第6話 グイグイ来るエルフと、押しに弱い女子
あたしの家に居着くことになった軽薄な態度をとる風来のエルフ・ミノルは、赤の他人であるあたしの部屋でゴロゴロ寝転び頬杖を突きながら「へ〜」とか「ふ〜ん」とかいう感嘆詞を漏らしつつ、興味深げに部屋の中を観察する。
「何にもないね」とか言いやがるから、「だから何?」と冷たく言い放ってやった。
ミノルは、引越しを一瞬で済ませた。
ちょうど次の入居者が家を見にきたところだったようだが、そいつはイチから色々買い揃えなければならない状態だったらしい。
ミノルは、ある程度の家財道具一式を譲渡してきた。需要と供給とタイミングが全てピッタリと合った、非常に稀な例である。
あたしの部屋にあまりにも何もないことを嘆いた奴は、自分の部屋にあった5・1chのホームシアターシステムやら、観葉植物やら、すげーデカいテレビやら、必要なものだけ選別してあたしの部屋へ移した。
なんでこいつ、こんな豪華なものばっか持ってんの?
そしてそれらを浮遊術で浮かせて自分と一緒に空を飛び、またもや掃き出し窓から持ち込んだ。
引越しを終えると、ミノルは自分のノートPCをポチポチしていた。
特に喋る話題もない。というか別に喋りたくもないので、あたしは柔軟体操でも始めることにした。
休みの日は館長のところへ行って自主訓練するのが日課だ。
ただ、昨日飲み過ぎたせいかどうも体が本調子じゃない。
そんなことをしていたら、もう午前九時を回っていた。
ミノルは、もうかれこれ一時間半はPCを触っている。
PCを触らせておけば大人しくしているのなら、それはそれで良いかもしれない。余計なことを始めるのはやめてほしいし。
だからあたしは特に邪魔したりはしなかったのだが。
後ろからモニターを覗く限り、どうやら家探しはしていないように思われたのであたしは軌道修正も兼ねて口を挟む。
「ずっと何やってんの?」
「この世界のことをよく知らないとね。お勉強だよお勉強。僕もこの人間界に来てから、まだそんなに経ってないからさ。ねえ、ところで馬がたくさん走ってるこの動画は何?」
来て間もないくせに、あの高価そうな家財道具の数々。
さてはこいつ、異世界人が最初に住民登録した際に市役所からもらえる初期費用、全部突っ込んでんな。
しかしそれでも足りるだろうか……?
「これは競馬だよ。競走馬がどういう着順でゴールするかを当てる賭け事だ。ってか何見てんの? なんの勉強だよ」
「へぇ〜っ! 面白そう! 伊織、ここ行きたい」
「だめ」
「じゃあさ、こっちは何?」
ミノルはブラウザの別タブをポチッとする。
「これはパチンコだ。この玉が特定の穴に入ったら出玉を増やせたりするんだよ。……だからお前は何を見てんの」
「玉が増えたら良いことがあるってことだよね。最終的にはどうなるの? これは賭け事?」
「いや。景品がもらえる」
「それを売るわけかー」
「よく知ってんじゃねえか」
「一応は調べたからね」
「じゃあ聞くな!」
「ねー伊織、ここでもいいよ。ここ行きたい」
「なんであたしがお前とパチ屋のデートに行かなきゃなんないんだよ。そんな時間があるなら訓練に出かけるわ」
「うわ、つまらねー。ところでさ、そろそろ朝ごはん食べようよ」
「そこまで人をディスっておいてよく朝ごはんをねだれるな! お前の神経回路の作りがどうにも想像できないわ。食パンくらい自分で焼け。さっき教えただろが、トースターに入れるだけだって」
「わかってるよ、さっきやってみたよ。伊織も見てたでしょ。でも焦がしちゃったぁ」
「見てたよ、焦げるとこまで。パンを入れてからその場を離れるとダメだと言ったろ。ちゃんと話聞いてないからそんなことになるんだ。ってか、なんで途中で諦めるんだよ。パンは恵んでやってんだから朝ごはんが欲しけりゃ諦めんな」
「焦げるとこまで見てたのに助けてもくれないなんてやっぱ君は冷たいよね。それにしてもさぁ、焼き色がつき始めてから焦げるまでが早すぎない? タイミングが難しいよ。君が焼いたパンが食べたいなぁ」
なんであたしがこいつにパンを焼いてやらにゃならんのだ。
マジでしょうがねえ奴だな……ま、どうせすぐに追い出すわけだし、いいか。
「一回だけだぞ?」
「わぁい。ありがとう!」
食パンにマーガリンを塗って目玉焼きを乗せた、超ド定番の朝食を作ってやることにする。
併せてドリップのホットコーヒーも淹れてやった。
これはあたしが元々飲みたかったので、ついでだ。
「むぐっ。ふぁじでおいひー」
部屋の中央にある低い丸テーブルに置いてやると、ミノルは子供みたいな顔をしてパンをかじっていた。
猫舌らしく、コーヒーは上澄みを吸うのも苦戦している模様。
手に持ったパンの上から卵の切れ端がポロッと落ち、コロコロとテーブルの下に転がった。
落としたのはミノルも気づいたようで、しばらく覗き込んで探していた。
だが、奴から見るとテーブルの足の向こう側に隠れている。きっとよく探さないと見えないだろう。
あたしがその一部始終を観察していると、奴は独り言のように呟いた。
「ま、いっか」
「諦めるな!」
「だって無いんだもん。探すの、めんどーだ」
「よくも他人の家でそのセリフを言い放ったな。百パーどっかに落ちてんだから探せよ!」
「大丈夫だって。きっとあとで見つかるよ」
「大概そのまま忘れんだよ!」
ミノルのケツを散々叩いて探させる。
クソエルフはブツクサ言いながら形だけ探すフリをしやがった。
なんていい加減な奴だ。仮にも他人の家だぞ!
