第2話 不良上司と、相棒の魔女



 出勤直後からラーメン屋へ出掛けて行った、あたしの相棒。

 奴は、午後も後半へ差し掛かった頃になり、満足そうな笑顔を浮かべてようやく帰ってきた。


「ねー伊織、聞いて聞いて! 今日行ったつけ麺屋さんねぇ、昆布水つけ麺の有名店だったんだよ! しかも帆立とか入ってるやつでさ、しっかり帆立の味が生きてて優しい仕上がりだったよ! 今度一緒に行こうよ」


「お前な。人に言うことを聞いて欲しかったらあたしの言うことも聞け。訓練しろ馬鹿。ってか友達じゃねえから下の名前で呼ぶな。あたしのことは『月島さん』と呼べ」


「はぁ〜。マジで君って真面目だよね。合わないわ」


「こっちのセリフだ!」


 どうもこいつと喋ってるとボルテージが上がってしまう。

 いくら外出自由とはいえ、相棒に紹介された初日からどういう過ごし方してんだよ?


 今すぐにでも魔術凶悪犯が現れたら行かなきゃならないと言ったのに。

 こいつはそこのところを真剣に捉えていない。自覚が足りないんだ!


 しかも、あたしをイライラさせたのは、こいつのことだけじゃなかった。


 あたしと同じ第二係の魔特隊員たちとは、すれ違うレベルでチラッと顔を合わせただけで、まだきちんと紹介すらされていないのだ。

 普通はそこからじゃないのか? とりあえず舐められたらあかんので、あたしは全員にガンを飛ばしてやったが。


 そもそも、第二係の当番を担う責任者がどこかにいるはずなのだが、もう夕方だというのにまだ顔も知らない状態。


 どうなっているんだ、ここの部署は──……

 と、トイレに座って一息つきながらブツブツ文句を漏らす。


「おい。月島伊織はいるか!」


 トイレの外、廊下のほうから、大声で怒鳴り散らすおっさんの声が聞こえた。

 なんて非常識な奴だ。鬱陶しいので、真面目に応対するのはやめようと決意する。


 急ぐこともなく、ゆっくり用意して廊下へ出ると、さっきの声はこいつだろうなと一目でわかるイメージ通りの奴が、仏頂面をして立っていた。


 ボサボサの金髪に無精髭、ストライプ柄の茶色スーツを着た、気だるそうにするおっさんだ。

 あたしは、こいつの態度に合わせて気だるそうに答えてやった。


「……なんすか」


「どこをほっつき歩いてんだコラ。常識的に考えておかしいだろが」


「女子便の前で叫び倒すほうが非常識です」


「お前が事務所でじっとしてりゃ、こんなことにはならんかったんだよ馬鹿」


「……馬鹿? あなたは誰ですか」


鈴木すずきしげるだ。名前の通り、ごく一般的で常識的な人間だと思ってもらえればいい。お前のほうこそ非常識だぞ『なんすか』とは何だ? 俺は第二係の当番責任者兼お前の指導担当だぞコラ。まあいい、ついてこい」


「はい? どこへ行くんですか」


「被疑者のアジトがわかった。これから襲撃するから研修がてらついてこい。相棒にもすぐ来いと伝えろ」


「えっ。ちょっ……まっ、」




◾️ ◾️ ◾️




 あまりにも非常識な初対面を終え、あたしたちは今、車に乗らされている。日が落ちる時間帯まで新人を放っておくほうがどれだけ非常識なのか。


 運転席にはあたしの指導を担当するらしい警部補の鈴木さん、助手席には鈴木さんの相棒である異世界人・タマキが座っている。

 後部座席に座るあたしは、エルフ・田中の顔など見たくもないので奴のほうは向かず、水平に流れていく街灯の光を眺めていた。


 車で移動する間、鈴木さんは、本事案の被疑者の概要をざっとあたしに説明した。

 それによると、この被疑者は六六人もの人間を焼き殺しているらしい。


 もうすぐ現着だ。

 初現場から来る緊張感からか、それとも、あの日に解剖室で見た悪夢が生み出す殺意のせいか、額に汗が滲んで眉毛に垂れてくる。それを指の背でそっと拭いた。


「シゲル。敵、アジトに二人ともいる」


「そうか。ここからは常時監視だ」


 当たり前のように交わされる会話。

 あたしはこの謎の会話を半信半疑で聞いていた。


 車は、敵のアジトから視認できない位置で停められた。

 車から降り、敵から見られないよう用心しつつ建物の陰から覗く。

 敵のアジトである、一〇階建ての廃ビルが確認できた。


 ……あのビルに二人ともいるって?


