遂行のイメージを掴むのには最適じゃないかと思ってね」


「ええ。大変勉強になりましたぁ」


 あたしは頭を下げながら、自席にいる鈴木を睨んでやった。

 いざとなったらパワハラで告発してやるからな、あのジジィめ。 


「よろしく頼むよ。これから相棒と二人で頑張ってくれたまえ。田中ミノルくんは、一見するとあまりシャキッとしていないように見えるから、不安かもしれないが」


「かちょー。それはないんじゃないっすか? 人は見た目によらないっすよー」


 ミノルは両手を挙げるようなジェスチャーをして、納得いかなさそうにする。

 納得いかない理由がわからん、と思ったあたしは、すかさず口を挟んだ。


「人は見た目によらないけどな、見た目で判断されてしまうのもまた仕方のないことだろ。そんな軽薄で怠惰な態度ばっかしてたんじゃ、そりゃ悪く思われるわ」


「勤務初日からガンつけまくってた奴が言うセリフじゃねえな」


 いつの間にかあたしの背後に回っていたクソジジィが、すかさずあたしに釘をさす。

 くっそ……さすがにそこは言い訳できん。でも、舐められたくなかったんだよ!

 こういう流れは良くない。だからあたしは、ミノルのことへ話を戻した。


「……課長。こいつが魔特の専属異世界人として認定を受けた理由はなんですか?」


 その理由に、全くもって説明がつかないと思うのだ。

 この前の当番日に対戦した悪魔族兄弟の時でも、ミノルは何もしなかった。

 弟のほうはあたしが、兄のほうはタマキが片付けたのだから。


 課長は、そんなあたしの心境を見透かしていたのか、にっこりと微笑みつつ、なだめるように話す。


「これは当然だが、選定試験の結果は基準を超えている。だが、うちの専属になるには、基準をクリアしているのはあくまで最低条件だ。

 決め手となった特徴としては、彼は風の魔術の使い手でね。前の世界では、世界樹に住んで聖なる大森林を守護する任務を担っていたという。

 向こうから来た異世界人からの情報では、大森林というのは、太古から外敵に侵略を許すことなく未だ中立を保つ、妖精族たちが守護する独立国家だ。彼はそこの守護をしていた。おそらくは任務遂行に耐えうる魔術を使うと、私は信じている」


 こら。信じるのは勝手だが、それをあたしに押し付けんじゃねえっての。


「もちろんそれだけじゃない。実は、彼については組織的にもまだ把握しきれていない面がある。

 一見すると使う魔術自体はそれほど突出したように見えないかもしれないが、選定試験の魔力測定で、魔力計の測定可能上限値を振り切った。

 何かの間違いかと考えて測定レンジの異なる別の魔力計を用意したんだが、結局は、最大魔力許容量を持つものを含めて、三つ連続で壊してしまってね。その時点で測定を中止したんだ」


「いやー、何かの間違いでしょう」

 

 魔力計には、感度設定を変えたものがいくつかある。それぞれ得意とする守備範囲が違うのだ。

 警察学校で習った内容によると、最も大魔力を測定できるタイプのものは、これまで現認されている異世界人のなかで最高魔力を有する奴ですらが、ある程度余裕をもって測定できるように作られているはずだ。

 振り切るなんてあり得ない。

 

「それにしても、三つ連続はあり得ないだろう。魔力計を振り切る異世界人など今まで見たことがないからな。きっと彼は役に立つはずだ」


 課長から褒められて気をよくしたのか、ミノルは上機嫌でニコニコしていた。だが、この前の悪魔族との戦闘を見る限り、クビになるのも時間の問題だと思う。


 なんだかミノルの実力を測る実験台にされてる印象を受けんでもないが。

 そもそも誰が相棒であったとしても、あたしは構わないんだ。

 まあ……こんな出来損ないみたいな奴をあてがわれるのは心外だけどな。





◾️ ◾️ ◾️





 課長席を離れて自席へつくと、鈴木のおっさんはあたしのところへやってきて、事務所の外へ出るよう促す。

 用があるならここで言えと思ったが、仕方なしにあたしは従った。


「なんですか?」


「課長の言うことは真に受けんじゃねえぞ。相棒がどうなるかで、俺たちの運命だって変わっちまうんだ。現場に出てねえ奴にはわかんねえんだよ。これは最重要項目だ、妥協すんな。あのエルフが本当に使えるかどうかは、お前が自分の目で判断しろ」


「あたしは、異世界人なんかに頼るつもりはありません」


「お前、まだそんなこと言ってんのかよ。この前ので懲りたと思ってたんだが。こりゃ筋金入りの馬鹿だな」


「使える奴なら、使ってやってもいいですが」


 これは正直な感想だった。

 あたしの足を引っ張らないなら、コンビのままにしておいてやってもいいとは思ってる。

 それにしても、あからさまに棘のある言い方だ。このおっさんは課長と対立してんのか?