あたしはこういういい加減で怠惰で不真面目な奴は嫌いなんだ……とブツクサ言いながら、落ちた卵の切れ端を結局自分で拾う。
だいたいこいつは、名前からしてフザケている。
この国に転移してきた異世界人は、最初に住民登録したところで戸籍が作られる。
元の世界の名前で登録しても当然良いのだ。敢えて偽名を使う必要性もない。そもそも、もう二度と元の世界になんて戻れないのだから。
「あんたの名前だけどさ」
「田中ミノルだよ」
「ちゃんと覚えてるよ、馬鹿にすんな。異世界にそんな日本人ぽい名前があるってわけじゃないだろ」
「あはは。そんなわけないじゃん。伊織っておもしろいよね! 天然?」
「くっ……うっざ。じゃあ、なんでそんな名前にしてんだよ」
「なんで怒ってんの? せっかくだからさ、元の世界の名前じゃないほうがいいなあって思ってさ。なんか生まれ変わった気にならない? ワクワクすんじゃんか」
「わかるわけねーだろそんな事情。大体そういうことなら他にもっと色々あっただろ、流行りの名前が」
「ちゃんと流行りを調べたよ?
「あ、そ」とだけ答えて、これ以上はツッコまないことにした。
真剣に相手するだけ疲れる。
考えてみれば、追い出そうと躍起になる必要はないのかもしれない。
こんな不真面目でいい加減な奴、しばらくすればきっと飽きて出ていくだろう。
そんなことより、あたしは時間を惜しんで訓練しなければならない。お父さんの仇を討つには、まだまだやらなきゃならないことが山積みなんだ。
鈴木のジジィや、クソガキ・タマキの顔を思い出すだけでイライラしてくる。
どうせ奴らは、あたしを「できない奴」だと見下してまたニヤニヤしやがるだろうから。
とはいえ、タマキの強さはまあまあだと言ってあげても良いし、あの時においては助けられたことも認めざるを得ない。
しかし、一度経験したことは対応するのがあたし。
罠タイプの炎の魔術はあんな感じで襲ってくるんだ。
もうわかった。わかってしまえば斬ればいいだけだ。
PCのメインブラウザのヘッドラインに、行方不明事件が取り上げられていた。
年齢は全て一五歳から二五歳くらいまでで、夜中に忽然といなくなるらしい。
男女比は均等であるようだった。
「行方不明者って異世界人がやってくる前からもあったんだけどな。今では、その多くは異世界への転移だろうって考えられてるんだ。あんたらみたいな異世界人がゴロゴロやってくるようになってから、行方不明者数はとんでもなく増えたみたいだからね」
「ふーん」
「だけど、中にはそれに紛れて異世界人の仕業ってのも結構あるんだ」
「まあ、そりゃあ、あるだろうね」
「通り魔とかね。異世界人も、人間と大して変わらない犯罪を犯すんだよね」
「へー」
「あたしの友達も、獣人やら悪魔族やらにストーカーされたって言ってたし、色恋がらみの犯罪が結構あって」
「へー」
「ちゃんと話聞いてる!?」
「もっと奥」
「なんであたしがあんたの耳かきをしなきゃなんないの!」
「痒いものは仕方がないじゃん。エルフはいつも耳を清潔にしてるんだ。自分ではうまくできないや。だって、いつもやってもらってたからさ。でも、伊織の耳かきはすっごく気持ちいいよ。膝枕だって素晴らしい寝心地。筋肉と脂肪のバランスが絶妙でなんとも。天下一品だねぇ──……」
くそ。なんでこんなことになってんだ!?
異世界人なんて大嫌いなんだぞあたしは。
最初からそう言ってるのに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます