第5話 ただの酔っ払い


 

 翌朝に第三係へ業務を引き継ぐと、仕事が終わるなり、朝からやってる飲み屋へ直行。

 

 あたしは生中をオーダー。

 鈴木さんも一発目は生中だが、次からは焼酎ロックにしていた。つまみは枝豆。

 あたしの二杯目以降は日本酒。

 クソエルフはハイボール。

 タマキはジンジャーエール。


「馬鹿娘。お前はよ、ちょっと基本がなってねえんだよ。あのゴリラが格闘系だって保証は、何もなかったんだぞ? ガタイで敵の能力を断定すんな馬鹿」


「伊織は馬鹿」


「お前がゴリラとタイマンしてる時にタマキが何してたか、ちゃんと分かってるか? もう一人の横槍が入らねえように警戒してたんだよ。今回は、たまたま奴らの狙いが『炎の牢』に誘い込むことだっただけだ。普通は二人掛かりで襲ってくんだよ大馬鹿、いつもいつも同じようにできるわけじゃねえからな」


「伊織は大馬鹿」


「くっ……」


 鈴木さんは、あたしへの説教を肴に気分良くお飲みになっていらっしゃるご様子。

 けちょんけちょんにされたあたしは、もう飲むしかない!

 ってことで、飲んで飲んで飲んで。

 



 ──で、どのくらい経ったか。

 なんかあたしも随分、気分が良くなって。




「ジジィ。お前はよぉ、ちょっと部下の扱いがなってないんらないか? 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿と。人格をひどく傷つけられたなり。これはもう完全にパワハラら」


「馬鹿に馬鹿って言わなきゃなんて言うんだ馬鹿。ってかお前、大丈夫か?」


「らいじょうぶに決まってんら! クソジジィ、とっくりが空だ」


「クソジジィ…………」


「クソジジィにクソジジィって言わなきゃなんて言うんらクソジジィ」


 とりあえず、言いたいことは言った。

 あとは野となれ山となれだ。


 呆れたようにジンジャーエールを口につけるクソガキ魔女は、相棒が新人から言われたい放題でも、特に怒った様子はない。

 出会った時からずっと変わらず、通常運転のカタコト口調で、ひたすらあたしをディスる。


「伊織は酔うとダメ人間」


「ダメ人間はこのクソエルフら。なぁーんにもできないし」


「なにお! 君だってなぁ、ひっく。敵の仕掛けたネズミ取り・・・・・に引っかかるなんて、ドジそのものじゃないか」


「んだぁ? 知ってりゃ対応できるって、何回言わせればわかるんにゃ?」


「一回も言ってませんけど?」


 ああ言えばこう言う。口だけはよく回る奴だ。

 顔だけはいいのに。そう、顔だけは。


 あたしは、机に突っ伏しながら顔だけ横へ向けて、四人席テーブルで隣に座っているクソエルフのツラを、じーっと見てやった。


 身長は、一六〇センチのあたしと比べて、少しだけ高いくらい。

 外観年齢は、ともすれば高校一年生くらいじゃないかと思えるほどの若さ。

 目尻が少し釣り上がった目は、これほど長いまつ毛でもホコリから守るのは無理だろう、ってくらいに大きい。


 あたしの視線に気づいた奴も、こちらを眺め返してくる。

 

 透き通るような空色の瞳で見つめられると、何か魔力でも使われたのではないかと怖くなるくらいに、勝手に心拍が揺らいだ。


 やっぱり、改めて見ると、とんでもなく可愛い顔をしてる。

 いったい何歳なんだろう? マジで見た目通りの高校生ってわけはないはずだけど……。


 あたしは、ミノルのほっぺを両手でつねって、ギューっと広げてやった。 


「こーんなに可愛い顔してるのに、どうして憎まれ口ばっか叩くんれすかねぇ〜」


「君だって、黙ってればめっちゃ可愛いのに、どうして二言目には説教垂れるのさ」


 可愛い。

 その一言に、あたしは鼓動が跳ねた。

 気づけば、口が動いていた。


「ねえ。一つらけ言っていい?」


「なんだよぉ」


「めっちゃ好き」


 言っちゃった。

 もういい。どうにでもなれ!

