第7話 嫌われ上司と、二人目の隊員



 クソエルフの寝る場所は、あたしの部屋の床に指定してやった。そこへ、奴が自分で持ってきた布団を敷かせることにしたのだ。


 奴は、「僕みたいに何でもできる優秀で高貴なエルフを、こんなところで寝かせようとするなんてどういうことだ」とブーブー文句を垂れていた。

「じゃあ出ていけ」と言ってやると、不服そうにブツブツ言いながらも大人しく従った。


 あー。あたしの相棒、もっと素直で我の強くない奴が良かったなー。

 中途半端に自信過剰な奴が相棒だと、こんなふうにぐだぐだ文句ばっか言ってダルいだけだからなー。うん。


 酔ってしまうとこいつに襲われる恐れが──とか言って、襲ってきやがったりしたら魔剣をケツにぶっ刺してやるが。

 まあそれは抜きにしても、次の日は仕事だ。二回目の出勤で早くも二日酔いってわけにもいかないので、酒は自重した。

 あたしは真面目なのだ。


 そんな思いを抱きながら迎えた、次の日の朝。


 今あたしは、謎にまた奴の朝食を作っている。というか、昨日の昼ご飯も、夕ご飯も、奴にうまいこと言いくるめられて、結局はあたしが全部作る羽目になってしまったのだ。


 さすがにこの流れはまずい。このままあたしが作り続けることになってしまいそうな空気感が醸成されつつある。

 最低でも当番制にしないと……!


 同じ職場なので、当然だが二人で一緒に玄関を出ることに。それを、同じく出勤しようとした隣人のハーフ・ワーウルフの男性に見られてしまう。

 彼は、あたしとミノルに視線を馳せると、気まずそうに目を逸らして、そそくさと立ち去った。 


 誤解なんです。本当に同棲とかじゃなくてっ。

 ……と、どれだけ言い訳しかったか。

 マジでなんだこれ? 

 何やってんだあたし……。


 ミノルは空を飛べるが、どこの空域でも勝手にビュンビュン飛んで良いわけではない。

 異世界人はたまに浮遊魔術を使える奴がいるが、調子に乗ると、警察のお世話になってしまうこと請け合いなのだ。

 だから、あたしと同じように、奴も、最寄り駅から電車に乗せることにした。

 というか、今までずっと空を飛んでたのか?


 改札からホームまで、川のように流れていく人間と異世界人たち。

 みんなICカード乗車券をタッチして、改札を通過していく。

 

 こうしてみると、異世界人のメガネ率は案外高い。

 あたしの左斜め前には、恐らく犬獣人だろうと思われる、スーツを着た綺麗なOLが歩いている。彼女は、知的な印象の縁無しメガネを掛けていた。


 右隣に視線を移すと、もしかして魔術師なのかな……という印象の民族衣装を着たタヌキ獣人が歩いていた。

 こいつもメガネを掛けている。目の縁にある毛の柄と、メガネのフレームがピッタリ合っていて、えも言われぬ一体感を生み出している。


 目が悪くなるのは、人間界に来てから仕事でPCやタブレットを使ったりゲームをしたりで、目を酷使しているのが原因だと言われている。

 早めに回復魔術「治癒の光ヒーリング」を使用すれば目の健康を維持できるが、異世界人でも、回復魔術を使える人物は比較的少数派。


 しかも、人間が抱いているイメージとは異なり、損傷した体の復元を回復魔術で行うには、高い精密性が要求される。

 血管や筋肉のイメージを明確に持たなければ有効な回復魔術を施すことは難しい。呪文を唱えて放っておけば全回復、というわけにはいかないようなのだ。


 すなわち解剖学知識が必須ということになり、相当な勉強と訓練が必要だったりする。

 そのため、回復魔術の使い手は、人間の医者と同じく高学歴者が多いのが実情。

 質の高い回復魔術を受けたければ、きちんとした「魔医」の診療を受ける必要があるのである。





◾️ ◾️ ◾️




 

 夢の島・魔術総合術科センターにある警備第ゼロ課の事務所へ出勤し、気合いを入れるために、自販機でエナジードリンク「ブルー・デビル」を買う。

 そこに、ちょうど鈴木とタマキも出勤してきていた。


「おはようございます」


「おう、おはよう。お前、出勤は早いんだな。意外じゃねえか」


「どう意外なんですか」


「中途半端に自信過剰でぐだぐだ文句ばっか言ってっからよ、てっきり定刻ギリギリに出勤すんのかと」


「その評価には納得しかねますが、定刻ギリギリは別に悪くないと思います」


「定刻から仕事開始できるように余裕を持って準備しておくのが、社会人の常識ってもんだろが」


「精神論の話と規程の話は別だと思いますが」


「はぁ〜……」


 鈴木はダルそうにこうべを垂れる。

 隣にいるタマキは、低い背を精一杯大きく見せながら、顎を上げてあたしを下から・・・見下してきた。


「前の現場で助けてやった礼、まだ聞いてない」


「くっ……ありがとうございましたっ」


「今後気をつけろ」

 

 このクソガキがっっっ!!