 この状況で、あのビルにいる被疑者の存在を察知するには、異世界人の魔術師が使う「結界」であのビルを覆う必要がある。

 しかし結界領域の大きさは、参考書によると、術者を中心とした半径二〇メートル程度の球状が一般的なはずだ。


 ここからあのビルまでは、直線距離にして一〇〇メートルはある。

 その上、あの一〇階建てのビル全体を結界で覆わなければ判断できなかったはずだし、そもそもタマキが鈴木さんに進言したのは、まだ車の走行中だった。


 すなわち、タマキが球状の結界を展開していたとするなら、半径にして数百メートルは必要となるだろう。

 このタマキがいかに強かろうとも、にわかには信じ難い話だ。


「月島ぁ。どうしてタマキは、被疑者が今もあのビル内にいるとわかった?」


 金髪のボサボサ髪を掻きながら、不良上司がぶっきらぼうに指導的質問を投げかけてきた。

 今まさに、あたしが疑心暗鬼だったことについてだ。


「結界……ですか?」


「だとすりゃ、いつの段階で結界を張るのが最適だと思うんだ?」


「そりゃ、現着してからしか無理──」


「それじゃこっちが張る前に、敵の結界内に入っちまうかもしれんだろが。常識的に考えたらわかるだろこの馬鹿」


「伊織は大馬鹿。仕方ない」


「くっ……」


 鈴木に便乗してあたしをディスってきたのはタマキ。鈴木さんがしてくれた一五文字以内の紹介によると、百歳を超える魔女らしい。

 が、ハリのある肌に桃色髪のボブ、垂れ目で黄金色の瞳をした彼女の外観は、どう見ても生意気な中学生くらいにしか見えない。


「質問だ。これが答えられなきゃこの場で魔特はクビだな。結界とはなんだ?」


 女だと思って舐めてやがんな?

 血が上りかけた頭をクールダウンさせながら、あたしは間髪入れずに口を動かす。


「魔力で作った領域であり、外敵を感知するためのセンサーとして機能します。そのほか、自らの魔術の威力を増幅させたり、敵をその領域内に拘束するなど、様々な特殊効果を付することもできます」


 スラスラ答えてやった。

 どうだこの野郎。完璧だろ。


「なら、不用意に敵の結界内に入るってことがどういうことか分かるだろが。常識で考えろ馬鹿」


 ムカつく。

 あんたの言う通りにしようとしたら、常識外れの巨大結界が必要じゃないか。

 こんなクソガキにできるわけないだろ。どうせハッタリのくせに。


「お言葉ですが。一般的に結界は、半径二〇メートル程度のものだったと記憶しています。仮に規格外の結界がそこのお子様・・・に可能だというなら敵も同様のはず。こちらも出発時から張らないといけなかったんじゃないですか? 結界を張るのは現着後、というのが常識的な考えであると思います」


「結界の魔力で自分の居場所を宣伝しちまうから、無闇に広げないのが常識的な考えなんだよ。敵がお前みてぇな馬鹿じゃなけりゃ間違いなくそうしてる。相棒の重要性も理解してねぇ新人が大口叩くんじゃねぇ、大馬鹿小娘・・・・・


 馬鹿って言いやがったのは今日何回目だ、このクソ馬鹿野郎!

 出会った瞬間からこいつはこうだ。新人を虐めて得意げになってるだけだろうが。


 だが、このおっさんはなかなかいい目をしていると言ってやってもいい。

 なんでバレたのかはわからないが、確かにあたしは、異世界人の相棒など頼りにはしていない。


 本来、魔特は「敵に対抗できるほどの強い異世界人」が主軸であり、警察官はあくまで「味方にしたはずの異世界人の暴走を防ぐための舵取り役」として考えられている。


 そのため、魔特隊員の選抜試験もまた、異世界人の相棒同伴で受けることが認められているのだ。

 しかもその試験項目は、面接と、現役隊員との立会いのみときている。


 すなわち、求められるのはコンビとしての「対魔戦闘能力」だけという、非常にスッキリとした試験内容。

 そのため、魔特の選抜試験を受験する警察官は、すべからく事前に異世界人の相棒を獲得し、強固な信頼関係を築いた上で、試験に挑もうとする。


 魔術を使う異世界人相手に、単なる人間が立ち向かうのはほぼ不可能。

 だから、いくら試験の合格後に組織側から異世界人の相棒を紹介されるとはいえ、試験を人間の力だけでクリアしようと考える奴など皆無。

 魔特を目指すなら、常識的・・・な奴は、異世界人の相棒を最優先して探す。


 だけど、あたしは異世界人が嫌いだ。

 