「だいたいな、あんな弱々しい男に、魔特の課長なんて務まるわけねえんだ。異世界人犯罪者どもから東京を護る要なんだぞこの部署は。なんであんな奴が課長やってんのか。女どももキャーキャー言いやがるし」


 おっさんは、ブツブツ言いながら事務所を覗き込む。

 あたしはピンときたので、可能な限り意地悪に聞こえるよう心掛けて言ってやった。


「マジで課長って男前ですよね。なんかこう、スマートだし。初対面なのにいきなりキレ始める鈴木さんとは大違い」


「馬鹿。お前はほんと、男を見る目がねえな。あんな優男のどこが良いんだ? スマートな奴なんて女たらしに決まってんだろ。まさかお前、あんな奴が好みだとか言い出すんじゃねえだろな」


「じゃあ誰がいいっていうんですか? 鈴木さんですか?」


「そうじゃねえけどよー」


「よかったです。自覚があって」


「もうちょっと敬ってくれる?」


 やっとマウントをとる機会が訪れた。

 こっち方向が一番効きそうだ。あたしは、ここにきてようやく溜飲が下がった気がした。


「そういやよ。この前、飲みに行った後、大丈夫だったかよ? お前、酒でめちゃくちゃ人間変わるな。普段も生意気でいけすかねえ奴だけどよ、酒が入るとただのオヤジ」

 

「くっ……すみません」


 早々にマウントを取り返された。

 もう一つか二つくらい、何か弱みを握る必要があるな……!

 と、悶々としながら考える。


「それで? 相棒のエルフ君とは、仲が深まったか」


「いえ。そんなことは」

  

 あたしは、ついミノルをチラッと見てしまう。

 別に何も喋らなくとも良いのに、ミノルは喋らなくても良いことをベラベラと喋り始めた。


「そうっすねー。意気投合した僕らはそのまま伊織の家に直行したんス。酒を飲むのもそこそこに、ベッドを共にしまして」


「おい! ご、ご、誤解を招く言い方をするな……!」


「だって本当のことじゃない」


 この件については記憶がないのだ。あたしは自信を持って言い切ることができなかった。

 そんなあたしとは真逆で、ミノルは自信満々に言い切る。


 お前だって「覚えてない」って言ってただろ!

 こいつ、実は覚えてるんじゃないのか? 

 あたしと何をしたのか、知ってるんじゃないのか……!?


「まさかお前、相棒を彼氏にしたのかよ!? ったく、とことん不真面目でふざけた小娘だな! もうちょっと真剣味ってもんを持てよ」


「違います!」

   

「恋人関係ってのは、異世界人を相棒として引き止めておく強力なパターンの一つだけどな。喧嘩したときや別れた時が最悪だからな。だからあまり推奨されてないのが現状なんだ。愛の切れ目は命の切れ目、だな。気をつけろよ」


「違うって言ってんでしょ!」


 女性部下の男関係をからかいながら、口元を嫌らしく引き上げる上司のおっさん。

 こいつ、やっぱ「セクハラで訴えるぞ!」と脅すのが一番マウントを取りやすいかもしれない。


 それはそれとして、これはまずい状況だ。これじゃクールで真面目なあたしの印象が。

 なんであたしが、こんなことで焦らなきゃならねーんだよ!


「よお。俺ぁ鈴木茂ってんだ。よろしくな、エルフ少年」


「あれ? 『鈴木茂』ってのも、日本ですごく多いフルネームだった気が」


「二番目だ」


「え!? まさかこいつも実は異世界人!? どうりで公務員っぽくないと思った──」


「上司を指差してこいつ呼ばわりすんな月島てめえもっと敬えっつったろが! どこをどう見ても名前の通り常識的な人間だろうが」


「クソ中学生を相棒にするロリコンですけどね」


「お前のほうこそ、危うく犯罪レベルのショタコンじゃねえか! しかも俺と違って彼氏ときてるし、こりゃもう監察官にタレ込むしかねえな」


「だから彼氏じゃないって言ってるでしょ!」


「伊織のことをおちょくらないであげてくださいよー。真面目に怒っちゃうので」


 ヘラヘラしながら言いやがって!

 言葉面だけ見ると、ミノルはあたしをフォローしているかのように見えるが、単純に、一緒になってからかっているだけだ。

 それにしても、なんであたし、いじられキャラみたいになってんの?


「うん? そうだな。おちょくるのはこの辺にしとこうか。なあ、少年」


「はい?」


「まさか本当に見た目通りの歳じゃねえよな? 何歳だてめえ」


 何やら鈴木が声色を変える。

 なんのつもりだ?


「いやぁ。そんなに生きてないですよ」


「まあそんなことはどうでもいい。この仕事は、悪魔族やら竜人族やらの戦闘種族が相手であっても、戦わなけりゃならねえ仕事だ。そこんとこは組織側から説明あったよな」

 

「ええ、もちろん」  


「こんな仕事をしてるんだ。月島自らが敵と戦わなけりゃならねえ時なんぞ、いくらでもあるだろうよ。そうすりゃ死ぬこともある。だが、こんな不真面目な小娘でも犬死にさせるわけにはいかねえんだよ。

 この前の悪魔族兄弟の時も言ったよな? お前がやらなきゃ、こいつは死ぬんだ。

 仮に被疑者のことを到底敵わねえ相手だと悟ったとしても、この馬鹿娘を見捨てて逃げねえ覚悟はあるってことでいいんだな?」  


「ええ、もちろん」


「鈴木さん。あなたにそこまで言われる──」


「お前は黙ってろ」


 ミノルから視線を外さない鈴木は、一体どこからイライラしていたのだろうか。

 しかしあたしにイラついているのではない。そう思った。


 あからさまに圧力を掛けたにもかかわらず、相変わらずニコニコし続けるミノルの態度に、鈴木はイライラしているのだ。




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