第3話 悪魔族ザックウィル兄弟



 鈴木のジジィは、廃ビルの入口前で立ち止まった。


 まだ何か言おうっての?

 これから敵のアジトに突入するんだ。冷静さを欠きたくないから、正直もう話したくないんだが。


「月島。現在判明している被疑者の能力、さっき車で説明したな」


「『ザックウィル兄弟』ですよね。悪魔族で、火炎系魔術の使い手の。その時にも言いましたけど、放出系魔術をこの剣で斬る訓練は、死ぬほどやってきましたから」


 魔蝕剣エクリプスから流れ込む魔力で強化されたあたしの神経なら、敵が放った炎なんて余裕で反応できる速度だろう。

 ったく、今更このジジィは……


「ほー。なら、二人ともそうだと思うか?」


「…………」

 

「死ぬ時はそういう時だぜ? 月島」


 確かに、二人ともそうだという情報はない。二人いれば、もう一人は違うかもしれないが……。

 罠ってなんだよ? 待ち伏せか? 


 そもそも、敵が二人とも七階にいるってのも、結界で違和感を察知できるってのも、あんたらが言い出したことだろが。


 舌の根も乾かぬうちに「絶対は無い」って、それじゃタマキの結界が無能だと白状してるようなもの。さっき言ってた「罠が張られてる」っていう考えをあたしに認めさせたいだけなんだこいつは。


 ってか、いつまでもこんなところで話して。もしかしてビビってんじゃないの? だいたい、こいつら本当にそんなに修羅場を潜ってんのかよ。


 舐めんなよ。こちとら、中一の頃から殺人術一本なんだ。

 

「行かないなら、あたし一人で・・・・・・この犯罪者を討伐します」


 廃ビルの入口はガラス製の両開き扉。

 ジジィにため息をつきながら言い、痺れを切らせたあたしがドアを開けた直後……眩いばかりの閃光が周囲一帯を照らした。

 

 耳をつんざく轟音と、地面を揺らす大振動。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。あたしは反射的に身を縮こませて目を閉じていた。


 どこかで見たことがある。

 これは……閃光手榴弾スタン・グレネード


 違う! 今、目の前に見えているのは炎。

 ……爆発したのか! これは、地雷のように敵に反応して爆発する火炎系魔術!

 

 グオオ、と唸る炎が周りを囲んでいる。

 見上げると、うねりながら昇りゆく火炎の上方には、数え切れないほどの火の粉が舞っていた。

  

 しかしどうして自分は無傷なのかと不思議に思い、ハッとして周囲を観察。 

 ぼんやりと光る黄金色の魔法力に全身を包まれながら悠然と立っているタマキを見て、ようやく事態を察する。


 あたしたちの周囲──半径三、四メートル程度の円形エリアには、いつの間にか金色に輝く魔法陣が描かれていた。

 その内側は、透明感のある黄金色のドームで護られて無傷だ。間違いなくタマキの防御魔術だろう。


「あたし一人で……どうした?」


 タマキは、言いながらあたしに視線を送ってほくそ笑む。


「魔力で作った罠は、自分で張った結界の魔力に紛れ込ませることができる。だからこちらの結界で察知できねえんだよ。特殊効果がない結界で油断した獲物を刈り取る罠ってわけだ、お嬢ちゃん」


 ジジィはあたしにため息をつきながら言う。

 あたしは眉間がシワだらけになった。


 呆れたようにあたしを罵倒して満足したのか、得意げに先を促そうとしたジジィ。

 しかし、二度見をして、タマキへ視線を固定させてから立ち止まる。


「タマキ。どうした?」


 あたしに貸しを作ってマウントをとったはずのタマキは、なぜか難しげな顔をしている。

 彼女は、どう見てもサボっているとしか思えないあたしの相棒エルフを、いぶかしげに睨んでいた。


「……お前。さっき、何かしようとしたか?」


「いんえ。別に」


 相変わらず頭の後ろで手を組むクソエルフは、とうとう現場で口笛を吹き始めた。こんなふざけた奴、あたしは絶対に認めねーぞ!

 すると、鈴木のおっさんは、怠惰な様子を見せ続けるエルフにもようやく説教を垂れ始める。


「だいたいお前はよ、自分の相棒が罠にかかったってのに、何もしねえのか? タマキがやらなきゃ月島は死んでただろうが。お前の役目だぞこの馬鹿エルフ」


 別に護ってもらいたくもないが、正論は正論だ。

 それに対して、クソエルフはクソらしく、クソったれな回答をした。


「馬鹿みたいに自分から死に急がれちゃ、どうしようもないよね」


「まあそれは正論だな」


「正論。伊織は馬鹿」


 あー、殺したい。

 自分に非がなけりゃ、マジでこいつら殺したい!


 そもそも知らなかったから! 知ってりゃ対応できたんだよあたしは。

 そうだよ。知ってしまえばあんなの、ちょっと技術を修正すれば大丈夫だし。

 こんなのでいい気になるなよお前ら!


「……シゲル。敵、離れようとしてる」


 タマキは、突然真面目な話に戻した。

「常時監視」の指示を受けてからずっと張り続けている結界で、敵の動きを察知したらしい。あたしをひたすらイジろうとするこのウザい空気がようやく変わるかと思ってホッとする。

 まあ、せっかく仕掛けた罠が効かないと分かったら、敵が逃げ出してもおかしくはないだろう。


「トラップ自慢の異世界人だったわけですね。歩みを止めないあたしたちを見て、勝ち目はないと悟ったと」


「あるいは……」


「?」


「シゲル。一人はその場に残ってる」 


「な? なんだか妙な気配がすんだろ。異世界人に頼らなくて大丈夫かぁ?」


 ……大丈夫だよっ。

 直接対峙すりゃ、さすがに罠じゃなくて、直接攻撃せざるを得ないに決まってんだから!


 タマキが手のひらに浮かばせる極小火球ファイアボールを明かり代わりにして建物内を進み、階段を登って七階に辿り着いた。

 内部構造がマンションとは異なっている。おそらくオフィスビルだったのだろう。

 幅三メートルほどある広めの屋内廊下に視線を馳せると、いくつかの扉が目に入った。


「シゲル。ここ」


 タマキが示すのは二つ目の扉。

 また爆発するんじゃないだろうな、と怯える──もとい、警戒する・・・・あたしを尻目に、タマキはガバッとドアを開ける。

 散々あたしに説教を垂れておきながら、こいつらには警戒心ってものが無いのか?

 

 そこは会議室を思わせる広い部屋。

 一面の腰高窓から差し込む月明かりに照らされた部屋の中央に、一人の男が立っていた。


 タマキの火球で照らして見ると、肌は濃い灰色で、瞳は赤く、頭には羊のようにくねったツノが二本ある。間違いなく悪魔族だ。


 一見するとゴリラのような風体。黒シャツの上から見ただけでも筋肉量はかなり多く、ジョガーパンツは大腿筋でパツンパツンだ。身長も二メートルを超えているだろう。 


 悪魔族は、体の細胞が闇属性を帯びた魔素から作られていて、人間どころか他の異世界人と比較しても身体能力のレベルは根本的に異なる。


 その上、あの筋肉量。細身の奴ですら、鉄筋コンクリートの壁を素手で苦もなく破壊するはずだ。あの体格では、もはやどの程度の破壊力を発揮するのか見当もつかない。


 すなわち、奴の物理攻撃はほぼ防御不能と考えるべきだろう。

 剣で受ければ即死はしないかもしれないが、流し受けをミスれば指やら腕は折れるだろうし、真正面からまともに受ければ弾かれた自分の剣で真っ二つか、良くても吹っ飛ばされて後ろの壁に激突、結局は全身打撲で死亡確実。


 が……それほどの身体能力を誇るならば、魔術よりもフィジカル重視の戦術をとってくるのが自然というもの。

 悔しいがジジィの読み通り。つまり、こいつはさっきまで仕掛けられていた炎の罠の術者ではないと思う。

 

 遠距離では炎の術者が、そして近距離ではこいつが。

 恐らくそういうコンビだろう。

 なら……このゴリラはあたしの得意分野!


「おいゴリラ。ザックウィル兄弟だな? 六六人の殺害容疑でお前らに逮捕状が出てる。一応聞いとくが、大人しく自首する気はあるか?」


 ジジィの問いに、ゴリラは首の骨を鳴らすことで応える。

 ゴリラの態度に、ジジィは銃撃で応えた。

 

 紙袋を破裂させたような音とともに、通常の発砲では起こらない蒼光が暗い部屋を何度か照らす。ジジィが使ったのは、被疑者が異世界人の場合だけ警察官に携帯許可が下りる、魔力を込められた「魔弾」だ。

 照準はゴリラの胸の中央を捉えていたが、まるで硬いゴムにでも当たったかのような印象を与えながら弾は床に転がった。


「三級魔弾で傷もつかねえの? これだから常識から外れた奴は。ちっ、しゃあねえ──」


「鈴木さん。あたしが行きます」


 眉毛を上げることで、ジジィはあたしの伺いにも応えた。声を出せ、声を。


 腰にぶら下げた愛刀を、鞘に収めたまま逆手で握りしめる。

 すっとぼけた顔をするクソエルフを睨みつけて、「よく見とけ」と、あたしはアイコンタクトしてやった。

 

 


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