 すると、奴もなんだか視線を泳がせてソワソワする。

 

「……僕も一つ言っていい?」


「なんら」


「実は僕も、初めて会った時から、一目惚れだったんだ」


 恋愛雰囲気ゼロの居酒屋の風景が、ぱあっと春のお花畑に変化する。

 テンションマックスになってしまったあたしは、浮かれに浮かれていた。


「マジれ!? じゃあちょうどいいじゃんか。今から、あらしの家に来い」


「じゃあ、伊織の家で二次会だね!」


 なんか「勝手にやってろ」的な罵声が、外野から聞こえた気はしたが。

 あたしは仇討ち一筋で生きてきて、ずっと武道しかやってこなかった。


 男と絡むなんてのは、真剣な武術トークをする時か、喧嘩を吹っ掛けてくる輩とイキり合う時のみ。

 だから、異性としての男の子とこんなふうに意気投合するのは初めてなんだ。


 まあ、こういうのもたまにはいいのかもな、なんて思いつつ、あたしはウキウキしながらミノルの腕に抱きついた。

 意思に反してなぜか足がフラついていたところなので、ちょうどいい支えを見つける形に。


「もうさ、あらしの家に住んだらいいんらない?」


「いいアイデアだね! お互い相思相愛なんだから、それがいいや。じゃあ今すぐ家の契約を解約するよ」


 ミノルは、嬉しそうにスマホを操作し、大家に電話をかけ始める。

 あたしは、そんなミノルの腕に頭を預ける。

 

「あ、大家さんですか? 二〇一号室の田中です。あの、僕、引っ越すことになりまして。彼女と同棲することになったんですよ。

 ……ええ? ああ、そうなんですか。ちょうど急ぎで部屋を探している人が?

 じゃあ、僕の部屋をお譲りしますよ。ええ、明日にでも移りたいと思っていたところで。そうですね、解約の書類は明日にでも。ええ、大丈夫ですよ、その人にOKで回答していただいても──ええ。わかりました」


 電話を終えたミノルとしっかり密着して寄り添いながら、二人であたしの家へと向かった。





◾️ ◾️ ◾️





 んん……


 あったま痛ってぇ。


 何がどうなってんだっけ?

 そうだ。あたし、悪魔族兄弟を討伐した当番明けに、鈴木のジジィと、タマキと、ミノルと飲みに行って。

 それで……。


 この抱き枕、気持ちいい。

 毛がさらさらしてて……

 でも、頬をスリスリすると肌はスベスベで。

 なんかいい匂いがする。 

 最高だぁ──……

 でも、こんな抱き枕、持ってたかな?


 目を開けると、あたしはエルフを抱きしめていた。 



 

 …………は?




 ゾワゾワっ、と粟立つ肌。

 すぐさまベッドから飛び起きる。いつも枕元に置いている魔剣を手に取り、身を翻してベッドから距離を取った。

 酔っ払っていても定位置に武器を置けるとは、我ながら素晴らしい習性だ。仕事熱心だと言って差し支えない。


 頭痛で顔をしかめながら剣を前へ突き出し、ベッドにいるをよく確認する。

 どう考えてもあり得ない光景に、あたしは目を剥いた。


 水色の髪に、尖った耳。

 あたしの家の、あたしのベッドで、さっきまであたしが抱きしめていた、スースーと気持ちよさそうに寝息を立てるこのエルフは、おそらくだ。


 しかし……なんで? どうして?

 意味わかんない。どうしてあたしの家にこいつが居んの? 


「ふああ……」


 どうやら起きたようで、ミノルは眠そうな目を擦りながら上半身を起こす。そのミノルの様子を見て、あたしは息を呑んだ。

 こいつは上半身が裸だったのだ。

 というか、 


「なんであたし下着姿なんだよ!? お前も上半身ハダカだし──」


「え──……、うん。覚えてない」


 ふんわりした雰囲気の可愛い系男子の魅力を全開にして、こいつはニヘヘと微笑んだ。

 もともと高校生みたいな見た目なのに、こうやって微笑むと、もっと幼く見える。


 それにしても、二人ともが何も覚えていないという意味不明な状況。

 さては飲み過ぎて記憶がないな……とようやく思い至った。

 