◾️ ◾️ ◾️





 挨拶しながら事務所へ入ったが、誰もいなかった。

 今はまだ第二係の勤務開始前だから、事務所には交替前の第一係がいるはずだ。だが、一人も見当たらない。

 どこへ行っているのか。施設のどこかにいるのだろうか。それとも現場だろうか。

 

 割り当てられた自席に座っていると、セーラー服を着た一人の女子高生が事務所に入ってきた。

 どうしてこんなところに女子高生が……と怪訝な顔をしていたあたしに気づいたからか、鈴木さんは自席で立ち上がって、その女子高生へ手招きする。


「おうやまい、おはようさん。ちょっとこっち来てくれ」


 どこか影のある表情をした女子高生は、面倒臭そうに鈴木を一瞥する。

 嫌そうな顔を隠そうともせず、こちらへゆっくり歩いてきた。

 

「こいつは月島伊織だ。この四月からうちの係に配属となった。よろしく頼む。月島、こいつは第二係の隊員、『やまいしん』だ」

 

「初めまして、月島です。よろしくお願いします、病さん」


「…………」


 一瞬だけ目が合ったが、その後は床に視線を落として沈黙、という態度を取られる。

 無視だ。初対面なのに。こんなにきちんと挨拶したのに。

 こいつとは、初日の勤務日に確か廊下でチラッとすれ違ったが、その時にガンをつけたのをまだ恨んでいるのだろうか。


 黒髪ロングの、見るからに病んでそうな印象。

 うつむき加減で上目遣いの、セーラー服を着た女子高生。

 いや、女子高生であるはずはないのでコスプレか。なんでこいつ、コスプレで職場来てんの?


 第二係に所属する魔特隊員のことについては、事前に鈴木のおっさんから一通り聞いていたけど。

 女子高生のコスプレをする奴が隊員だとは聞いてないぞ。


 おっさんの話が正しければ、こいつの相棒は「侍」のはずだ。

 その相棒・異世界人「律儀りつぎ忠義ただよし」の姿は見当たらなかった。


 どんな経緯で異世界人とコンビを組んだのかを尋ねたら、異世界から人間界へ迷い込んだところを、病さんが拾ったのだという。その恩を返すために、律儀りちぎに魔特専属異世界人になったという。

 もちろん、これは病さん本人からではなく、ジジィから得た情報である。


 とりあえず、こんなどうしようもなさそうな隊員でも、異世界人の暴走を防いで凶悪犯と戦わせるという、最も重要かつ最低ラインである魔特の目的は達成しているわけだ。

 そういう意味では、ミノルと言い合ってばかりのあたしは、魔特失格とも言えるわけで。


 なんか納得いかないが、あたしが自分一人で異世界人を倒せると証明できれば問題ないのだ。そういう前例がなくても、あたしが道を切り開けばいい。

 だから、もっともっと修行しなければならない。

 

「おい病。お前、新人の相手できるか」


「……しない」


 初めてこいつの喋ったところを見た。そして最初に発した言葉は「しない」。

 んだこいつ。あたしの世話すんのが嫌だってのか? パイセンの風上にもおけないヤローだ、ボソボソ喋りやがって。


「そんなこと言うなよ病ちゃん。ビシッと新人シメたってくださいよ」


「……私の目的はこの世の悪の滅殺でありその目的を果たす重要な役割が魔特であると自負しているしその魔特に入ってきたのであればそれがたとえ新人であろうと甘ったれることは許されないのが当然であって私の忠義が放つ龍魔流魔法剣術の真髄で斬り殺していいならいくらでも──」


「ごめん。俺がやるわ」


 聞こえるか聞こえないかくらいの早口で囁かれた病さんの呪文に、鈴木のジジィはすごすごと引き下がる。

 情けねー。


「ったく……自分の係のメンバーくらい、ビシッと統率したってくださいよ、警部補殿」


「あいつは怖えんだよ薄気味悪くて。苦手だ。こんな時だけ上司扱いすんな」


 だからそれをなんとかすんのが上司だろ。

 鈴木のジジィはこう見えても警部補。これから始まる二四時間勤務の当番の責任者なのだ。


 もう一人の第二係隊員である、こおりとかすさんのことも苦手らしい。

 このおっさん、一体誰なら仲良くやれるんだ? 嫌われ上司は辛いぞ。


 


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