 何度も狂っていると言われた。

 だが、結果としてあたしは、異世界人の相棒無しで、一〇〇名の受験生の中からたった一人しか合格者が出なかった正規隊員に、実力で選ばれたんだ。プライドだってある。

 

 中学一年の時からずっと、お父さんの形見である魔道具「魔蝕剣エクリプス」を使った戦闘術をひたすら磨いてきた。


 この魔剣は魔術を切り裂く。加えて、微量ではあるが使い手に魔力が流れ込む。

 パワーや耐久性の向上はそれほど期待できないが、頂点クラスの身体能力を持つ竜人族や悪魔族の攻撃速度にすら反応できるレベルの神経強化をもたらしてくれる。


 お父さんを殺した異世界人の同類どもなど頼りにするつもりはない。あくまで隊の規則だからコンビを組むだけだ。誰が相棒になろうと結果は同じ。

 あたし一人で、お父さんの仇を討つ!


「タマキ。敵の結界はどこまでだ?」


「あのビル内すべて」


「やっぱ変形させてビル内だけにしてやがるか。ったく、こういうのは人間じゃ感知できねえから不便だよなぁ」


 話し終えると、鈴木とタマキは廃ビルを視界に入れながら真っ直ぐ近づこうとする。


「ちょっと! 狙撃されたらどうするんですか! 常識的に考えたらわかるでしょ」


「心配すんな。タマキがいるから」


「ええ……? こいつのこと、あたしそこまで信用できないんだけどな……」


「なんだ?」


「いえ」


 狙撃に怯えるあたしを尻目に、アンチ電子タバコ党らしい鈴木は紙タバコにシュボッと火をつける。このタイミングでタバコを吸う意味は全くわからないが、それがこのおっさんのスタイルなのだろう。

 マジで理解に苦しむわ。

 

「馬鹿娘にもう一つ質問だ。さっきお前にした話を踏まえた上で、俺たちはこのまま敵の結界内に入ろうと思うんだが。どうしてだ?」


「えーと……馬鹿だからじゃないですか?」


「馬鹿はお前。大馬鹿」


 くっくっく、と鈴木は声を押し殺して笑う。

 怠惰エルフは、おっさんにいたぶられているあたしに興味すらないのか、頭の後ろで手を組んで退屈そうに欠伸をしていた。

 どいつもこいつも、ぶっ飛ばしてやりたい。

 

「特殊効果が付されてる結界ってのはな、熟練してくると、結界同士の接触で違和感を感じんだよ。それで、この敵の結界には特殊効果がないと判断したわけだ。タマキ、敵の動きはどうだ」


「七階中央付近のまま。逃げる素振り、無い」

 

「返り討ちにしようと考えてやがるな」


「逃げられる心配が無くてよかったですねぇ」


「その能天気さは一体どこから来るのか、マジで理解に苦しむぜ。戦闘は異世界人がやるかもしれんが、全ての判断は俺たちにかかってるんだぜ。その自覚を持てよ。

 ではまたクエスチョンだ。敵は追手である俺たち魔特が来たことを、タマキの結界で察知したはずだ。にもかかわらず逃げない。この行動は何を意味してるでしょーか?」


「戦うつもり、ってことですよね」


「てことはぁ?」


 だから何だ? 

 

 酒で焼けた声で馬鹿にするように何度も言われてイライラが止まらない。

 いつまでハッタリの続きをするんだよ鬱陶しい。ゴチャゴチャ言ってもどうせ突っ込んで暴れるしかないんだろ?


 鈴木は、また声を押し殺して笑う。

 いい加減、我慢の限界だ。敵の陣地へ乗り込む前にここでひと暴れしてやろうかと真剣に悩む。きっと良いウォーミングアップになるだろう。


「その笑い方、やめてもらって良いですか」


「これだけ馬鹿だと笑いたくもなるだろ。お前みたいなのを育てなきゃならん俺の身にもなってみろ。ああ、どうせその前に死ぬから関係ねぇか。今からやることに失敗すりゃ、俺たちは死ぬ」


「……わかってます」


「もちろん敵も、それを重々承知した上で逃げる素振りを見せていない。勝つ自信があるってことだよ。つまり戦闘に慣れている。

 こんな不便な廃ビルをアジトにするくらいだから罠でも仕掛けてんだろ。罠は想定していなければ回避困難だからな馬鹿娘・・・


「罠も見抜けないんじゃ、お子様・・・の結界は大したことないですね」


「この世に絶対は無え。どんなに熟練した戦士でも思わぬところで死ぬもんなんだぜお嬢ちゃん・・・・・


 異世界人は嫌いだが、このジジィも大っ嫌いだ!

 

 ジジィとタマキの背中を殺意の視線で刺しながら、あたしは敵が待つビルへと向かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る