 そうと分かれば話は早い。

 あたしは、玄関ドアを指差して宣言する。


「とりあえずお前は今すぐ出ていけ」


「あのさ。朝っぱらから冷たくない? どうしてそんなに無下にするのさ」


「あたしは異世界人が嫌いなんだ。その上、お前みたいな不真面目で怠惰でいい加減で軽薄な奴も大っ嫌いときてる。それ以外に理由が要るか?」


「あーっ、そうですかそうですか! 僕だってね、君みたいな融通の聞かない真面目の塊みたいな奴は大嫌いだね! 今すぐ出ていってやるよ」


 ミノルは上半身が裸のまま、玄関じゃなくベランダの掃き出し窓をガラッと開けると、宙に向かって飛んでいった。

 あいつ、空飛べるんだ。

 

 ったく、しかしマジでとんでもないことだ。

 二人とも裸で、同じベッドで抱き合いながら朝を迎えるとは。

 ……まさか、最後までやってないよね?


 掃き出し窓の鍵を閉めて、項垂れながら一旦落ち着こうとする。

 酒はやばいんだと初めて知った。こんなことになったことはなかったのだ。ちょっと控えたほうがいいかもしれない。


 とりあえず朝飯でも食おうかと思い、台所でポットに水を補充しスイッチを入れる。

 中空ステンレスのアウトドア用カップにドリップコーヒーをセットしてベッドに腰掛けたところで、掃き出し窓がコンコン、と鳴った。

 

 水色髪のエルフだ。あいつは両腕で体を抱きしめるようにして、ガチガチ震えながらベランダに立っていた。 

 あたしは窓を開けてやる。


「何してんだよ」


「こんな姿で飛んだから、寒くて。ってか、頭に来すぎて、飛んでる最中に魔力で体を守るの忘れてて」


「……知るか。自分の家で暖まれよ。なんであたしんちにまた」

 

 ミノルは、両手の人差し指の先どうしをくっつけてクネクネする。

 なんだってんだ……といぶかりながらも、とりあえず部屋の中へと入れてやった。

 こいつがもともと着ていたTシャツとパーカーを、押し付けるように渡してやる。

 

 あまりにもブルブル震えるから、仕方がないので、片付けていた電気ストーブを引っ張り出してきて部屋を暖めてやった。


「なんかね。僕の部屋、引き払う段取りになっちゃってて」


「なんで?」


「なんか、昨日僕が自分で電話したんだって。すぐにでも出て行きたいって言ったって」


「そうなのか。でも、それは自分で言ったんだからしょうがないだろ」


「それがね、明日から彼女と同棲するから出ていく、って言ったらしくて」


「はぁ。それがあたしと何の関係が?」


「微かな記憶を頼りに思い出してみたんだけど、君が指示しなかった?」


「はあ!? あたしがお前にそんな指示をする理由がないだろ」


 と威勢よく言い放ったが、なんかそれと似た、妙な成り行きの夢を見た気もする。

 まあ夢は夢。現実とは別である。

 ミノルは、だよね……と肩を落とす。


「あの。こんなこと言うのはなんだけど、しばらくここに置いてもらえない?」


「何を言うかと思えば……イヤだよお前なんか」


 ミノルは歯を剥き出した。


「あのね。僕だって君と住むなんて不本意だけど、背に腹は変えられないんだよ! しばらくでいいって言ってんだろ、冷たいな! やっぱ君は冷たいよ、『人の心』ってものがないのか」


「エルフに言われたくねえよ! それに、異世界人をこの家に置くなんてそもそも無理だ、あたしは異世界人が嫌いだと言ったろ。この部屋だって独身者の部屋だから、二人の生活空間を分けることはできないし」


「僕は別に構わないよ。広さ的には可能じゃない?」


「まあ独り者にしては広めの一二畳……あたしが構うんだよ! 何でお前にあたしの着替えを見せないといけないんだ」


「その間は僕が洗面所にでも行っていれば問題ないじゃない。それか君が洗面所に行くか」


「そうだな……って、いやそうじゃない! それに、それって、ど、ど、同棲だろうが!」


同居・・だよ。僕たちは付き合ってないじゃん。あれ? もしかして、どさくさに紛れて付き合うつもりだった? ああ、なんだかんだ言って、君はやっぱり僕のことが好──」


 不本意な言葉を言い終える前に、初対面の時と同じベスト・インパクトで正拳突きを見舞ってやった。


 ムカつく野郎だ。 

 こいつと喋ってると、やっぱりボルテージが上がってくる。

 だからあたしは、


「お前なんか、大っ嫌いだからな!」


「僕だって、君なんか大っ嫌いさ!」




 

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